第1章 8 一緒に暮らさないかい?
デヴィットが手配してくれた宿はマイケルさんの開いている屋台通りからほど近い場所にある宿だった。
「あの・・・・デヴィットさん・・・。」
私は前を歩く彼に遠慮がちに声を掛けた。
「うん?何だ?」
立ち止まって振り向くデヴィット。
「あ、あの・・・じ、実はお恥ずかしい話なのですが・・・今、あまりお金に手持ちが無くて・・・今夜の宿代・・・・お借りしてもよろしいでしょうか・・・?」
下を向いて、頭を下げた。ああ・・・恥ずかしい。顔が火照っているので、きっと今は真っ赤に染まっているのかもしれない。
「はあ~っ・・・。」
デヴィットが大きなため息をついた。うう・・・呆れられてしまったんだろうな。きっと・・・。
「ハルカ、顔を上げろよ。」
「は、はい・・・。」
真っ赤になった顔を上げると、一瞬デヴィットはギョッとした顔つきで私を見た。
「お、おい・・何でそんな真っ赤な顔・・してるんだよ。」
「しゃ・・・借金のお願い・・・だからです・・・。」
「馬鹿だなあ、俺が勝手に宿をとったんだ・・・。ハルカからお金を取る訳にはいかないだろう?」
「だ・・・だけど、本当に助かったんです、私・・・。だって・・他に行く当てが無かったから・・・。」
「!」
デヴィットの息を飲む気配を感じた。
「ハ・・ハルカ・・・。お、お前・・行く所・・無かったのか?」
「あ・・・・。」
私は口元を手で押さえた。どうしよう・・・つい今口が滑ってとんでもない事を言ってしまった。
「おい、どういう事なんだ?お前・・・あの学院には今年入学希望だったから見学に来たと言ってたじゃ無いか。」
「あ、あの・・・そ、それは・・・。」
思わず言い淀んでしまう。言えない、本当の事なんて彼には・・・!
その時・・・。
「お嬢さん!」
不意に背後から声を掛けられて振り向くと、そこにはマイケルさんが笑顔で立っていた。
「マイケルさん!」
天の助け!私は笑顔で振り返った。
しかし、ますますデヴィットの顔が険しくなる。
「マイケル・・・?名前まで知ってたのか?」
「あ、あの・・・。」
ま、まずい・・・。どうすればいいのだろう・・・。
するとマイケルさんがデヴィットの前に進み出て来ると言った。
「俺と彼女は只の店主と客の間柄でしか無いよ。ただ、彼女は俺の店の常連さんで、親友の想い人ってだけの関係さ。」
「何?!」
デヴィットが最後の言葉に反応した。
「ちょ、ちょっと!マイケルさん!」
私は彼の袖を引っ張った。一体そこで何故余計な言葉を話してしまうのよ~!
親友の想い人って・・・ジョセフ先生の事だよね?そこ・・・全く関係ない下りだったよね?!
「ハルカ・・・・。どういう事だよ。」
デヴィットは私を睨み付けるような目で見た。
「ハルカ・・・?ハルカって一体・・・?」
今度はマイケルさんが眉を潜める。あああっ!ますます話がややこしくなる!
「デ・・・デヴィットさん!」
私は2人の間に割って入ると言った。
「あ、あの今日は色々とお世話になりました。宿代の方は・・・必ず後程お返し致します。帰りも1人で大丈夫ですから。」
「・・・・チッ!」
デヴィットは不機嫌そうに舌打ちした。・・・でもこればかりは仕方が無い。私は絶対に彼には自分がジェシカ・リッジウェイだと知られる訳にはいかないのだから。
「すまないね。君。お嬢さんと大事な話があるからさ。悪いけど席を外してくれないかい?」
ニッコリ笑ってデヴィットにお願いするマイケルさん。おお~流石、大人、伊達に客商売をしている訳でもない。
「分かったよ。」
そう言うと、デヴィットは私達に背を向け、一度もこちらを振り向く事も無く雑踏の中へと消えて行った。
「・・・どうやら彼・・行ったようだね。」
マイケルさんがデヴィットの後姿を見ながら言った。
「はい・・・。」
「次の屋台は午後6時から9時までなんだ。それまでは時間が取れるから、何処かカフェにでも入ろうか?」
マイケルさんが笑顔で提案する。
「はい、そうですね。」
「あの・・・マイケルさんの知ってる事・・全て教えて頂けませんか?」
ここはカフェレストラン。今私とマイケルさんは丸いテーブルに対面して座っている。
「うん、そうだね・・・まずは何処から話そうかな。」
コーヒーを一口飲むとマイケルさんは言った。
「・・・ひと月前・・・。セント・レイズ学院と、セント・レイズシティで起こった異変等があれば・・・それら全てです。」
「俺は・・・学院の事は外部の人間だから、お嬢さんに教えてあげられる情報は殆ど持っていないよ。」
「そうですか・・・。」
やっぱり無理だったか・・・。
「だけど、ジョセフに関する話なら教えてあげる事が出来る。」
「そ、そうです!ジョセフ先生・・・ジョセフ先生は・・セント・レイズ学院を辞めさせられたという話ですが・・それは事実ですか?!」
「うん・・・。その事なんだけど・・・まず俺から先に質問してもいいかな?何故なんだろう・・・。お嬢さんは俺の店の常連さんだから・・それに俺は客商売だから絶対に人の顔や名前は忘れた事が無いのに・・・どうして、さっきまでお嬢さんの事を俺はすっかり忘れていたんだろう・・・ってね。お嬢さんなら・・その理由を知ってるんだろう?」
マイケルさんはじっと私を見つめながら尋ねて来た。
「あ・・・。」
どうしよう、彼はセント・レイズ学院の人間では無い。『魔界』の事を知ってるかどうかさえも分からない。その彼に・・・全てを話しても大丈夫なのだろうか?
