第1章 9 突然の帰郷
「え・・・?マイケルさんと一緒に・・・ですか?」
「そう。お嬢さんは・・・今行くところが無いんだろう?まあ、今夜の宿は大丈夫みたいだけど・・・学院の寮に戻る事も出来ないし、第一懸賞を掛けられてるくらいだしね。でも幸い普段はこの町は学院と切り離されているから学院関係者の人達は週末以外はこの町にやってくる事も無いし・・・。何か良い対策が考え付くまでは・・俺の家で暮すといいよ。」
確かに、とてもありがたい話ではあるが・・・。
「あ、あの・・・ご迷惑では・・無いですか?」
「迷惑なんて、そんな事無いよ。だって俺には家族もいないし、1人暮らしでお嬢さんが1人増えたって大丈夫な位の広さはあるから。」
「でも・・・。」
いいのかな?そんな風に甘えてしまっても・・・・。だけど・・・。
私は目の前に座っているマイケルさんを見た。この人はジョセフ先生の友人・・・。
信頼のおける人・・・。
「よ、よろしくお願いします・・・。」
「うん。こちらこそよろしく。」
そう言うとマイケルさんは手を差し出してきた。私も手を伸ばし、2人で握手を交わした―。
「それで・・・ジョセフの話なんだけどね・・・。」
マイケルさんはコーヒーのお代わりをすると再び話始めた。
「やっぱりお嬢さんの言った通り・・・あれは一月ほど前だったかな?突然学院長から呼び出されたらしいんだ。個人的にある女子学生と親しくしているだろうと言う理由でね。」
「学院長から・・・。」
「学院長の側には・・『聖女』と呼ばれる女性もいたらしいよ。」
「聖女・・・。」
ソフィーの事だ・・・!
「ジェシカ・リッジウェイと言う女子学生を知ってるかと質問されたらしいけど・・・。」
「ジョセフにはその名前に心当たりが無かったんだ・・・。」
言いにくそうにマイケルさんが言う。
「!」
やっぱり・・・!私が魔界へ行った時なので、私の記憶が消えてしまったんだ・・!
「だから覚えが無いってジョセフは言ったんだけど・・何度も何度も同じ質問をされたそうだった。結局ジョセフには身に覚えが無くて・・・隣にいた女性は相当悔しがっていたらしいよ。」
「私が魔界へ行った後だったので・・・ジョセフ先生の記憶から私の存在が消え失せてしまっていたんですね・・。」
「でも、結局ジョセフはお嬢さんと親しくしていた挙句に、嘘をついているという理由であの学院を解雇されてしまったんだ。そして・・今はあの家も引き払って・・・実家に戻ったよ。・・・家業を継ぐって言ってた・・。」
「そ、そんな・・・。」
ジョセフ先生は家業を嫌っていたのに?亡くなった奥さんとの思い出があるあの家を出て行ってしまっていたなんて・・・。知らず知らずのうちに涙が滲んでくる。
ごめんなさい・・・ジョセフ先生・・・。私の勝手な行動で・・・巻き込んでしまって・・。
「手紙・・・書いてやってよ・・・。」
マイケルさんが声を掛けて来た。
「え?」
「多分・・・この俺がお嬢さんの事を思い出したんだ・・・・。きっとジョセフもお嬢さんの事を思い出していると思うから・・・さ。」
「は、はい・・・!何枚でも・・・何回でも・・・書きますっ!」
「やっぱり・・・君はいい人なんだね。ジョセフが君に惹かれたのも・・・分かる気がするよ。」
マイケルさんは私が泣き止むまで、黙って待っていてくれた―。
「それじゃ、こんな空になったのも・・・あの時からなんですか?」
カフェの窓から空を見上げた私はマイケルさんに向き直った。
「うん、そうなんだ・・・。雨が降る訳でも無しで・・・もうずっと太陽が空から見えなくなって・・・それに月や星までね・・・。こんな事は初めてだよ。だから町中の人達は皆言ってるんだ。『きっと神様を怒らせたに違いない』ってね。」
「神様・・・。」
神様がこの世界に存在するかどうかは私には分からないが、少なくとも小説の中では神の存在には触れなかった。でも・・見当はつく。きっとこれはソフィーのせいだ。ソフィーが聖女の力を持ってもいないのに、自ら聖女を名乗り、あの学院に君臨したから・・・何かが起こったのだ。元の世界に戻すには・・・・ソフィーを聖女の座から引き下ろさなければ。でも・・・それだけでこの状況が治まるのだろうか?他にもこんな異常事態を引き起こした何かが起こっているのかもしれない・・・。兎に角、聖女だ。聖女を探さなければ、恐らく問題は解決しないと言う事だけは、はっきりと分かる。だってこの小説を書いたのは他でもない私なのだから—。
