※マシュー・クラウド(モノローグ)④(大人向け内容有り)

 そしてその日の夜の事だった。

突然の嵐がこの地域一帯を襲って来た。

「・・・。」

俺は1人神殿の自室から激しく叩きつける雨の音を聞いていたが・・・頭の中には監獄塔に捕らえられているジェシカの事しか頭に無かった。

でも・・きっと大丈夫。ドミニク公爵が彼女の元を訪れているだろう・・。


 その時、廊下で話声が聞こえて来た。


「全く・・・また聖女ソフィーに城を追い出されたよ。今夜はドミニク公爵と2人きりにさせろってさ。」


「またかよ・・・。本当にあの2人は昼夜を問わず見境が無いよな・・・。最も常に媚薬を服用している聖女様の魅力には逆らえないか・・・。」


何だって・・・?!ドミニク公爵は・・・こんな嵐の夜なのに・・ジェシカの元を訪れずに、よりにもよってあの女の所へ・・・?!

いても立ってもいられなくなった俺はそのまま転移魔法で監獄塔へと飛んだ。

断崖絶壁に立っている監獄塔は激しい雷雨に晒されていた。

あれでは牢屋の中に雨風が吹き込んでいるに違いない。

俺は急いでジェシカの元へと向かった。


「キャアッ!」


転移魔法でいきなり俺が牢屋に現れたのが余程驚いたのか、ジェシカは俺を見た瞬間悲鳴を上げた。

稲光に照らされたジェシカの姿をじっと見つめる。

・・・可哀そうに。彼女は与えられた、たった1枚の毛布をその薄絹の上に巻き付け・・・なるべく雨風が吹きこまないぎりぎりの場所で膝を抱えてうずくまっていたのだ。

この高い監獄塔に外で激しく轟く雷鳴。いつ雷が落ちて来てもおかしくないこの状況・・・どんなに不安で怖かっただろうに・・・。

俺が彼女の目の前にしゃがむと、驚いた様に目を見開いた。


「あ・・あの・・・な、何故ここに・・・?」


彼女と会話がしたい・・・!だが、俺の口から言葉は出てこない。出て来るのは言葉にならない呻き声だけ。

だから俺にしてあげられることは・・・この嵐が止むまでの間、彼女の側にいてあげる事・・・。

マントを脱ぐと、彼女の近くに腰を下ろす。暫く彼女は俺の様子を伺っていたが・・・やがてこっくりこっくりと船をこぎ出し・・・少し経つといつの間にか安らかな寝息を立てていいた・・・。


 そのまま彼女の様子を伺っていると・・・寒いのだろうか、身体を縮こませて小刻みに震えている。・・・眠りに就いている彼女に勝手に触れてもいいのか・・・少し迷ったが、このままでは風邪を引いてしまうかもしれない。

眠りに就いている彼女をそっと自分の腕に抱き寄せる。すると驚いたことに彼女の方から俺の胸に身体を摺り寄せてきた。そして彼女は眠りながら笑みを浮かべ・・・寝言だろうか・・・ある言葉をつぶやいた。


「愛してる」と―。


ジェシカ・・・お前はどんな夢を見ているんだ・・?

一体誰を・・・愛しているんだ・・・?

そしていつしか俺も・・・眠りに就いていた・・・。



「お・・おいっ!そこのお前・・・ジェシカに何をしているんだっ!」


いきなりの怒鳴り声で俺は目が覚めた。

気付けば腕の中には少し困った顔を浮かべているジェシカの顔が眼前にある。

どうやら・・・彼女を抱きしめたまま眠りについてしまったようだ。


「おい!お前・・・一体彼女に何をしたんだっ?!」


やれやれ・・・騒がしい男だ。

ドミニク公爵は・・・本来はこういう男だったのだろうか・・・?立ち上がった俺に尚も彼は怒りをぶつけて来る。


「聞こえないのか?返事をしろっ!」


するとジェシカが慌てて彼を宥め始めた。


「待って下さいっ!ドミニク様っ!ま・・まずいですよ・・。これでは私の事を庇っていると言ってるようなものでは無いですか・・・っ!」


何だ・・ジェシカ。そんな事を心配しているのか?大丈夫、俺は・・お前とドミニク公爵の関係は・・理解しているつもりだ。大体俺はソフィーの忠実な犬では無い。


そして2人は会話を始めた。俺は黙って聞いていたが・・・ドミニク公爵のある一言で理性が切れそうになった。


「どうしても・・・昨夜はソフィーの相手をしなくてはならなかったんだ・・・ッ!」


彼はよりにもよって・・・ジェシカの前で飛んでもない台詞を言った。

その言葉だけは・・・言ってはいけないだろう?!言い訳をするなら・・・もっとましな答えを用意しておけっ!


