第3章 6 君を待っていたよ

「はい、ジェシカ。焼き立てで熱いから気を付けてね。」


ダニエル先輩が木の棒に刺した熱々の焼き芋をくれた。


「ありがとうございます。フフ・・・美味しそうな匂い。」


思わず笑みが浮かんでしまう。

今、私とダニエル先輩は南塔の校舎前の人通りの少ないベンチに座って仲良く焼き芋を食べている。


「ダニエル先輩は・・・焼き芋が好きなんですね。」

熱々の皮を剥きながらダニエル先輩の顔を見上げた。


「うん・・そうだね。僕の住んでる領地は特にさつま芋の栽培が有名だからね。実家から沢山届くんだ。僕は焼き芋が大好きなんだけど・・この学院の連中は焼き芋なんか所詮庶民の食べ物だとか言って・・・軽蔑して・・・。だから、僕は人目の付かないこの場所で時々お芋を焼いて食べていたんだ。」


「そうだったんですか・・・。」

初めて聞くダニエル先輩の事。そう言えば私、この物語の作者だけど・・・ダニエル先輩の事・・殆ど知らなかった。領地の事もそうだし、家族についても・・・。


「ねえ。ジェシカ・・・。」


不意にダニエル先輩が声を掛けて来た。


「はい、何ですか?」


「実は・・・僕の記憶は曖昧なんだ・・・。」


ダニエル先輩は頭を押さえながら私を見つめた。


「曖昧・・?」


「ノアの事は覚えているよ。と言うか・・彼は2か月以上姿を見せていなかった・・・と言う記憶しか無いんだ。その間・・ノアは何処に行っていたんだろうって曖昧な記憶なんだ。でも、確か・・ノアを助けに魔界へ行くって君は話してくれたよね?」


「はい、そうですね・・・。」


「数日前に突然ノアの事が頭に浮かんだんだよ。どうして学校に来ていないのかなって・・・実家にでも行っていたのか・・・?僕はそんな風に考えていた。」


「・・・。」

私は焼き芋を食べながら黙って先輩の話を聞いていた。


「実は1カ月程前・・・全校集会が開かれたんだ。『ワールズ・エンド』で当時門番をしていた1人の聖剣士「マシュー・クラウド」を刺し殺し、封印を解いて魔界へ行った悪女がいるって・・そこでジェシカ。君の名前があがったんだ。


「!」


「だけど・・・おそらく誰一人として・・君の名前に心当たりが無かったんじゃないかな?だって僕の周りにいた学生達だって、聞いたことが無い名前だと囁き合っていたし。・・何よりこの僕自身がジェシカの記憶が無かったんだから。」



「ダニエル先輩・・・・。」


思わず声が震えてしまう。


「そして、その後・・・全校生徒を集めて『マシュー・クラウド』の葬儀が執り行われて・・・この学院の共同墓地に入れられたと話を聞いたんだ・・・・。」


共同墓地・・・そんなものがあったなんて・・・。その話を聞き、私は顔が青ざめるのを感じた。


「だけど・・・自分でも驚いてるよ。」


突如、明るい声でダニエル先輩が言った。


「驚く・・・?何をですか?」


「だってね・・本当につい数日前なんだよ。朝起きたら・・・不思議な事にノアの事と、そして・・・ジェシカ。君の事を思い出したんだから。そしてそのすぐ後だったよ・・・。君の手配書が学院中に貼られていったのが・・・・。君の従者のマリウスなんか物凄く激怒して自分が見つけた手配書を片っ端から破り、その場で燃やしていたよ。」


「マリウスが・・・。」


「勿論・・マリウスだけじゃない。グレイもルークも・・君の手配書は全て剥がして・・今は謹慎処分になってるよ。僕だって同じことをしているのに・・何故かお咎めなしなんだ。」


