※第2章 2 聖女と聖剣士の誓いの儀式 (大人向け内容有り)

「お早うございます、マイケルさん。」

私がその場所に着いた頃。既に彼は屋台を組み立て、開店準備をしていた。


「やあ、お早う。お嬢さん。約束通り来たんだね。」


そう言って爽やかな笑顔を向けてくる。


「どう?昨夜あの後・・・何も問題は無かったかい?」


何故か意味深な事を尋ねて来るけれども・・・うん、この人を心配させてはならない。

「いいえ、特に何もありませんでしたよ。」


「そうか、なら良かった。」


「それで・・・本当にお世話になっても宜しいんですか?」


「うん、勿論俺は構わないよ。」


テキパキと作業を進めるマイケルさんを見つめながら尋ねる。


「でも・・・ただで置いてもらう訳には・・・。」


「そうかな?俺は別に構わないけど・・・いや、それよりもむしろお嬢さんの様な貴族の女性が俺の家での生活・・・大丈夫かなってそっちの心配の方が強いんだけどね。」


苦笑しながら言う。


「それなら問題ありません。私はそこら辺の貴族令嬢とは違いますから。家事だって出来ますよ。」

そう、何せ私の中身は本当は庶民中の庶民なのだから。


「本当かい?それなら・・・食事を作って貰う・・・なんてお願いしても大丈夫なのかな?」


「はい、私の作った食事でよければ・・・ですけど。」


するとマイケルさんは今迄に無い位の笑顔で言った。


「本当かい?すごく嬉しいよ。」


「あ、でも・・・あまり期待しないで下さいね・・・。屋台をやってるマイケルさんのお口に合う食事を用意出来るか・・・正直あまり自信無いので・・・。」

参ったな・・・。あまり大喜びされるとプレッシャーを感じてしまう。


「そんな事無いさ。お嬢さんが作ってくれる食事なら俺はどんな物だって嬉しいよ。」


「マイケルさん・・・。」

おお~っ!なんてイケメンな台詞を言ってくれるのだろう・・・。ちょっと感動。


「それでどうする?今・・・一緒に俺の住んでる家に行ってみるかい?まだ時間に余裕はあるけど・・・。」


「あ、大丈夫です。あの・・・昨日会った彼が今宿屋で待ってるので。夕方4時にまたここへ伺いますから。」

これからお世話になる人だ。なるべく迷惑はかけたく無いしね。


「うん、分かったよ。それじゃまた後でね。」


「はい!」


手を振ってマイケルさんと一旦別れた私は宿屋へと戻った。


「デヴィットさん。戻りました。」

コンコンとドアをノックしながら声を掛けるも返事が無い。

「あれ・・・留守かな?」

試しにドアを回してみるとカチャリと開いた。鍵を掛けないで出かけたのかな?

「入りますよ・・・。」

遠慮がちに声をかけ、部屋の中へ入ってみるとベッドの上で眠っているデヴィットがいた。何だ・・・眠っていたのか。でも・・・・何だか様子がおかしい。


「う・・・。」


苦しそうに顔を歪めている。それによく見ると額には汗も浮かんでいる。

・・・うなされているのだろうか?


「よ、よせ・・・やめろ・・・。」


何事か寝言を言っている。ひょっとして・・・悪い夢でも見ている?


「やめろ―っ!!」


途端に大声で叫ぶデヴィット。そのあまりの声の大きさに思わず飛び跳ねそうになったが・・デヴィットの様子がおかしい。目を閉じたまま苦痛の表情を浮かべて、ガタガタと震えている。これは・・・。

見るに耐えきれなかった私はデヴィットを揺さぶり起こした。


「デヴィットさん、デヴィットさん!起きてくださいっ!」


「ハッ!」


突然目を見開き、荒い呼吸をしながらデヴィットは呆然としたまま天井を見つめている。そして両手で頭を押さえて叫んだ。


「よせ!ライアン!ケビン!やめてくれーっ!!」


え?ライアン?ケビン?一体何があったの?


