第7章 13 『魅了』の魔力を失った私の末路

「ジェシカ・・・ここを去るって・・・。学院を辞めて、この島を出るって事か?実家にも・・・戻らずに・・?」


テオは信じられないと言わんばかりの目で私を見つめて来る。ああ・・・きっと公爵令嬢が1人で生きていけるはず無いと思っているのだろう。だけど私の本来の姿は日本人。自炊だって出来るし、働く術も持っている。


「はい。生活の事なら大丈夫です。当面の生活に困らない程度の貯金もありますし・・・家事も出来るので。」


「ジェシカ・・・・。」


すると・・・何故かテオが泣きそうな顔で私を見つめている。


「テ・・テオ・・?」


するとテオが息も止まりそうな勢いで私を強く抱きしめて来た。


「もういい・・・っ!ジェシカ・・・ッ!そんな辛そうな顔で・・・言うな。俺じゃ・・駄目か?俺では・・・マシューの代わりにはなれないのか?」


「え・・・・?テオ・・・。」


突然のテオの言葉に私は驚いた。

テオは私から一度身体を離し、じっと私の目を見つめると言った。


「俺は・・・俺なら絶対に何があろうとも・・・お前の側から離れない。お前に寂しい思いをさせないし、絶対に・・・その手を離したりしない・・。お前が何処か他の土地へ行くと言うなら・・・その時は一緒だっ!俺の居場所は・・・ジェシカ・・。お前の隣だ・・・。」


テオは・・・一体どうしたというのだろう?そこまで私に同情して・・?


「テオ・・・・。私に同情して、そこまで言ってくれるんですか?でも・・・大丈夫ですよ。だって・・・もう随分前から考えていた事ですから・・。」


「違うっ!同情なんかじゃない・・・。俺はお前の事が・・・好きだからだっ!」


そして再び私を強く抱きしめて来た。

え・・?今テオは私の事を・・好きだと言ったの?もう私は全ての魔力をソフィーに渡してしまったのに?『魅了』の魔力は・・聖女の魔力が失われたと同時に私の中から消えている。それなのに・・・?テオは・・・私を好きだと言ってくれるの・・・?再び私の目に涙が滲む。彼なら・・・テオなら・・信じてもいいのかもしれない・・・。だけど・・・・。


「テ・・テオ・・・。」


するとテオは私から身体を離すと返事をした。


「うん。何だ?ジェシカ。」


「わ、私・・・どうしても貴方に話しておかなければならないことがあるんです・・。」


「ああ。分かった。どんな話でも聞く。その代わり・・・。」


「その代わり・・?」


「俺に敬語を使って話すのはやめろ。普通に話してくれ。頼む。」


テオが頭を下げて来る。


「う、うん・・・。分かった・・・わ。」


するとたったそれだけのことなのにテオは嬉しそうに笑みを浮かべた。


「さ、それじゃ話してくれ。ジェシカ。」


「う、うん。実は・・私には自由に力を使える魔力は無かったけれども・・『魅了』と呼ばれる魔力があったの。」


「『魅了』の魔力・・?」


テオが首を捻る。


「そう。『魅了』の魔力は・・無意識のうちに異性を・・惹き付ける力を持っているの。だから・・・アラン王子達は・・皆私に惹かれたの。勿論・・マシューも例外では無かったけど・・・。そして今神殿にいるソフィーは・・・本物の聖女で・・・偽物の聖女に・・姿形だけでなく、聖女の持つ魔力も全て奪われてしまって・・・。だ、だから・・・私・・ソフィーを助けに行った時・・自分の魔力を全てソフィーに渡したの。そして・・・マシューは私ではなく真の聖女ソフィーに恋を・・・。結局・・・マシューは私自身を好きになってくれたわけじゃ無くて・・・。」


後の方はもう言葉にならなかった。涙が後から後から溢れ出して止まらない

そうだ。私が一番ショックだったのは・・・結局マシューが私に惹かれたのは、私自身では無く、私が持つ『魅了』の魔力に惹かれていたという事実に気付いてしまったから・・・。


その時・・・

コンコン。

生徒会室のドアをノックする音が聞こえて来た。


「誰だ?」


テオが声を掛けて来た。するとドアの外で声が聞こえて来た。


「あの・・私、ソフィーです。ソフィー・ローランといいます。少しご相談したい事があってこちらに伺いました。」


う・・嘘っ!ソフィーがここに・・?と言う事はひょっとするとマシューも一緒・・?


