第3章 7 空の棺を埋めたのは?

「さあ、ダニエル。ジェシカから預かった通帳を返してやるんだ。」


ここはセント・レイズ学院の併設されているカフェ。私の隣にはデヴィット。そして向かい側の席にはマイケルさんとダニエル先輩が座っている。


「・・・何故君に命令されなければならないのさ。」


ふてくされたようにダニエル先輩は言う。


「お前がどういう意図でジェシカからその通帳を預かったのかは知らないが・・・俺はジェシカの聖剣士となったんだ。ジェシカと話がしたければ、まず先に俺を通せ。」


無茶苦茶なことを言うデヴィット。


「はあ?!君・・・一体何を言ってるわけ?!正気なの?!何故僕がジェシカと話すのに君を通さなければならないのさ!」


「そうですよ、何言ってるんですか、デヴィットさん。」

慌ててデヴィットを窘める。


「何を言ってるんだ?ジェシカ。お前はダニエルがどういう意図でお前の通帳を預かったのか理由を尋ねたことがあるのか?」


「それはダニエル先輩が親切だからです。そうですよね。ダニエル先輩。」


「勿論、ジェシカの頼みなら断れないからね。」


ダニエル先輩は珈琲を飲みながら言う。


「本当に理由はそれだけかなあ?」


「ちょ、ちょっと!マイケルさんまで一体何を言い出すんですか?!」


信じられない。デヴィットは別として・・・マイケルさんは何処まで本気で言ってるのだろうか?・・本当に心が読めない謎の人だ。


「ねえ、さっきからこの2人・・・一体何を言ってるの?僕がジェシカの通帳を預かったのがそんなに問題なの?・・・・言っておくけど、僕は誰かのお金に手を付けるような卑怯な人間では無いからね。」


「・・・そうか。ならジェシカに結婚を申し込むつもりは無いって訳だな?」

デヴィットがとんでもない事を言って来た。


「ええ?!け、結婚だって・・・?!僕がジェシカと・・・?」


ダニエル先輩はすっかり面食らっている。


「ほら、ダニエル先輩が困ってるじゃ無いですか。デヴィットさん、これ以上変な事を言わないで下さいね。ダニエル先輩も今の話気にしないで下さいね。」


「ああ・・・・分かった。そうか・・・考えすぎだったか。」


そして難しい顔で珈琲を飲み始めた。すると・・・。


「・・・ねえ、ジェシカ。」


少しだけ何か考え込んでいたダニエル先輩が顔を上げて私を見た。


「はい、何でしょうか?」


するとダニエル先輩はテーブルの上に置いた私の手をしっかり握りしめ、頬を赤くしてじっと見つめて来た。


「え・・?ダニエル先輩・・・?」


突然のダニエル先輩の行動に面食らう私。


「おい、何やってる?勝手にジェシカの手を握るな。」


デヴィットの抗議する声にも耳を貸さず、ダニエル先輩は言った。


「ねえジェシカ・・・。僕が君に結婚を申し込んだら・・・君は受けてくれるのだろうか?この僕を・・・選んでくれる・・・?」


・・・ダニエル先輩は飛んでもないことを言い出してきた―。



その後はデヴィットさんとダニエル先輩の激しい口論が始まり・・・途中から何故かマイケルさんまで参戦して3人で私を放って置いて議論を始めてしまった。

デヴィットは俺の聖女に手を出すなと喚いているし、ダニエル先輩はかつて自分と私は恋人同士だったのだから、口を挟むなと応戦している。挙句にマイケルさんは私に結婚を申し込むなら、まずは自分を通してからじゃないと認めないと訳の分からないことを言い出し・・・1人、蚊帳の外に出された私。