「デヴィットさん!しっかりして!」

怯えるデヴィットの頬を両手でつかむと、私は無理やり自分の方に向けさせた。

「私の事が分かりますか?ジェシカですっ!」


すると・・・虚ろだった彼の目が私を捕えた。


「あ・・・ジェ、ジェシカ・・・・?」


「はい、私です。」

何かに怯えているデヴィットを安心させる為に私は微笑んで答えた。


「っ!」

するとデイヴィットは無言で私の右手を掴み、自分の方へ引き寄せると私をかき抱いて来た。


「ジェシカ・・・お前・・・ジェシカだよな・・・これは・・現実なんだよな・・・?」


震えながら私を抱きしめるデヴィットの背中にそっと手を回して私は言った。

「はい、私はジェシカです。そして・・ここは現実世界ですよ。」


「そ、そうか・・・あれは・・ゆ、夢だったのか・・・。」


言いながら、さらにデヴィットが私を抱き寄せて来た。


「デヴィットさん・・・?」

一体どうしたと言うのだろう?


「わ・・悪い・・・。暫く・・このままでいてくれないか・・・・。」


デヴィットの声が、身体が今迄に無い位震えていたので・・・私は黙って頷いた—。




「少しは落ち着きましたか?」


ようやく私から身体を離し、大人しくベットの上に座るデヴィットの為にコーヒーを渡しながら尋ねた。


「あ、ああ・・・。驚かせて悪かった・・・。みっともない所・・見せてしまったな。」


まだ青ざめた顔に無理やり笑みを浮かべながらデヴィットが言った。


「いいんですよ。気にしないで下さい。」

私はコーヒーを飲みながら言った。


部屋の中がしばしの沈黙に包まれる。


「ジェシカ・・・・。」


やがてデビットが口を開いた。


「はい、何ですか?」


「何も・・・聞かないんだな・・・。」


「・・・お話したい事があるなら・・伺いますよ?」


「ジェシカ・・・お前は・・ライアンとケビンと・・仲が良かった・・・だろう?」


頭を押さえながらデヴィットが言う。


「そうですね・・・。お2人には・・・・本当にお世話になりました・・。」


「お前にこんな話するのは・・・酷かもしれないが・・・。」


「構いません。どんな話でも・・私は聞きますよ。」


デヴィットの瞳を真っすぐに見つめると言った。


「・・・・。」


フイと私の視線からデヴィットは逸らすと、語り始めた・・・。


「お前が『ワールズ・エンド』へ向かった後の出来事だ・・。あの全校集会の後の翌日の事だったんだが・・・朝早くにいきなりライアンとケビンが・・前日と同じ兵士の格好をして俺の部屋へやってきたんだ。始めは何の冗談かと思ったよ。まだ夜明け前なのに鎧を身に纏った姿で人の部屋へ入ってくるんだから・・・。この学院にいるジェシカ・リッジウェイと言う女子学生が『魔界』へ渡ったと・・・。しかもその際に1人の聖剣士を殺害し、『門』の封印を解くと言う重罪を犯したので、やがてこの世界に戻ってきた時にはその女を捕える為に聖女直々の兵士になるようにと言って来たんだ・・・。」


「!」

私は悲鳴を上げそうになった。それじゃ・・・やっぱりもうライアンとケビンは間違いなくソフィーの配下に・・・!


