テオ・スペンサー 後編

 待ち合わせ場所に指定した場所に行ってみると既にそこにはマシューの姿があった。


「待たせたな・・・。」

なるべく怒気を押さえた声で言うが、どうにもマシューに対する怒りが抑えられない。


「いえ・・・。別にいいですよ。それ程待ってはいませんから。ただ・・・なるべく手短に話を終わらせて貰えますか。ソフィーを待たせているんです。出来るだけ彼女を1人にさせておきたくないんですよ。」


俺はその言葉を聞いただけで、一瞬で頭に血が上るのを感じた。


「何・・・?ソフィーだと・・・っ?!あの女のことかっ!」


気付くと俺はマシューの胸倉を掴んでいた。馬鹿な・・・・!誰もがもうあの女に見切りをつけていると言うのにこの男は一体何をふざけた事を言ってるんだっ?!


「待って下さい、テオ先輩。俺が言ってるのは・・・本物の聖女ソフィーの事ですよ。今行方をくらましているソフィーとは全くの別人です。俺と・・・ジェシカが城に閉じ込められていた彼女を助け出したんですよ。」


マシューの口からジェシカの名前が出て来て、再度俺は怒りが湧いてきた。


「ああ・・・!そうだ、ジェシカだっ!お前・・・一体彼女に何をしたんだっ?!」


「え?ジェシカにですか・・・?別に俺は何もしていませんよ。本当です。彼女に直に話を聞いてみてくださいよ。」


「いいや・・・。お前はさっき完全にジェシカの存在を無視していたぞ・・・?俺がジェシカを抱きしめていても無反応だったじゃないかっ!一体どう言うつもりだっ?!」


「え・・?何故俺がテオ先輩とジェシカが抱き合っている姿を見ただけで、反応しないとならないんですか?・・・俺には無関係な話じゃないですか。」


おかしい・・・。さっきから俺とマシューの会話にズレが生じている気がする。


「お前・・・あれ程ジェシカの事を・・好きだっただろう?」


マシューの襟首を捕まえながら俺は言った。すると・・・。


「え?何を言ってるんですか。テオ先輩。俺は彼女に何の感情も持っていないです。だって俺の愛する女性は、聖女ソフィーなんですから。」


その言葉を聞いて俺は凍り付いた。もうここまで来れば話は明確だ。

ジェシカは・・・マシューの事が好きだったのに・・・この男はジェシカを捨てて、別の女に心変わりしたのだ。そういえば・・・マシューは最初に気になる事を言ってたな・・・。


「おい、マシュー。おまえ・・・ジェシカと2人で・・本物の聖女ソフィーを城から助け出したって言ってたよな・・・・?」


「ええ。そうですよ。ただ・・俺は呪いの仮面をどうやら偽物ソフィーから被せられていたようで・・あまり記憶が無いんですが、気付いたら目の前にソフィーが立っていて、俺の仮面を外してくれたんですよ。・・・一目、彼女を見た時から・・俺は彼女に恋をしてしまいました・・・・。」


マシューは頬を染めて言う。


「な・・・なんて事だ・・・。」


俺はジェシカの気持ちを思うと・・・彼女があまりにも可哀そうで不覚にも目頭が熱くなってきてしまった。

恐らくジェシカは本物の聖女を救い・・・ついでにマシューに被せられた仮面の呪いを解いて貰う為にこの男を城に連れて行ったんだ。

そしてマシューはジェシカの事を好きだった記憶を忘れ、ソフィーに恋をしたのでは無いだろうか・・・?

あれ程ジェシカが悲しんでいたという事は・・・きっとマシューとジェシカは相思相愛だったのだろう。ところが、マシューの呪いが解けた途端・・・目の前で心変わりされたんだ・・・。

ジェシカ・・・ッ!こんな男に関わってる暇があるなら、ジェシカの側にいた方がずっと彼女の為だっ!


