※マシュー・クラウド(モノローグ)③

 王子が神殿を去り・・・少し時が流れた頃・・・。 

その話はある日突然舞い込んできた。

何と、あのドミニク公爵がついにジェシカ・リッジウェイを捕らえたと言うのだ。

一体ジェシカとはどんな女性なのだろうか・・・?何故その名前を聞くだけで心がざわつく?

一目だけでも見てみたい・・・。

しかし、チャンスは意外とすぐにやってきた。


ソフィーが自分で勝手に作り上げた『謁見の間』なる部屋にジェシカを呼び寄せたのだ。そして俺達聖剣士とソフィーの配下の兵士達は謁見の間のカーテンの奥に待機するようにと呼び集められた。


 さて・・・ドミニク公爵が連れて来たジェシカと言う女性の顔を拝んでみるか・・・。

中に入って来た彼等を見て、俺はまず初めに驚いたのがドミニク公爵を目にした時だ。

何だ・・・?あの目の輝きは・・・。あの表情は・・・。いつもいつも俺が目にしてきた彼はまるで覇気の無い・・・半分魂が抜けたような虚ろな表情を見せていたのに・・アラン王子と同様に彼は変化を遂げていた・・・。いや、むしろ元の姿に戻ったと言うべきかもしれない。

そして隣に佇む女性を何とも愛おし気な目で見つめている。

それを見てすぐに理解した。ドミニク公爵は、ジェシカ・リッジウェイの事を・・・とても愛しているのだと言う事が。


 そして・・肝心のジェシカの方は・・。

彼女は両手を前に縛られ、静かに立っていた。まさか・・・・あんなに華奢な人物だとは思っていなかった。

肩にかかる程度の栗毛色の柔らかそうな髪、特徴のある紫色の大きな瞳・・・。

彼女は息を飲むほどに美しかった。そう・・・彼女の方がソフィーよりも余程聖女のように感じらえる程に・・・。

俺は彼女始めて目にした途端、心臓をわしづかみにされたかのような感覚に陥った。

何故だ・・・?何処かで会った気がする・・・。とても懐かしく、そして彼女がどうしようもなく愛しく感じてしまう・・・。彼女は・・俺にとって何なのだ・・?


 その後、ドミニク公爵は部屋を出され、ソフィーはジェシカを前にワインを飲みだした。

彼女の前で・・・何て無礼な女なのだ・・・っ!あんな女が聖女だなんて天と地がひっくり返ってもあり得ないっ!

ソフィーが彼女の足元にワイングラスを叩きつけた時には、思わず飛び出して襟首をつかみたくなる衝動にかられた位だ。

そしてあろう事か、ソフィーは俺達にジェシカの裁判の準備を始めるように命じたのだ。何だって?ジェシカを裁判にかけるだと・・・?あの女の事だ。絶対に残酷な罰を言い渡すにきまっている。助けなければ・・・っ!

しかし仮面の呪いのせいなのか、俺の身体はまるきり言う事を聞かず、身動きする事が出来なかった。

ソフィーの命令と共に彼女の兵士たちが動いた。

そしてあっという間に彼女を取り囲むと1人の兵士が下卑た笑いを浮かべながら乱暴に彼女の腕をロープで縛り上げてしまった。その様子を目にした時、身体がとんでもない怒りに沸いた。そして仮面が俺に囁いた。ソウダ、アノオトコヲコロセ・・・。

駄目だ、仮面の呪いに飲まれては・・・!心を・・・心を落ち着けなければ・・・!

俺は必死で仮面から聞こえる声と戦い・・・気付けばジェシカは兵士達に連れされれていた。

そしてジェシカはそのまま裁判にかけられたが・・俺は出席する事を許されず・・・暴徒と化した学生達の制圧部隊へと回されたのだった。


 ジェシカの裁判の行方が気になったが・・・きっと大丈夫。ドミニク公爵が何とかしただろう。何故なら・・・彼はジェシカを愛しているのだから—。


 俺の予想通り、ソフィーはジェシカに死刑を言い渡したものの、学生達からの激しい反対とドミニク公爵の機転により、取り合えずは断崖絶壁の上に建てられた監獄塔へ幽閉される事になった。しかもその監獄塔はジェシカを捕らえる為だけにわざわざ作ったと言うのだから。・・・ソフィーは何処まで愚かな女なのだろう・・・。