「勿論・・・その頃の俺には、もうお前に関する記憶なんか綺麗さっぱり消えていたけどな・・・どうしても、あのソフィーという胡散臭い女は信用出来なかった。だからすぐに断り、あの2人にも馬鹿な真似はよせ、目を覚ませって言ったら・・・。」


デヴィットは口を閉ざした。


「・・・いきなり取り押さえられ・・・地下牢に放り込まれた時は流石に驚いたよ。まさか・・学院の地下にあんなものが作られていたなんて・・・。」


自嘲気味に言うデヴィット。


「デヴィットさん・・・。」

私は・・何と声を掛けてあげれば良いのか分からなかった。


「魔力を奪う拘束具を付けられて・・あの2人に何度も鞭で打たれたよ。・・・。その様子をソフィーが面白そうに見ていたっけな・・・。」


「!」


「3日間、監禁されたよ。食事も貰えなく水だけで・・・その間に何度も鞭で打たれたけど・・。俺が意識を失った時・・・初めてまずいと思ったんじゃ無いのか?ようやく解放されたのさ。そしてその際、ソフィーが言ったんだ。この2人を自分の兵士にしたのはジェシカに対する見せしめだと・・。」


「そ、そんな・・・・。」

私の目に徐々に涙が浮かんでくる。私が巻き込んだせいで・・・。


「だから・・俺は尚の事・・・ジェシカ、お前を憎んだ・・・。お前のせいで俺の親友が愚かな女の手に堕ちてしまったんだと・・・。」


デヴィットの目にも涙が浮かんでいる。


「い・・・今も・・・私が・・・に、憎い・・・ですか・・?」

涙を堪えながらデヴィットに尋ねた。


すると、一瞬デヴィットの顔が苦し気に歪み・・・。


「・・・っ!この・・・馬鹿っ!」


突然腕が伸びてきて気付けば私はデヴィットに組み伏せられていた。


「俺が・・・お前を憎んでるか・・・だって?そんな風に・・・見えるか?」


真剣な眼差しで私を見つめて来る。その瞳は・・・。

「見えません・・・。デヴィットさんは・・・私を憎んでいる様には見えません。」

その時・・・突然私の左腕が熱くなり、光り輝きだした。え・・・・これは・・・あの時と同じ・・・?一体何故・・・?


一方のデヴィットも何故か驚いた様に私を見つめていたが・・・やがてフッと笑みを浮かべると言った。


「ジェシカ・・・『聖剣士と聖女の誓い』の話は知ってるか?」


え・・・?今・・・何て・・・?


「あいつ等も馬鹿だよな・・・。俺が何故あそこまで兵士になるのを拒んだのか理由に気付かないなんて・・・。」


面白そうに言うデヴィット。ま、まさか・・・。


「俺は・・・今年、聖剣士になったんだ。勿論・・・ソフィーに忠誠を誓わなかった聖剣士だけどな。」


デヴィットの目には私の驚愕した顔が映し出されている。そして・・私の左腕は相変わらず光り輝いている。


「ジェシカ・・・お前がマシューの事を愛しているのは・・よく知っている。」


私から片時も目を離さずに熱のこもった口調でデヴィットは語る。


「聖剣士って言うのは・・・紋章が光り輝く相手と強い絆を結ぶ事によって・・・さらに強くなれるんだ・・。ジェシカ・・・お前・・ソフィーを何とか・・したいんだろう?」


私は黙って頷く。


「そうか・・・なら、これは・・儀式だ・・・。」


「儀式・・・・?」


「ああ。ジェシカだけは・・儀式だと思ってくれればいい。」


私だけ・・・。

徐々にデヴィットの顔が近付いてくる。

睫毛が触れそうなほど距離が近づいたところで私は尋ねた。

「そ、それじゃ・・・デヴィットさんは・・・?」


するとデヴィットは目を閉じて私に口付けすると言った。


「俺の場合は・・・愛だ。」


見ると、デヴィットは私を愛おしそうに見つめている。

え・・・?愛・・?


「これは・・儀式だから・・・今だけは、あの聖剣士の事を忘れてくれ・・。頼む・・・。俺の為にも・・・。お前を守れる程に・・強くなるから・・・。」


デヴィットは切なげに、私の耳元で囁くように言う。


今だけは・・・?


マシュー・・・・。


瞳を閉じると再びデヴィットは口付けして来た。


私は彼の背中に手を回し・・・・そのままデヴィットに身を委ねた。


そしてこの日、デヴィットは私の聖剣士となった―。






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