「学院に・・・戻って確かめたい事が色々あるのですが・・・。」
私はスカートをギュッと握りしめながら言った。
「私・・・聖剣士を殺した罪を被せられただけでなく・・『魔界の門』の封印を解いた人間として・・学院中に手配されているんです・・・。戻れば・・掴まってしまうかも・・。」
「う~ん・・・。」
マイケルさんは腕組みをしながら考え込んでいたが・・・やがてじっと私の顔を見つめた。
「うん・・・お嬢さんなら・・・上手に着こなせるかも知れないな・・・。後はその背丈を・・・。」
「マイケルさん?」
「あっ!いけない!」
突然マイケルさんは腕時計を見ると言った。
「悪いね、俺・・・次の仕事が始まる時間になっちゃったから、もう行かないといけないけど・・・。明日朝10時に俺の屋台に来れるかな?」
せかせかと上着を着ながらマイケルさんが言う。
「はい、大丈夫です。」
「じゃ、その時に俺の家を教えるよ。あと・・・家の鍵も渡しておくから。」
言いながらマイケルさんはポケットからキーホルダーがついた鍵をテーブルの上に置いた。
「この鍵、お嬢さんの好きに使っていいから。それはスペアキーだから気にしなくていいからね。それじゃ、また明日。」
マイケルさんは爽やかな笑顔を見せると2人分のコーヒー代だよと言ってお金を置いて帰って行った。
1人になった私はポツリと呟いた。
「私・・・色々不幸な事に巻き込まれているけど・・・人には恵まれている・・・よね?」
コーヒーショップを出た私はデヴィットが手配してくれた宿屋へと戻り・・・
「!」
思わず声を上げそうになった。そこにはソファに座り、不機嫌そうにしているデヴィットの姿があったからだ・・・。
「お帰り。・・・随分・・遅かったな。」
「す、すみません・・・。色々お話してたので・・・。ご心配おかけしました・・・。」
な、何だろう・・・。デヴィット・・すごく怒ってるみたいだ・・・。
「さっき、何で俺を見てそんなに驚いた顔を見せたんだ?」
ソファから立ち上がりながらデヴィットは私に近付いてくる。
「あ、あの・・・てっきり自分のとられたお部屋にいるとばかり思っていた・・ので・・。」
デヴィットの気迫に押され、じりじりと壁際に追い詰められる私。でも・・・何故?何故彼はこんなにも不機嫌そうにしているのだろうか・・・?
「あ・・・・!」
とうとうデヴィットに壁際に追い詰められてしまった。
「ハルカ・・・。」
デヴィットは逃がさないとばかりに壁に両手をついて私を囲い込んでしまった。
至近距離で私を見下ろすデヴィットの色素の抜けた灰色の瞳・・・。そこには怯えた顔の私が映りこんでいる。
「・・・俺が怖いか?」
唐突にデヴィットが口を開いた。
「こ、怖いと言うか・・・。」
分からない、何故・・彼はここまで怒っているのだろうか?私の何がいけなかったのだろうか?
言いかけると、一段と私に顔を寄せて来るデヴイット。
「随分・・・俺に怯えているように見えるが・・・何か俺に対してやましい事があるから・・・そんな態度を取るのか?それとも・・・。」
囁くように語りかけていたデヴィットが・・・悲しそうに顔を歪めた。
「え・・・?」
突然の出来事に私は戸惑ってしまった。い、一体急にどうしたと言うのだろう・・?
「お前も・・・俺の容姿が・・怖いと思っているのか?」
その瞳は・・・今にも泣きそうになっている。
「!」
・・・同じだ。デヴィットは・・・公爵と同じなんだ。公爵の場合は自分の黒髪にオッドアイの瞳の自分は周囲から恐れられていると感じていた。そして目の前のデヴィットは・・・色素の抜けたような瞳、そして白髪・・それを公爵と同じ思いで・・・生きて来たんだ。
黒と白・・・2人はなんて対照的な存在なのだろう・・・。
彼等は絶えず周囲から恐れられたり怖がられたりしてきたのかもしれないが・・・私は違う。
「私は、デヴィットさんの髪の色も・・瞳の色だって怖いと思った事は無いですよ。それだけは・・・信じて下さい。」
そう言って安心させるために微笑んだ―。
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