第1章 7 恋人はどっち?
「あ、あの・・・ソフィー・ローランと言う方は・・?」
震える声を何とか抑えつつ、私はデヴィットに尋ねた。
「ああ、その女は自称『聖女』を名乗ってるいけ好かない女だ。」
「聖女・・・。」
「あの女が自ら聖女だと名乗りを上げたのが今から一月程前の事なんだ。」
デヴィットは残りの『ラフト』を食べ終えると言った。一月・・・・あれから一月も経過していたなんて・・・。人間界の時の流れは『魔界』や『狭間の世界』と時の流れのスピードが違うのだろうか?
「丁度、ソフィーが聖女を名乗った時と同時期に学院である事件が起きたんだ。この学院には・・・ジェシカ・リッジウェイと言う女子学生がいて・・・『ワールズ・エンド』を通って・・『魔界の門』を開けてしまったらしい。そしてその時に・・・当時門番をしていた聖剣士を刺殺したらしいんだ。名前は確かマシューとか・・・言ってたかな・・・?」
「え・・・・?」
私はその言葉を聞いて、まるで頭をハンマーで殴られたかのようなショックを受けた。う・・嘘・・・・・わ、私が・・・・マシューを殺した・・犯人とされていたなんて・・・・!
あまりにもショックが大きすぎて、目の前が真っ暗になり・・徐々に周囲の音が小さくなっていく・・・。
「え?お・・おい!どうした?!しっかりしろ・・・・っ!」
ブツリ。
そこで私の意識は完全に途絶えた—。
「う・・・・。」
頭が痛い・・・ここは・・・何処だろう・・?
目を何度か瞬かせながら私はゆっくりと目を開けた。
え・・・?
そこは全く見知らぬ部屋だった。何処かの宿屋だろうか・・?どうやら私はベッドの上に寝かされていたらしい。
首を動かして部屋の中を見渡すと、ソファの上にデヴィットが座って居眠りをしている姿が目に飛び込んできた。
「デヴィット・・・さん・・・?」
起き上がって声をかけると、パチッと目を覚ましてデヴィットは私を見た。
「ハ・・・ハルカ?良かった!お前・・・目が覚めたんだな?!」
デヴィットは私に駆け寄って来ると声を掛けて来た。
ハルカ?ああ・・・そう言えばデヴィットの前では私はハルカと名乗っていたんだっけ・・・。
「すみません・・・。ご迷惑をおかけしてしまったようで・・・。」
私は起き上がりながらデヴィットに謝った。
「い、いや・・・俺の事よりも・・・それより、ハルカ・・・。お前大丈夫なのか?突然顔色が変わったかと思えば、意識を失ってしまうから・・・本当に心配したんだぞ?」
この人は・・・心底私の事を心配してくれていたんだ・・・・。
「・・・ありがとうございます。」
「?何で・・礼を言うんだ?」
「だって・・・初対面の私を・・とても心配してくれたようだったので・・・。本当にありがとうございます。」
笑みを浮かべて礼を述べると、デヴィットは顔を赤らめて言った。
「べ、別にお前の事をそこまで心配していた訳じゃ・・・ただ、一緒に居た相手が突然意識を失えば、誰だって心配するのは当たり前だろう?」
「言われてみれば確かに・・・そうですね。」
私はクスクス笑いながら言った。
「それで・・どうだ?まだ気分は悪いか?」
デヴィットが私の顔を覗き込みながら言った。
「いえ、もう大丈夫ですよ。」
「やっぱり・・・女が聖剣士を刺殺した・・・なんて話は・・ショックだったか?」
突然のデヴィットの言葉にまた先程の恐怖が蘇る。そうだ・・・私がショックを受けたのは、私がマシューを刺したと言うデマでは無く・・・マシューが死んでいたという事実・・・それを受け入れる事が出来ずに・・・気絶してしまったんだ・・。
駄目だ、意識をしっかり保たなくては・・・平常心を装わなくては・・・。
そう思えば思う程に身体の震えは止まらない。だけど・・・どんなに悲しくても今は、絶対にここで泣いてはいけない・・・っ!
「お、おい!大丈夫か?また顔色が酷くなってきたぞ?!」
デヴィットが慌てて私に声を掛けて来る。
「だ・・・大丈夫・・・です・・。」
落ち着かないと・・・。泣くのは・・・1人になってからだ・・・!