「どうしたんですか・・?テオ先輩。用事が無ければ・・・もう俺戻ってもいですか?ソフィーの事が心配なので、彼女の側にいてあげたいんです。」


マシューは真剣な目で俺に言う。だが・・・お前は覚えていないだろうな?かつて のお前は同じ台詞をジェシカに言っていたという事を・・・。


「・・・ああ・・。分かったよ。好きにしろ。だがな・・俺はもうお前にジェシカは渡さないからな?後で彼女を返してくれって言われても・・・返すつもりはないからな?」


「え?何言ってるんですか。テオ先輩。俺がジェシカの事を好きになるなんて・・・後にも先にも無いですよ。それでは失礼します。」


そしてマシューは去って行った。


「後にも先にも無い・・・か・・・。」


最期のマシューの言葉が自分の事ではないのに、俺は深く傷ついてしまった。

あの時、俺の腕の中にいたジェシカは・・・一体どんな気持ちだったのだろう?

愛する男が・・・その記憶を無くしてしまった瞬間を目の当たりにした時・・・。

すぐにジェシカの元へ行かなくては・・・!

俺は転移魔法で生徒会室へ飛んだ―。



「ジェシカ・・戻ったぞ。いるか?」


だが生徒会室にはジェシカの姿が見当たらない。まさか・・・ここには来ていないのか?

けれど・・・その心配は稀有だった。ジェシカは生徒会室のソファの上で小さく丸まって眠っていた。可哀そうに・・・泣きながら眠ったのだろうか?

ジェシカの頬には幾筋もの涙の痕が残っていた。


「ジェシカ・・・。もうあんな男の事は・・・忘れろ。代わりに俺がいる。俺が・・・マシューの分までお前を愛するから・・・お前もマシューの事は忘れて、俺の事を好きになってくれ・・・。」


そっとジェシカの髪に触れながら・・・眠っているジェシカに愛を告白した・・・。

その時、ジェシカが寝言を呟いた。


「マシュー・・・。お願い・・・行かないで・・・。貴方を・・愛してるのよ・・・。お願い・・・。」


うなされるように寝言を言いながら、再びジェシカの目から涙が伝ってゆく。

ジェシカ・・・。お前は・・・。呪いが解けた後のマシューに・・何も伝えなかったのか?かつてマシューが好きだった相手は自分だったと・・・。そしてマシューに自分の気持ちを・・何も言わなかったのか・・?


気付けば・・・ジェシカを憐れみ・・・俺は涙を流していた・・・。

そして俺はジェシカの目が覚めるまで・・・ずっと彼女の側にいた—。


 それから約1時間後—。


「う・・・ん・・・。」


ジェシカが身じろぎをして・・・ゆっくり目を開けた。そして目の前に俺の姿を見つめると言った。


「ジェシカ。目・・覚めたか?」


「あ・・テ、テオさん・・・っ!」


ジェシカは慌てたようにガバッと飛び起きた。


「こら、テオさんじゃない。テオと呼べと言っただろう?」


笑みを称えながら俺はジェシカを軽くこづく真似をした。


「あ・・ご、ごめんなさい・・・テオ。貴方を待っていたら・・・眠ってしまって。」


ジェシカは顔を赤らめながら俺に弁明する。そんな彼女を・・・俺は愛しいと思った。


「あ、あの・・・そ・・それでマシューとの話は・・・?」


ジェシカは俯きながら尋ねて来た。


「話し・・・聞きたいか?」


尋ねると、ジェシカは暫く固まっていたが・・・首を振った。


「今は・・・まだ・・・。」


俺はジェシカの小さな手を握り締めると言った。


「ジェシカ。何があったのかは・・・今は聞かないでおく。いつか・・・お前が話せる時が来たら・・・話したいって思える時が来たら・・・話してくれるか?」


「テオ・・・。それは・・・。」


ジェシカは俯いた。


「どうしたんだ。ジェシカ?」



「それは・・・多分無理な話ですよ。」


ジェシカは寂しげに笑うと言った。


「何が?どうして無理なんだ?」

ジェシカ・・・何を考えてるんだ?


「私・・・決めたんです。今回の事件が無事に解決したら・・・ここを去ります。誰も知り合いのいない・・・遠い場所で・・生きていこうって決めたんです。だから・・・多分テオには話せる機会は無いと思うんです。ごめんなさい。」


ジェシカが頭を下げて来た—。











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