自分を閉じ込めた男が・・・嵐の夜なのに、こんな危険な場所に閉じ込めていたくせに・・・その時、別の女を抱いていましたと言うなんて・・・!この男は最低だっ!本当に・・・本当にジェシカを愛しているなら、何が何でも彼女の側にいてあげるべきだったろう?!

気付けば俺は唸り声を発し・・・ドミニク公爵の腕から・・ジェシカを奪っていた。


「お・・・お前・・・っ!一体何を・・・っ!」


突然の事に一瞬呆気に取られていた彼はすぐに我に返ると怒鳴りつけて来る。

だが・・・お前のような男に・・ジェシカを渡せるものか・・・っ!

俺はますます強くジェシカを抱きしめた。


「一体・・・どういうつもりだ?早くジェシカを俺に渡せ・・・。」


突如、ドミニクの様子がおかしくなった。

禍々しいオーラが身体から徐々に滲み出てくる。顔つきも変わり、目が怪しく光り始めた。


「!」


ジェシカはすぐに異変に気付いたのか、息を飲み・・・俺に叫んだ。


「お・・・おねがいっ!離してくださいっ!」


ジェシカ・・・何て目で俺を見るんだ・・・?そんなに・・あの男が・・大事・・なのか・・?

悲しい気持ちで手を緩めると、ジェシカはすぐに公爵に駆け寄る。


「ドミニク様っ!!」


そしてジェシカはドミニクを抱きしめた。


「ジェ・・・ジェシカ・・・。た、頼む・・・。俺を助けてくれ・・・っ!」


「ドミニク様っ!お願い、しっかりして下さいっ!」


「う・・・。ジェシカ・・・ジェシカ・・・。」


2人が抱きしめう姿を俺は呆然と眺めていた。

・・・心が麻痺して何も感じない・・・。

一体俺は何をやっているんだ・・?

俺は何故こんな所で・・・恋人達を見守っているのだ・・?


「・・・お願いします・・。」


ジェシカが振り返った。


「どうか・・・私と公爵だけの・・2人きりにさせて頂けますか・・・・?」


この言葉を聞けば・・・もう答えは明白だ・・・。

ジェシカは・・ドミニクを元に戻す為に・・これから2人は・・・情を交わすのだろう・・・。

俺は絶望した気持ちで・・・視線を逸らすと転移魔法で姿を消した—。




 それから数時間後―

あんな事件が起こるとは予想もしていなかった—。



 監獄塔から戻った俺はジェシカとドミニク公爵の事が頭から離れず、自室に引きこもっていた。あの後2人は・・・その事を思い描くだけで頭がおかしくなりそうだった。何故なんだ・・・?何故・・・俺はジェシカの事が気になって仕方が無いんだ?どうして・・・こんなにもあの2人に嫉妬してるんだ・・・っ?!



 その時・・・外で物凄い悲鳴と・・・獣のような咆哮、さらには建物が激しく破壊される音が響き渡った。


「た・・・大変だーッ!!魔物が・・・魔物がーっ!!」


魔物?!まさか・・・門の封印が破られたのかっ?!

傍らにあった剣を握りしめると部屋の外へ飛び出し・・・目に飛び込んできた光景に呆然となった。

う・・・嘘だろう?な・・何だ・・この魔物の群れは・・・!!


空に飛び交恐ろしい姿の魔物・・・地を這う獣達・・・全てこの世に存在してはいけない魔物達が・・ソフィーの兵士達を襲っていた。

彼等は・・・所詮寄せ集められた力の無い兵士達。彼等では・・この魔物を制圧など出来るはずがない・・・っ!

俺は剣を握りしめ・・・魔物の群れへと飛び込んで行った—。



ザンッ!!


最期の一帯を切り倒し・・・ようやく辺りに静寂が戻る頃には、あちこちに怪我人が転がっていた。


ジェシカは・・・大丈夫だっただろうか・・・?いや・・・何も心配する事は無いだろう。何しろ彼女の側には・・・あのドミニク公爵が付いているのだから・・・。


 その時、たまたま兵士同士の会話が耳に飛び込んできた。



「それで・・・聖女ソフィーの後を追ったドミニク公爵は・・未だに『ワールズ・エンド』から戻ってきていないのか?」


「ああ・・・。いずれにしろ・・・俺にはもう聖女様が理解出来ないぜ。よりにもよって魔界の門を目指すなんて・・・。」


な・・・何だって・・・?!ドミニクは・・・ジェシカと一緒では無かったのか?!

あの男は・・・何処まで無責任な男なんだ?!あんな男に・・・ジェシカを託す等・・出来ないっ!



ジェシカッ!無事でいろっ!

そして俺は監獄塔へ飛んだ—。

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