「何が大丈夫だっ!今にもまた倒れそうだぞ?いいか・・・今日はもう休め。ここは俺が手配した宿だ。今夜はここで休んで・・・もし家に帰るつもりなら、もう明日にしろ。」
「はい・・・ありがとうございます・・・。」
そして私はベッドサイドの上に置かれている置時計を見た。
時刻は午後3時を指している。・・・マイケルさんとの約束の時間までは後1時間・・。その前にデヴィットには学院に戻って置いてもらわなければ。
「デヴィットさん。私はもう大丈夫なので、どうぞ学院にお戻り下さい。」
「・・・いや、今日はもう・・・俺は学院には 戻らない。」
「え?そうなんですか?!」
「ああ。言っただろう?今はあまりあの学院には居たくないって。」
「え、ええ・・・。」
「実はこの隣に俺も宿を取ったんだ。・・・ハルカの事が心配だったしな。気絶した人間を1人残して学院に戻るなんて出来っこないだろう?」
「私ならもう大丈夫ですよ?」
まずいな・・・。一体いつまでこの部屋にいるつもりなんだろう?まさか夜になるまで・・・とか?マイケルさんとの約束があるのに・・・デヴィットがいれば出掛ける事なんて不可能だろう。
「ハルカ?どうしたんだ?さっきから何だかソワソワしているように見えるけど・・・。」
「そ、そんな事無いですよ。」
・・・デヴィットは・・・中々勘が鋭いようだなあ・・・。
しかし、私のそんな内心の焦りとは裏腹にデヴィットはのんびりした口調で私に言った。
「ハルカ。ここの宿で出されるコーヒーは評判がいいんだ。飲んでみないか?」
「ええ、そうですね。飲んでみたいです。」
笑みを浮かべて返事をする。
「よし、待ってろ。今挽きたてのコーヒーを淹れてやるからな。」
デヴィットは随分機嫌が良さそうだ。最初に出会った時と、今とではまるで別人のように。・・・一体何があったのだろうか・・・?
「ほら、ハルカ。飲んでみろよ。」
デヴィットがマグカップに注いだコーヒーを渡してきた。
「あ、ありがとうございます・・・。」
マグカップを受け取って時計をみると、時刻はもう午後3時半を指していた。
どうしよう・・・もういい加減に出かけないと・・・。いや、それ以上にこの宿は一体何処にある宿屋なのだろうか?
・・・もう正直に言うしかない。
「あ、あのデヴィットさん。」
「何だ?」
「じ、実は・・私、これから人と会う約束があるんです。なので・・・申し訳ありませんが・・・出掛けさせて頂きます。」
言いながらベッドから降りると、デヴィットが言った。
「・・・やはり・・・な・・。」
「デヴィットさん?」
「おかしいと思ったんだよ。あの屋台の男・・・あいつにこれから会いに行くんだろう?」
うん?あいつ?何故デヴィットはそんな言いをするのだろうか?
「デヴィットさん・・・?」
「あの男は・・・ハルカの恋人・・・なのか?」
「はあ?!」
あまりのデヴィットの発言に私は変な声を上げてしまった。
「ちょ、ちょっと待って下さいよ!何故、私と彼が恋人同士なのですか?」
「いや・・。凄く親しげだったから・・・ひょっとすると2人は・・・と思っただけだ。その様子だと・・・どうやら違うようだな。」
「ええ、当然ですよ。」
「それなら・・・マシューとか言う聖剣士か?お前の恋人は・・・。」
再びマシューの名前がデヴィットの口から出てきた。
「あ・・・」
デヴィットは私から視線を逸らさない。
「し、知りません・・・。そんな男性は・・・っ」
私はベッドの布団を握りしめながら必死で答える。そんな様子を見たデヴィットは悲し気な笑みを浮かべると言った。
「すまない。俺は・・余計な事を尋ねてしまったようだ。」
そして改めて私を見るとデヴィットは言った。
「俺が・・・ハルカをあの屋台の男の元へ連れて行ってやるから。」
「え・・?ほ、本当に・・・?」
「ああ、本当だ。」
「それじゃ・・・あの男性と2人きりで話がしたいので・・・その時は・・席を外して・・貰えますか・・?」
一瞬、その事を聞かされたデヴィットは酷く傷ついたような顔つきを見せたが・・・私に言った。
ああ、勿論。分かっているよ―。と・・・。
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