 それにしても・・何て気の毒なんだ。彼女は何一つ、悪い事等していないのに・・。

だが恐らくドミニクの事だ。きっと何か手段を考え、ジェシカを救い出すに決まっている。彼の目は・・・もう以前のように死んだ目をしていないのだから・・・。

それなのに、一方の俺は・・・どんどん仮面に心が蝕まれていくのを感じ・・・恐怖で一杯だった・・・。



ジェシカが監獄塔へ連れていかれた後の事・・・。



「おい、誰があの女の食事を運ぶ?」


兵士達の会話が突然耳に飛び込んできた。どうやら誰がジェシカの食事を運ぶのか決めているらしい。


「俺が行く!俺に行かせてくれっ!」

「いや、駄目だ。俺が行く。」

「お前ら・・・食事を運ぶついでにあの女に手を出す気だろう?」


何っ?!

俺の身体に一気に緊張が走る。


「な、何だよ・・・悪いか。何せあれ程いい女は滅多にいないからな。」

「ああ・・確かに一級品かもしれない。」

「なら・・・3人揃って食事を届けに行けばいいじゃないか・・・。皆で楽しもうぜ。」


そして彼等の下卑た笑いが聞こえて来た。

その言葉を聞いた途端、全身の血が怒りで沸騰しそうになった。

俺は無言で彼等の前に姿を見せる。


「な、なんだよ・・!お、お前・・・こんな所で何してるんだよ!」

「相変わらず不気味な男だな・・・。」

「ほら、お前邪魔だ!さっさと何処かへ行・・・。」


最期まで俺はその男に喋らせなかった。問答無用で男を殴りつけると、軽く壁際まで吹っ飛び、壁に叩きつけられて無様に床に倒れ込む。


「き、貴様っ!」

「ふざけた真似しやがってっ!」


2人が同時に襲ってくるが、軽くかわし、剣の鞘で2人同時に殴りつけ、彼等は物も言わずに崩れ落ちた。

ふざけるな・・・・っ!彼女は・・・お前らのような下衆が触れていいような存在では無いんだっ!

奴等の1人が監獄塔の鍵を持っていた。俺は鍵をむしり取ると、声にならない言葉で床に伸びている3人を詰り・・・代わりにジェシカの食事が入っているバスケットを持って監獄塔へと向かった。

・・やっと・・お前の側に行ける・・・。



 階段を上り、鍵を開けて中へ入るとジェシカが怯えたような眼つきで壁に張り付いていた。・・・まずい・・どうやら怖がらせているようだ・・・。



「あ・・・あの・・・?」


ジェシカが戸惑うように俺に声をかけてきた。初めて俺にだけ語り掛けてくれる彼女の声は・・・とても素敵な響きだった。

だが・・・声を発する事が出来ない自分は・・何て惨めなのだろう・・。

無言でテーブルの上にバスケットを置くと、さらにジェシカは声をかけてくる。


「え・・・?そ、それは・・・?」


仕方が無い・・・俺は黙ってバスケットの蓋を開け・・・再び激しい怒りが湧いてきた。

何なのだ・・・?この粗末な食事は・・・!おまけに彼女の着させられてる服はまるで囚人のようにみすぼらしい服である。

これもきっと全てソフィーの差し金に違いない。わざと彼女に粗末な服と食事を与え、どちらが立場が上なのかを知らしめるため・・・。

冗談じゃないっ!彼女は・・・ジェシカは何の罪も犯していない、囚人などではないのに!


そんな俺の心の葛藤を他所に、しかし彼女は礼を言った。


「私の・・・食事ですか?・・・わざわざありがとうございます。」


ジェシカ・・・本気で言ってるのか・・・?何故か自分の方が惨めな気持ちになり、彼女を見つめた。


「あの・・・?どうかしましたか?」


首を傾げてこちらを見るジェシカ。その姿が・・・・あまりにも愛しくて、強く抱きしめたくなる感情が沸き起こって来た。

駄目だ・・・これ以上ここにいるのは俺自身が彼女にとって危険な存在になりかねない・・・っ!

だから、俺は転移魔法で瞬時にジェシカの前から姿を消した。


 ジェシカ・・・またお前に会いに行ってもいいだろうか—?






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