第1章 10 告白
「本当に・・・この俺が・・お前は怖くない・・・のか・・?」
念を押す様に私に尋ねて来るデヴィット。
「はい、何度でも言います。私は貴方の姿を怖いと思いません。」
「そうか・・・悪かったな・・・。」
デヴィットは溜息をつくと、私から離れて行き、部屋から出て行こうとした。
「あの、デヴィットさん。」
その姿が余りにも痛々しく見えた私はつい彼に声を掛けてしまった。
「何だ・・?」
「・・・何かあったんですか?」
「いや、別に何も無い。」
「だけど・・・。」
「煩いぞ、お前は・・・。俺にしつこくするな。構わないでくれ。」
言いながら伸ばしかけた私の手を振り払うデヴィット。
チャリーン!
その時はずみでマイケルさんから預かった家の鍵が床の上に落ちてしまった。
慌ててそのカギを拾いあげる。
「鍵・・・。」
デヴィットが呆然とした表情で呟いた。
「・・・・。」
何だろう、彼の顔を見ていると・・何故か分からないが酷く自分が・・悪い事をしているような気分になってくる。
「おい、ハルカ。お前、それ・・・家の鍵・・・だよな?お前の家の・・・鍵なのか?」
「・・・・。」
どうしよう・・・。答えにくい・・。つい押し黙ってしまった。
「・・・っ!」
デヴィットはクシャリと顔を歪めると、そのまま自分の部屋へ入り、ドアを乱暴に閉めてしまった。
「デヴィットさん?!」
ドアをノックしても返事が無い。
「・・・。」
駄目だ。完全に彼を怒らせてしまったらしい・・・。
溜息をつくと私は彼が用意してくれた部屋へと戻る事にした。
ベッドに寝そべり、天井を見つめる。デヴィットの事も気がかりだが、今はまず他に考えなければならないことが沢山ある。
学院に戻って色々情報を収集したいけど・・・こんな簡単な変装では勘が鋭い人間には一発で見抜かれてしまいそうだ。幸いデヴィットには気付かれてはいないようだけども・・・。それに、誰が信頼できる?誰になら・・・全てを打ち明ける事が出来るのだろう・・・。ソフィーの事を知り尽くし、絶対に暗示にもかからない様な誰か・・・。そこで私はある人物が頭の中に浮かび、ベッドから起き上がった。
「アメリア・・・・。」
そう、アメリアだ。彼女はソフィーとどういう言関係があるのだろうか?あの二人の間には・・少なくとも私の目から見ると、主従関係が出来上がっていた。アメリアはソフィーと言う人物の事を知り尽くしている。それに第一・・・当初は私にメモを渡してアドバイスをくれたり、夢の中にまで出て来てくれた事だってあるのだ。
「アメリアを訪ねてみよう・・・。」
その時・・・グウウ~ッ・・・私のお腹が派手に鳴る。あ・・お腹減ったな・・・。
そう言えば、今手持ちのお金いくらあるんだっけ・・・。
私が今持っているお金は自分の髪の毛を売ったお金位しか無い。果たして幾らだったのだろうか・・・。
若干震える手で、布で包まれて渡されたお金の袋を恐る恐る手に取った―。
「デヴィットさん・・・いらっしゃいますか?」
ドアをノックしながら私はデヴィットの返事を待つが・・一向に彼からは何の音沙汰も無い。
「私・・・今から下の食堂で食事を取りに行くのですが・・・よろしければ御一緒しませんか?」
「・・・。」
それでも返事が無い。
「分かりました。私は下で食事を取ってきますので、もし気が変わったらいらして下さいね。」
もうこれで来なければ仕方が無いか・・・。溜息をつくと私は階下に降りて行った。
「う・・嘘・・信じられない位に美味しい・・・。」
ずっと魔界で味気ない食事ばかりとっていた為だろうか・・・この宿屋の食事がとても美味しく感じる!いや・・・実際に美味しいのだろうけども・・・。
私は熱々のトマトソースがかかったチキンを切り分け口に運んでゆっくり料理を堪能していると・・・不意に目の前が暗くなった。
「?」
何だろう・・・?顔を上に上げて私は背筋が寒くなった。
そこには私を囲むように酒に酔った、ガラの悪そうな男3人がいつの間にか集まっていた。そして私は彼等に取り囲まれていたのである。
「よお、ベッピンさん・・・。こんなさびれた宿屋で1人寂しくお食事かい?」
「随分美味しそうに食べていたよなあ・・・・。良かったら俺達と一緒に食べようぜ。」
「へえ・・・この女・・・上玉じゃ無いか・・・。」
最期の1人は舌なめずりしながら私を見ている。
・・・しまった・・。この辺りって・・・あまり治安が良く無かったんだ・・・。
誰か助けてくれそうな人はいないだろうか・・・?辺りをキョロキョロ見渡しても誰もがサッと視線を逸らして助けてくれそうにない。
