第6章 10 聖女の祝福

『ワールズ・エンド』へ到着した私達は目の前に広がる光景を見て息を飲んだ。

美しかった平原は無数の醜い魔物達によって踏み荒らされ、森の木々は破壊の限りを尽くされていた。

そして一番恐れていた事・・・それは人間界と魔界を繋ぐ『門』が無残に破壊されていた事だった。


『門』の付近では大勢の聖剣士達と神官、そして何処から来たのか魔術師の姿をした者達や・・・腕に覚えのある学生達が必死になって魔物の群れを相手に戦っていた。中には見知った学生の姿もある。


<くそ・・っ!一足遅かったかっ!門が・・・破壊されているっ!>


ヴォルフが悔しそうに言った。


「あ・・あれじゃもう・・・魔界と人間界を閉じる事なんて出来ないじゃ無いかっ!」

ダニエル先輩も悲鳴じみた声を上げた。


「そ、そんな・・・・。門が・・・門が壊されるなんて・・・・。」

知らない、私は・・こんな話知らないっ!ここは私の作り上げた小説の世界だったはず・・・・。私は小説の中でこんな話は書いていない。『門』が破壊される事なんてそもそも前提に考えた事すらなかった・・・っ!


<偶然かもしれないが・・・もしかすると第1階層に落とされた・・・高位魔族が・・まだ自我が残っていてあの門を破壊したのかもしれない・・・っ!>


ヴォルフが悔しそうに言う。


「そ、そんな事よりも早く・・速く魔物達を倒さないとっ!ここで僕たちが食い止めなくちゃ、『ワールズ・エンド』から人間界へ魔物達が飛び出しちゃうよ!そんな事になったら・・魔力を持たない人々が・・・・っ!」


そう、ダニエル先輩の言う通りここで魔物を食い止めなくては人間界へ魔物達が溢れてしまう。そうなると・・・この世界は・・・っ!


<ジェシカッ!やはり・・・お前はここにいたら危険だっ!何処か安全な場所へ身を隠さなくては・・・っ!>


ヴォルフが私に言う。


「そ、そんな事言ったって安全な場所なんて何処にあるのさっ!僕達の側にいた方がかえって安全なんじゃ無いかっ?!」


「「ジェシカーッ!!」」


するとそこへ遅れてデヴィットとアラン王子が馬に乗って駆けつけて来た。


「ジェシカ、大丈夫だったか?!」


デヴィットは馬からヒラリと飛び降りて、駆け寄って来ると私を強く抱きしめて来た。


「「おい!ジェシカに触るなッ!!」」



・・・こんな場面でも相変わらずなアラン王子とダニエル先輩。


そしてデヴィットが言った。


「ジェシカ・・・必ず俺が守るから・・・絶対に俺の側から離れるな。いいか?」


<お、おい!魔法が使えないジェシカをここに留めておくつもりなのかっ?!正気かっ?!>


ヴォルフが焦ったように言う。


「勿論・・・正気だ。何故ならジェシカは・・・俺の聖女なのだからなッ!聖女がいる聖剣士は・・・誰よりも強くなれるんだっ!」


「ああ・・・そう言えばそうだったよな。ジェシカ。お前も・・・俺の聖女だ。だから・・絶対に俺達の側から・・・離れるなよ?」


アラン王子も言う。


そしてデヴィットとアラン王子が剣を引き抜いた。


デヴィットが言う。


「ジェシカ・・・これは聖剣士だけが持つ事の出来る剣だ。これに・・・聖女であるお前の祝福を授けてくれ。」


「ああ、俺の剣にも頼む。」


アラン王子も私に聖剣士の剣を差し出してきた。そして・・・気が付いてみると私の左腕と、デヴィットとアラン王子の右腕がいつの間にか光り輝いている。


「剣に祝福を授けるって・・・一体どうすればいいのですか?」

震える声で2人に尋ねた。


「「この剣に聖女の口付けを与えてくれ。」」


デヴィットとアラン王子が同時に言う。剣に口付けを・・・?良く分からないまま私は2人から剣を受け取り、試しにそれぞれのグリップに口付けをし、2人に手渡した。

すると・・・今まで何の変哲も無かった剣が突然青白く輝きだした。え・・・?これは一体・・・?