テーブルの上で握りしめていた手に、突然マイケルさんが触れて来た。
「え・・?」
私が顔を上げると、真剣な目で私を見つめるマイケルさんの姿がそこにあった。
「お嬢さん。俺の仕事は客商売だ。・・・親しくなったお客さんの中には自分の悩みを打ち明けて来る人達だって沢山いる。だけどね・・・俺はその人たちの話を今迄一度だって他の関係無い第3者の人達に話した事なんか一度も無い。何故だか分かるかい?それはね・・・俺達の様な仕事は信用が第一なんだ。人から信用されないと・・・お客さんなんか離れて行ってしまうからね。」
「あ・・・。」
「だから、俺の事を信用して・・・何故お嬢さんの事を俺が忘れてしまったのか、そして何故突然思い出したのか・・・包み隠さず教えてくれないか?」
私の手を握るマイケルさんの力が強まった。私は目を閉じると言った。
「分かりました・・・・。お話しします・・・。」
マイケルさんは黙って頷いた。
「マイケルさんは『魔界』の話を聞いたことがありますか?」
「『魔界』・・・?物語の中では聞いたことがあるけど?」
「実はこの世界には本当に『魔界』が存在しているのです。そしセント・レイズ学院は人間界と『魔界』をつなぐ『門』を守るために設立された学院なんです。」
「!そ、そうだったのか・・・道理であの学院に通う学生さん達は全員魔法を使う事が出来たのか・・・。」
「実は以前・・・私のせいでその『魔界』へ連れ去られてしまった男子学生がいたんです。そして『魔界』へ行った人間は、人間界から・・最初からいなかった存在として記憶から消されてしまうんです。・・・当然彼も・・・記憶から消されてしまいました・・・・。」
「・・・。」
マイケルさんは黙って話を聞いている。
「今から一月前、私はその彼を『魔界』へ行く為に『門』を守る聖剣士にお願いして手引きしてもらったのですが・・・そ、その聖剣士は・・他の聖剣士によって‥命を奪われました・・。」
私は涙を見られないように俯きながら話していると、突然目の前にスッとハンカチが差し出された。
顔をあげると、マイケルさんが優しい笑みを浮かべながら私を見つめている。
「す、すみません・・お借りしま・・・す。」
ハンカチを涙に押し当てながら私は続きを話した。
「そして、色々ありましたが・・・私は魔界へ行って、途中ではぐれてしまいましたが、連れ去られていた彼を人間界へ連れてくることが出来ました。実は・・・今日魔界から戻ってきたばかりなんです・・・。でも私の思った通り、私は学院で罪人扱いされてました。『魔界の門』の封印を解いた罪人として・・・。でも不思議なんです。魔界へ行った人間はその世界の記憶から消されてしまうのに・・・私の事を忘れていなかった人物がいたようなんです。その人物は、学院で『聖女』として崇められています。私は学院で・・・懸賞を掛けられていました。・・だから・・・髪を切って、染めて・・・。さっきの彼とは偶然学院の門で出会いました。その彼が私をここまで連れて来てくれたんです。でも・・私は彼に自分の名を偽って・・教えました。」
「大変な目に・・・遭ったんだね?それじゃ・・今は行く所が何処にも無いんだね?」
「は・はい・・・。幸い、今夜は先ほどの彼が手配してくれた宿屋に泊る事になりましたが・・。」
「う~ん・・・。」
マイケルさんは暫く何か考え事をしていたようだが・・・やがて私に言った。
「もしお嬢さんさえよければ・・・俺の家においでよ。暫くは・・・一緒に暮らさないかい?」
それは予想外の言葉だった—。
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