第3章 5 お帰り、ジェシカ

「どうだ?ダニエル・・いたか?」


今私達はダニエル先輩が出てくるはずの昇降口の前に待機している。

大勢の学生達がぞろぞろと校舎から出て来て、時折不思議そうな顔で通り過ぎて行く。まあ・・それは無理も無いかも。不自然なほどダブダブの上着を着て、フードを被って顔を隠した私の左右の手をそれぞれ右手をデヴィット、左手をマイケルさんに繋がれているのだから・・・。これではまるで迷子になって保護された子供の様だ。


「出てきませんねえ・・・。ダニエル先輩・・・。」

ポツリと言った。


「おい、ひょっとすると・・・ダニエルの奴・・・授業をさぼってるんじゃないのか?」


デヴィットが身をかがめて耳打ちしてくる。


「さあ・・・どうでしょう・・?」


「まあ、もう少しここで様子を見てみようよ。」


マイケルさんはのんびり構えている。


その時・・・・。


「おい、デヴィットじゃないか!」


前方から来た1人の学生が声を掛けて来た。


「げ!キース・・・・ッ!」


デヴィットが口の中で小さく舌打ちするのが聞こえた。え?キース・・・?う~ん・・何処かで聞いたことがあるような名前だなあ・・・・。


「お前・・・こんな所で何やってるんだよ。最近授業には出てこないし・・・寮にも戻っていないだろう?完全に校則違反してるぞ?・・・・所で・・・なんだ?こいつら?」


キースと呼ばれた青年が私とマイケルさんをジロジロと見ている。


「やあ、こんにちは。」


マイケルさんは笑みを浮かべて挨拶をした。


「はあ・・・?こんにちは・・・?」


「あ~じ、実は・・この2人は兄弟で俺の知り合いなんだ・・・。彼が今年、この学院を受験希望で・・今日はちょっと下見に・・・だな・・・。」


デヴィットがしどろもどろに言う。うわっ!演技下手すぎっ!


「ふ~ん・・・。そうなんだ・・・。しかし、今年受験するって割には・・・随分背が低いねえ、君・・・。まるで子供か女の子みたいだ。」


言いながら、キースと呼ばれた青年は私の被っていたフードをアッと言う間に払ってしまった。


「おい!何するんだっ!」


デヴィットが叫ぶも・・・時すでに遅し・・・。

この青年の眼前で私の素顔は晒されてしまった。しかも運が悪い事に、そこにはたまたま居合わせた女子学生と男子学生の姿も・・・!


「あ・・・・。」

慌ててフードを被ろうにも私の両手はしっかりとデヴィットとマイケルさんにホールドされ、両手が塞がれている。


「「しまった・・・っ!」」


デヴィットとマイケルさんの声がハモる。


「へえ~・・・・・。」


途端に青年の顔に不敵な笑みがうかぶ。


「君・・・綺麗だね・・・。」


その目、その一言で一気に全身に鳥肌が立つ。こ・・・この男・・・ヤバイかも・・・!このおぞけ具合は半端では無い。今まで生徒会長やマリウスによって鳥肌が立つ事は何度もあったが・・この眼前の男からすれば、あの2人なんて可愛らしいものだ。


「ねえ・・・お兄さんと・・・一緒に遊んでみないかい・・?」


舌なめずりしながら私の髪の毛に触れてくる。う・・き・・・気色悪いっ!!


「おい、俺の弟に近付かないでくれないか?」


マイケルさんが私の前に立ちはだかり、デヴィットは青年の胸倉を掴んだ。


「勝手に触れるな・・・。」


「おお~怖いねえ。君達・・・。」


そこへ2人が私から離れたすきに今度は女子学生達がよってきた。


「うわああ・・・何て美少年なの?!」

「ねえねえ。お姉さんたちと一緒に食事に行かない?何でも好きな物食べさせてあげるわ。」

「貴方・・彼女いるの?もしいないなら・・お付き合いしてくれる?」

等々・・もみくちゃにされる。

ヒエエエエッ!こ、これじゃ・・・ダニエル先輩が女嫌いになる気持ちが分かるっ!


「あ、あの・・・。」


必死でデヴィットとマイケルさんを探すも、2人の姿は人混みにかき消されてしまった。

も、もうこうなったら・・・。


「あ、あの・・・す、すみません。よ・用事が出来たので・・・・帰りますっ!」


そして言うが早いか、フードを目深に被り、一目散に逃げだした。


「あーっ!待ってよッ!」


女子学生達が追っかけて来るが・・・ 冗談じゃないっ!もし捕まったら・・・・て・貞操の危機が・・・・っ!!



「はあ~っ、はあ~っ・・・・」

何とか彼女達の追跡から走って逃げきれた・・・。それにしても信じられない。この運動音痴のジェシカが逃げ切れるなんて・・・。やはりこれは火事場の何とかという、いわゆるアレの事なのかもしれない。


「あれっ!そう言えばここは・・・・。」

無意識で滅茶苦茶に走って来たけれども、この場所に来て私は気が付いた。


「ここ・・・ダニエル先輩が良く来ていた場所だ・・・。」


そこは南塔の校舎前・・・ダニエル先輩と初めて会った場所だった。

ここでダニエル先輩はお芋を焼いていて・・・ん?