「あの~・・・・。」

声を掛けても誰も私の声が耳に入らない様だったので、3人を残して私はカフェを後にした。

目的地は・・・先程ダニエル先輩に教えて貰った共同墓地。そこに・・・マシューのお墓がある・・・。


 セント・レイズ学院の裏門を出る。

共同墓地はここから10分程歩いた芝生公園の中にあると言う・・・。

私はそこを目指して歩いた。・・・手には大きなスコップを持って。

自分でも正気では無いと思ってはいるのだが・・・。

これから・・私は恐ろしい事をしようとしている。とても恐ろしい事を・・・。

口の中で謝罪の言葉を言いながら私は共同墓地を目指して歩き続けた。

「神様、どうか私をお許し下さい・・・。」

私は普段から神を崇拝している訳では無いが、今回は別だ。だって・・・・い・今から私は・・・。


 小高い丘にある芝生公園・・・。そこには30程の十字架の墓地が立ち並んでいた。私は墓石に刻まれている文字を注意深く読み・・・ついにマシューのお墓を発見した。

未だ真新しい石で出来た十字架の墓には『マシュー・クラウド』の名前がはっきり刻まれている。

「マシュー・・・。貴方のお墓が・・本当にあったなんて・・・。」

目に涙が浮かんできた。

もう一度優しく微笑んで貰いたい。私の名前を・・・貴方に呼んで貰いたい。

貴方に・・・側にいて欲しい・・・。

 デヴィットの話によると、噂ではマシュー棺の中は空だったという。だけど、これはあくまで噂の話。

この・・土を掘り起こして棺を開けてみれば・・・全て分かるはず。

私は絶対に信じない。貴方が死んだなんて信じたくない。この棺の中は・・・きっと・・・きっと空っぽに決まっている。

そう思い、私はスコップを振り上げた所で・・・。




「はい、ココアをどうぞ。」


「あ、ありがとうございます・・・。」


私は今共同墓地を管理しているという神父さんと教会の中にいた。

それにしても・・・随分若い神父さんだなあ・・・。

金のストレートの長い髪にエメラルドの瞳・・。神父さんにしておくのは勿体ない位の美形男性だ。


「・・・それにしても驚きましたよ。まさかスコップを持って、お墓の前でうずくまって泣いていらしたのですから・・・。もしかして掘り起こそうとでもしたのですか?」


「はい・・・すみません。お墓を荒らすような真似をしてしまって・・・。」

そうだ・・・私、今思えば・・とんでもない事しようとしていたんだ・・・。


「誰か・・大切な人を亡くしたのですか?お坊ちゃん。」


神父さんが優しく語りかけて来る。

お坊ちゃん・・・ああ、そうか・・・。私は今男の人の格好をしていたんだっけ・・。

「す・・すごく大切な人を亡くしてしまったんです・・・・。で、でも・・・噂によると、葬儀の時・・・棺の中がからっぽだったって・・・。だ、だからそれを確かめたくて・・・。だけど・・・と、途中でこ・怖くなって・・。」

涙を堪えながら必死で声を振り絞りながら、丁寧に頭を下げて謝罪した。


「いえ、いえ。いいんですよ。そんなに謝罪しなくても・・・未遂で済んだのですから・・・。」


何気なく窓の外を眺めると先程の墓地が見える。

薄暗い空の下で見える墓地はそれは物悲しい佇まいに見えた。

「でも学院の敷地内に共同墓地があるなんて知りませんでした。」

ココアを飲みながら神父さんに言うと、彼は言った。


「はい、この学院では数百年前に魔王軍と戦い、命を落とした学生の聖剣士様達が何十人といましたからね・・・。」


「そ、そうですか・・・。」

その話を聞いて、私の胸はズキリと傷んだ。

そうだ・・・私がこの話を作ったから、小説の冒頭部分で魔王軍と戦って、命を落とした若い騎士達の話を取り入れたから・・・。

だからこんな形となって表れて・・・。

・・ここに魔王との戦いで命を落とした若者達のお墓が・・・。


罪悪感で一杯な気持ちになる。もし自分がこの小説の世界に入り込んでしまう事が分かっていたならこんな話は書かなかったのに・・・。


「そう言えば・・・ここ最近彼の姿を見ませんね・・・。」


ふと神父さんが独り言のように呟くのを耳にした。


「彼・・・?」


「ええ。実はセント・レイズ学院の学生さんなのですが、大切な主人を亡くしてしまったのでお墓を作らせて欲しいと言ってこちらにいらしたのですよ。それが・・・今から一月前の事でしたね。」


「そうですか・・。」


「そしてその方は1人でお墓を建てられて・・・毎日お祈りにいらしてたんですよ。その方は大切な主人であると同時に、自分が心から愛した女性だった・・と仰ってました。」


「ロマンチックな方なんですね・・・。でも余程大切な方だったんですね。」


「ええ。でも数日前からパタリと来なくなってしまったんですよね・・・。それにしても不思議な方でした。空っぽの棺をわざわざ土に埋めたのですから・・。」


「え?空の・・・棺・・・?」

何だろう、マシューの話と状況が似ている気がする・・・。


「あ、あの・・・何故空の棺を・・・?」


「ええ、どうもその方が言うには・・・記憶の中にだけ存在する大切な主なので遺体が無いと・・・何やら意味不明な事を仰っていました。」


神父さんが首を傾げながら言う。


「え・・?それはどういう意味なのでしょうね・・?」


「ええ。私も不思議に思って尋ねた所、それまでずっと自分の側にいたご主人様がある日突然姿を消し、さらに周りの人達の記憶からも消え失せてしまったらしいんですよ。でも・・・その方はご主人様の記憶があり・・・だけど、周りが皆否定するので、終いには自分の妄想の中のご主人様だったのかも・・・と言い始めたらしく・・・ついにその方のお墓を作って未練を断ち切ろうと思ったそうですよ。」


「あ・・・そ、そうですか・・・」

何だろう、この嫌な感じは・・・。背筋が寒くなってくるような話だ・・・。ま、まさか・・・ひょっとして・・・・・。

よし、思い切って名前を尋ねてみよう!


「あ、あの・・・それで空の棺を入れてお墓を作った、セント・レイズ学院の学生さんのお名前って・・・・。」



「ああ、お名前ですか。確か・・・『マリウス・グラント』と名乗っていましたよ。」


ああ、やっぱり—!!

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