ダニエル先輩は肩をすくめながら言った。


「それは・・・きっとソフィーのお気に入りだからですよ。ダニエル先輩が・・・。」

恐らく、ソフィーはまだ・・ダニエル先輩の事を諦めきれないんだ・・・。


「確かに・・僕は何度も何度もソフィーから自分直属の兵士になって私を守ってくれとしつこく誘われたけどね・・・。」


「え・・・・?そうだったんですか?!」


「うん。でもね・・・あんな魔女みたいに恐ろしい女が聖女だって?おかしいと思わないか?あの女の兵士になるなんて、悪魔に魂を売るのと同じだよ。」


「ダニエル先輩・・・。」


「だけど・・・。」


急にダニエル先輩の顔が曇る。


「あのライアンとケビンが・・・・まさか・・ソフィーの兵士になるなんて・・・。」


悔しそうに肩を震わせるダニエル先輩。


「あの・・・それは・・・私のせいなんです・・・。私がライアンさんとケビンさんを魔界へ行く時に・・手を貸して貰ったから・・・私に対する見せしめの為に・・。」


私は下を向いた。目頭が熱くなっていく。すごく・・・いい人達だったのに・・・沢山親切にして貰ったのに・・私が巻き込んだせいで・・。


「ジェシカのせいじゃないよ・・・。悪いのは全てあの女・・ソフィーのせいなんだから・・・。」


ダニエル先輩は私の肩を抱きかかえると言った。


「で、でも・・・。」


「聞いて、ジェシカ。」


ダニエル先輩が私の目を真っすぐに見つめると言った。


「君との記憶を取り戻してから・・・今まで・・・ずっと頭の中に靄がかかっているような感覚があったのを覚えている。そして・・・ソフィーが聖女についてからすぐに、厚い雲に覆われ、太陽が見えなくなり、星や月も雲に隠れてしまったんだ・・・。」


私達は空を見上げた。

そこにあるのは・・・厚い雲に覆われた空が見えるだけ。


「ソフィーは・・ジェシカ。君が魔界の門を開けたせいだと言ってるんだよ。」


ダニエル先輩は私の髪の毛を撫でながら言う。


「ダニエル先輩・・・私・・・『魔界の門』は『ワールズ・エンド』では開けていません・・・っ!」


「勿論、僕は君の言う事を信じるよ。こんな空になったのは・・・あんな女が聖女になったせいだって事をね!」


ダニエル先輩が・・・こんな強い口調で話すなんて・・初めて見た。


「ねえ、ジェシカ。ここで僕が焼き芋を焼いていたの・・偶然だと思う?」


「え・・・?」


「君との記憶が戻ってからずっと・・・僕はここで君が僕の前に現れるのを待っていたんだ。ここで焚火をして、ジェシカの大好きなお芋を焼いていれば・・きっと・・・。」


「フフ・・・ダニエル先輩の考え・・・見事に正解でしたね。確かにお芋の匂いにつられちゃいました。だけど・・・。」


私はノア先輩を見上げた。


「?」


不思議そうに首を傾げるダニエル先輩に私は言った。


「ここに戻ってきた時から・・・ずっとダニエル先輩に会いたいと思っていました。そして・・・気が付いてみたらいつの間にか足がここへ向いていたんです。」


「ジェシカ・・・。」


ダニエル先輩の瞳が潤んでくる。


「ジェシカ・・・。」


そして私に手を伸ばしかけた時・・・・。



「ジェシカッ!!」


背後で私を呼ぶ激しい声・・・。あ・・・そう言えば・・・私・・黙ってここに来てしまったんだっけ・・・。

振り向くと、不機嫌そうな表情を浮かべて腰に手を当てているデヴィットと、何故かその場にへたり込んでいるマイケルさんの姿があった。


「え・・・?誰だい、君達は・・?ん?でも待てよ・・・君の顔は・・何処かで見た事あるなあ・・・?」


ダニエル先輩は美しい眉を潜めながらデヴィットを見つめた。


「そうか、女子学生に人気のあるダニエルに覚えて貰えているとは光栄だ。」


妙に棘のある言い方をするデヴィット。何だかすごく怒っているようだけど・・。

2人が何やら火花を散らしているが、私はそれどころでは無い。地面にうずくまるように座り込んでいるマイケルさんが気がかりだ。


「デヴィットさん!一体、マイケルさんはどうしたんですか?!」


マイケルさんに駆け寄ろうとした所をデヴィットの腕の中に囚われてしまった。


「デ、デヴィットさん!は、離して下さい!マイケルさんが・・・。」


「駄目だ、こうやって・・・一度お前の無事を確認しなければ・・・。」


その瞬間、私とデヴィットの紋章が光り輝く。そうか・・・これも聖女と聖剣士の誓いを交わした決まり事なのかもしれない。

そしてそんな私達を面白く無さそうな目で見つめるダニエル先輩。


「よし・・・これでジェシカ。お前に俺の守りの力を分けたからな?」


デヴィットが腕の力を緩めたので、すかさず私はマイケルさんに駆け寄った。


「マイケルさん!しっかりして下さい!」


「ああ・・・お嬢さん・・・無事で・・良かった・・。」


真っ青な顔で私を見上げる。


「一体、何があったんですか?」


マイケルさんに尋ねると、代わりにデヴィットが答えた。


「別に・・大したことはしていない。瞬間移動でこの男を連れて移動したら・・こんな風になってしまって・・。短い距離だから大丈夫だと思ったんだが・・やはり魔力を持っていないと・・駄目だったようだ・・・。ごめん・・・悪かった。」


そしてデヴィットは頭を下げるのだった—。





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