その時・・・何処からか何かが焼ける匂いが漂って来た。ま・まさか・・・。


 フードを目深に被りなおすと、私は恐る恐るその匂いの漂ってくる場所へと近付いて行き・・・。何とそこには焚火を前に長い木の棒でお芋を焼いているダニエル先輩がそこに居たのだ。


 ダニエル先輩—!

何だか凄く懐かしい気がする。別れてからまだ2週間程しか経過していないのに・・・余りにも多くの事があり過ぎたから・・。

目頭に熱いものが込み上げてきて涙が浮かんでくる。だけど・・・・ひょっとするとダニエル先輩はノア先輩と同様にソフィーに狙われているので、すでに操られている可能性だってあるのだ。しかも男装しているけれども今の私には人相書き迄出回っている・・・。


 でも、少しだけ、ほんの少しだけでも・・・先輩とお話出来たら・・・・。

そう思っていた矢先、ダニエル先輩の方から声を掛けて来た。


「・・・ねえ。君。さっきからそこで何してるのさ?何か僕に用事でもあるの?」


何処か投げやりな・・冷めた目で私の事をじっと見つめているダニエル先輩。

あ・・・そうだった。フードを目深に被っているから・・ダニエル先輩には私だと気付かれていないんだ・・・。


「何?返事もしないで・・・。しかもボクの顔をじっと見つめているし・・・。ねえ、聞いてるの?人の話・・・。君、もしかして耳でも悪いの?」


機嫌が悪そうに言うダニエル先輩。・・・何だか初めて出会った頃を思い出してしまう。

「あ・・す、すみません。はい、一応お話聞いてます。」


「ふ~ん・・・。一応ねえ・・・。そいういえば、以前初めて会った人が同じ事言ってた気がするなあ・・・。」


ダニエル先輩は空を見上げながら呟いた。ダニエル先輩・・・多分、それって私の事じゃありませんか?初めて会った時・・・私同じ返事をしたんですよ・・・?


「まあ、いいや。それより何だって君・・こんな所に来てるの?見た所この学院の学生じゃないみたいだし・・・。」


「あ、あの・・・焼き芋の匂いが・・・して・・余りにも美味しそうだったので・・・。」

そして・・・


グウウウウ~。


ああ・・・またダニエル先輩の前でお腹が・・・・。


ダニエル先輩は目を真ん丸に開けてこちらを見ていたが・・・


「プッ!」


え?


「アハハハ・・ッ!」


突然大笑いを始めた。


「な、何だい、今のお腹の音は・・あ~まるであの時の彼女みたいだ・・・。そういえば・・・今何処で何してるんだろうな・・・。」


ポツリと最後に少しだけ寂しそうに呟くダニエル先輩。

え・・・?ひょっとすると先輩・・・?

「あ、あの・・・彼女みたいって言ってましたけど・・・それって・・・。」


「え?何?何故君みたいに素性の分からない相手に彼女の事を話さなければならないの?」


ジロリと不機嫌そうな目でこちらを睨むダニエル先輩。


「い、いえ・・・。何でもありません・・・。」

どうなんだろう?ダニエル先輩は・・・操られているのだろうか?まだこれだけの会話では・・先輩の本心が分からない・・・・っ!


その時、ふと私の目に・・・掲示板に貼られた私の手配書が目に飛び込んできた。

思わずまじまじと見ていると、ダニエル先輩はああと言って、突然その手配書に手を掛けて破ると、焚火にくべてしまった。


「ふん、全く気に入らない・・・。ジェシカをこんな扱い方するなんて・・・。」


ダニエル先輩・・・先輩は・・私を思い出していたんですね・・・。ソフィーに操られていたわけでは無いんですね・・?

自然と涙がにじみ出てくる。


「何?どうしたのさ。君・・・。」


ダニエル先輩は怪訝な顔で私を見つめている。

先輩・・・・・。

私は被っていたフードを外した・・・。



「え~と・・・?」


ダニエル先輩は首を傾げている。


「君の顔・・・何処かで見たような気がするけど・・・?」


「ダニエル先輩・・・・。私・・・戻ってきました・・・。」


半分泣き笑いを浮かべて私は言った。


「え・・?」


ダニエル先輩は信じられないとでも言わんばかりに目を見開いて私を見ている。


「ま・まさか・・・?」


「はい、私です・・・。ジェシカです・・・っ!」


「ほ、本当に・・・本当にジェシカなの・・・・?」


次の瞬間、私はダニエル先輩の腕の中にいた。


「ジェシカ・・・!色々言いたい事や・・・聞きたい事があるけど・・・。」


ダニエル先輩は私をしっかり抱きしめると言った。


「お帰り、ジェシカ・・・。」


と―。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る