そ、そんな・・・。
「どれ、邪魔するぜ。」
男達は私が何も返事をする前から勝手に椅子を引いてテーブルに着いてしまった。
「おい!店主!このテーブルに早くボトルで酒を持って来い!」
だみ声で1人の男が大声を上げて店主を呼びつける。
「は、はい!」
すっかり怯え切った店主は私を助けるどころか、ボトルを何本も持って来ると、テーブルの上に置き、逃げるように去って行ってしまった。
ひ、酷い・・・助けてくれないなんて・・・・。
思わず涙目になる。
「おお~いいねえ。その視線、色っぽいじゃ無いかよ・・・。」
言いながら1人の男が私の肩に腕を回そうとして・・・
「ギャアアアアッ!」
突然悲鳴を上げた。え?悲鳴?驚いて見上げると、そこには冷たい視線で男を見下ろしメラメラと燃える炎をを男の腕に押し付けているデヴィットの姿がそこにあった。
「グアアアアッ!」
たまらず椅子から転げ落ちる男を黙って見ているデヴィットに2人の男が飛び掛かっていく。
「てめえっ!」
「よくも仲間をっ!」
しかし、デヴィットはそれを軽々と避けると、突然ナイフでも持っていたのだろうか。彼等の腕にナイフを突き刺していく。
途端に悲鳴を上げて2人の男は床の上にうずくまってしまった。
「・・・・。」
デヴィットは彼等をまるで汚い虫けらのような目で見ると、店主に向かって言った。
「オイ!この辺りの治安警察を呼んでおけ!・・・ついでに医者もな。」
そして私の方を見ると、突然腕を掴んで立たせると無言で歩き始めた。
「デ・デヴィットさん・・・。」
腕を掴まれたまま私は引きずられるように2階へ連れて行かれる。
「・・・。」
デヴィットは一言も口を聞かずに自分が宿泊している部屋のドアを開けると、乱暴に私を部屋の中へと引っ張り込む。
「キャッ!」
デヴィットはどさりとソファに座り込むと目をつむり、額を押さえて天井を見上げて呟いた。
「どうして・・・。」
「え?」
「どうして・・・お前はそう隙だらけなんだ?そんなだから色んな男につけこまれるんじゃないのか?」
何故か詰るように私に言う。
「隙だらけ・・・。」
そんな風に見えるのだろうか?私は・・・私にはそんなつもりは全く無いのに・・。きっとこれは・・私が持つ『魅了』の魔力のせいだ。ソフィーが喉から手が出る程に欲している私の魔力・・・。
「ごめんなさい・・・。」
何故か口から謝罪の言葉が出て来てしまった。
「・・・何で謝るんだ?それとも・・自覚があって・・誘惑でもしていたか?」
デヴィットは青ざめた顔で私を見つめながら言った。
「そ、そんなつもりは・・・!」
「あの男の家に住むのも・・・住む場所が無くて困って、どうせ・・誘惑でもしたんだろう?これだから女って奴は・・・。」
何だろう?まるでデヴィットの言い方は・・・女性を軽視した言い方だ。ひょっとして私を誰かと重ねて見ている・・・?
だけど・・・!
「・・・分かりました。」
感情を押し殺して私は言った。
「え・・・?」
デヴィットは私の顔を見た。
「私はマイケルさんを誘惑などしていませんし、先程の男達だって誘惑していません。ただ一人で食事を楽しんでいただけです。デヴィットさんに何度も声をかけたのに・・・出て来てくれなかったじゃ無いですか・・・。でも・・あそこで私・・わざとゆっくり食事しながら・・・貴方を待っていたんですよ?そうしたら、勝手にあの男達がやってきて・・・。」
「・・・・。」
デヴィットは黙って話を聞いている。
「そ、それに・・・住むところだって・・マイケルさんは本当に行き場を無くして困っていた私を・・・見るに見かねて、住まわせてくれるって申し出てくれたんですよ?でも・・それでも・・デヴィットさんは私が男を誘惑してるって疑うなら・・・鍵だって返します。お世話になるのもやめます。それで・・・私を信頼してくれるなら・・・。」
私は俯いて両手をギュッと握りしめた。
「い、いや・・・別に俺はそこまでの事は・・・。」
流石にバツが悪くなったのか、デヴィットの声のトーンが変わった。
「だ、大体・・・あれは嘘だったんだろう?『セント・レイズ学院』に入学希望をしていたから見学に来ていたって・・・。な、何でそんな嘘を俺についたんだよ。」
「それは・・・私が・・ジェシカ・リッジウェイだからですっ!」
「な・・何だって?!」
途端に驚愕の顔に包まれるデヴィット。
ああ・・・ついに私は白状してしまった。もう・・・これで私も終わりだ—。
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