「何?ソフィーだと?」

テオが私を抱きしめたまま言った。


「はい。そうです。あの・・・中へ入れて頂いても宜しいですか?」


「ああ・・だが少しだけ待て。」


するとテオが生徒会室にある大型のクローゼットの中に私を入れた。


「あ、あの・・・テオ・・?」

戸惑う私に彼は言った。


「お前・・顔合わすの嫌だろう?だからここで隠れていろ。いいか・・・何を見ても耐えるんだぞ?」


そしてニコリと笑みを浮かべると、バタンとクローゼットを閉じた。

クローゼットには隙間が空いており、私はそこから外の様子を見る事にした。


テオがガチャリとドアを開けると中に入って来たのはソフィーと・・マシュー。更にアラン王子にデビット、ノア先輩にダニエル先輩が勢揃いしていた。正に私の書いた小説の主要人物達が揃った瞬間だった。

恐らく・・・彼等全員が既にソフィーに恋をしているのだろう・・・。

そう言えば、ヴォルフがいない。ひょっとすると今見張りをしているのは彼なのかもしれない。


「なんだ・・?お前ら。全員勢揃いで・・・。」


テオが彼等を前に1人で応対する。


「あの・・・生徒会の他のメンバーの方々は・・どちらにいるのですか?」


ソフィーがじっとテオを見つめながら言う。ひょっとして・・テオも私がソフィーに譲った『魅了』の魔力に・・・?

だが、テオにはその傾向は見られない。いや・・・むしろどことなく・・・敵意が籠った視線にも見えるのは・・・私の気のせいだろうか?


「おい、こんな状態で生徒会が機能していると思っているのか?大体だな・・・・。

ノアッ!おまえ・・・副生徒会長だろう?何故今迄顔を出さなかったんだよ?」


テオがイラついた様子でノア先輩を指さした。


「煩いなあ・・・仕方ないだろう?僕には何故かここ数カ月の記憶がスッポリ抜け落ちているんだからさ。」


ノア先輩は口をとがらせて抗議している。ああ・・・確かにそうかもしれない。だけど・・・私の胸はズキリと痛んだ。フレアは・・・今どうしているのだろう・・・?


「兎に角・・・ソフィーを正式な聖女として皆の前で公表するには生徒会の力が必要だ。俺達に力を貸せ。お前には・・・それが出来るだろう?」


アラン王子はソフィーにピッタリと寄り添っている。間違いない・・きっとアラン王子もソフィーに恋を・・・そして2人は恋人同士にいずれなるのだ。マシュー・・。貴方の・・・恋も成就する事が・・無いんだよ・・・?再び私の目に涙が浮かんでくる。


「おい、今はヴォルフという魔族の男が1人で魔物が出てこないように門の見張りをしているんだ。だからすぐに聖女宣言を出さないと、他の聖剣士達が戻って来ない。早く全学生を招集してくれ。」


デヴィット・・・貴方ももうソフィーの聖剣士・・・やはり彼女に恋してるの?


「ねえ、所で・・・・ジェシカは何処なの?」


突然ダニエル先輩が私の名前を出してきた。え・・・・?ダニエル先輩・・?何故そこで私の名前を出すの・・・?


「何・・・ジェシカ・・・だと・・?」


テオがそこで反応する。


「うん、そうだよ。てっきり・・・生徒会室にいると思ったんだけどなあ・・。ここにはいないの?」


すると何故かそこでソフィーが反応した。


「ダニエル様・・・。今はジェシカさんの事よりも・・・。聖女宣言を・・。」


「おい、待て。今・・・何て言った?」


突然テオの反応が変わった。


「な・・・何ですか?」


ソフィーがテオの迫力に驚いたのか、上ずった声を上げた。


「今の台詞・・・とても本物の聖女が言う台詞とは思えないんだがな・・・?」


テオはソフィーを睨み付けた―。



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