デヴィットは剣を構えると言った。


「・・・聖女によって新しい命を吹き込まれた・・・『祝福の剣』だ・・。聖剣士の言い伝えになっていたが・・・まさか俺がこの剣を手にする事が出来るとはな。」


デヴィットは光り輝く剣を握りしめると言った。


「ありがとう、ジェシカ・・・。お前に出会えて本当に俺は恵まれている。」


「ああ、そうだな。ジェシカ。やっぱり俺とお前は切っても切れない絆で結ばれているって事だ。ジェシカ。全て終わったら・・・結婚しよう。」


アラン王子がどさくさに紛れてまたもやおかしな事を言っている。


「「「それは駄目だっ!!」」」


いつの間にか元の姿に戻っていたヴォルフも交えて声を揃える3人。

・・・こんな時でも・・・彼等は相変わらずだ。



「ジェシカッ!俺とアラン王子から・・・絶対に離れるなよ?」


デヴィットが言う。だ、だけど・・・。


「あ、あのっ!私が側にいたら自由に戦えないじゃないですかっ!私・・・はっきり言ってお荷物状態ですけど?!」


慌てて私は叫ぶ。私がこんな事を言うのは訳がある。何故ならデヴィットは私を自分の肩に担ぎ上げているのだから。・・・いわゆるお姫様抱っこでは無く、お米様抱っこである。


「大丈夫だ。絶対に落とさないから安心しろ。」


「そ、そんな・・・安心なんて出来るはずないじゃないですかっ!」


「そうだ、デヴィット。お前・・・ジェシカの担ぎ方がなっていない。俺の方が上手に担ぎ上げる自信がある。さあジェシカ。俺の方へ来い。デヴィットよりも安定感のある担ぎ方をしてやるぞ?」


笑顔で私に両手を広げるアラン王子。



「ヴォ・ヴォルフ・・・・。」


私は涙目になってヴォルフに助けを求めた。


「そうかそうか、やっぱりジェシカは俺が一番いいんだな?よし、分かった。さあ、こっちへ来いよ。ジェシカ。」


ヴォルフはニコニコしながら両手を広げた。


「と言う訳で降ろしてください、デヴィットさん。」


私が言うと、彼は心底傷ついた顔をする。


「ジェ、ジェシカ・・・。お、お前は・・聖剣士よりも・・・魔族の男の方が・・いいのかっ?!」


「そうだっ!ジェシカッ!人間は人間同士で一緒になる方がお互いの為なんだぞっ!」


またもや訳の分からない持論を言うアラン王子だが・・・・。


「どうか、私の事は気にされずに魔物達と心置きなく戦って来てくださいッ!」


私はヴォルフにしがみ付きながら言った。

冗談じゃないっ!あんな担がれ方をしたら2人とも危ないに決まってるっ!オオカミの姿になれるヴォルフの側にいるのが一番安全だ。


「くっそ~ッ!い・・・いくぞっ!アラン王子!ダニエルッ!」


デヴィットは剣を構えて馬にまたがると魔物の群れへ向かって馬を駆ってゆく。


「だから、俺に命令するなと言っているだろうッ?!」


アラン王子も馬に飛び乗ると後を追って行った。え・・・?馬に乗って・・・?なら最初から私を担ぎ上げる必要は無かったんじゃないの?!その事に2人とも気が付かないなんて・・・・。私は呆れて2人の背中を見送った。


「おい、確か・・・ダニエルだったか?お前は行かなくていいのか?」


ヴォルフがダニエル先輩を見て言った。


「いやだなあ~。僕は君の背中に乗ってここまで来たんだよ。馬なんか無いから彼等と一緒には行けないよ。と言う訳だから・・・」


そしてヴォルフを正面から見ると言った。


「さあ、早くオオカミの姿になって僕とジェシカを君の背中に乗せてよ。」


そう言ってニッコリ笑う。


「ま・・・全く・・・この魔族である俺にそんな口を利くなんて・・・人間のくせに・・・大した男だな。お前は・・・。」


ぼやきながらも一瞬でオオカミの姿へ変身するヴォルフ。そして私とダニエル先輩を背中に乗せると言った。


「いいか、振り落とされないようにしっかり掴まっているんだぞ?」


ヴォルフの言葉に私とダニエル先輩は頷く。


<よし・・・それじゃ行くぞっ!>


ヴォルフはオオカミの遠吠えをすると物の群れの中へと突っ込んで行った—。


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