第1章 3 異変
ハアッ!ハアッ!
私は必死で後ろを振り返らず、セント・レイズ学院へ繋がる『門』を目指して走り続けた。
幸い、まだソフィー達が追いかけてくる様子は無い。走り続けていく内に『門』が見えて来た。
早く、早く中へ・・・!
しかし、その瞬間脳裏に嫌な予感がした。そう言えばあそこにも見張りがいた・・・。どうしよう、今も・・・やはり見張りがいるのだろうか?
その時私は自分の指にはめている指輪に気が付いた。
そう言えば・・・この指輪はいつかケビンがプレゼントしてくれたマジックアイテムだ。使用できる回数は限られているものの・・・・身体を消す事が出来る。
だけど、幾ら身体を消したからと言って『門』が勝手に開けば、当然不審がられてバレる可能性がある。
でも・・今は一縷の望みにかけるしかない。
私は走りながら指輪に祈りを込めた―。
神殿では5名の聖剣士と、同じく5名の神官達が話をしている。
「そう言えば・・・今日は何だか騒がしいぜ。聖女様はわざわざ白馬を調達して、アラン王子と一緒に馬に乗ってここを通って行ったし・・。実はな、ここだけの話だけど、あの姿を見た女子学生達からはかなり白い目で見られていたらしいぞ。」
「確かに・・・俺もあの姿を見た時は・・正直引いたよ。でも聖女様のお告げで、『門』の封印を解いた、女子学生が『ワールズ・エンド』に現れるらしいから、それなりの衣装を着て舞台を整えようと考えたんじゃないのか?」
「ああ、大勢の兵士達と向かって行ったからな・・・。しかし・・たかが、たった1人捕まえるだけだからと言って、この『門』を解放しっぱなしでいいのか?」
「まあ、馬を連れて行ったから仕方ないんじゃないか?何せ馬って生き物は臆病だからな。突然『門』が開いて、こことは全く別の世界が現れたら、それこそ馬がパニックを起こしかねないだろう?にそれにしても・・・俺達『聖剣士』がいるっていうのに、何故今度は学院内で兵士まで起用したんだ?俺達だけじゃ不満だっていうのかよ。」
「おい!滅多な事言うな!聖女様の怒りに触れたいのか?」
「だけどな・・・あの兵士達って、全員爵位が低い連中ばかりだろう?おまけに皆柄が悪いし・・・。それなのにあいつ等ばかり引き連れて、俺達聖剣士と神官を残していくなんて・・・。何を考えているのか全く分からん。」
「まあ・・・仕方無いさ。聖女様の命令は絶対だ。誰一人歯向かう事出来ないさ。」
「それにしても・・本当にその女子学生は『門』の封印を解いたのか?聖女様はああ言ってるけど・・・何も異変が起きなかったぞ?あの封印を解けば魔界から魔族達が溢れかえって来る話じゃ無かったか?」
「ああ、確かにおかしな話だ。相変わらずこの世界は平和だしな・・・。」
「そう言えば・・・その女子学生って・・・何て名前だったっけ・・・?」
「確か・・・ジェシカ・リッジウェイだ。」
ドキッ!!
そこで私は初めて自分の名前が聖剣士の口から飛び出し、危うく声を上げそうになってしまった。
ここは神殿の中。
今から10分程前の事だ・・・。
姿を消して中を覗き込むと入り口の門が解放されており、合計10名の聖剣士と神官達の姿が目に入った。
しかし、誰もが話に夢中になっている為か、姿を消した私の気配を誰一人察知する人物がいなかったので足音を立てないようにソロリソロリと歩いてきたのだ。
その間に彼等の会話が耳に入って来たのだが・・・・。
何だか、彼等の話を聞く限りでは、セント・レイズ学院にはちょっとした異変が起こっていたようだ。
学院に兵士?私の物語の設定ではそんな制度は作っていなかった。おまけにその兵士達は全員が爵位の低い者達ばかり。・・・道理で粗暴な兵士だったわけだ。
でも、彼等がいたお陰で少しだけ情報を仕入れる事が出来た。
私が一番安堵した事・・・それは、やはり魔族が人間界に現れていなかったという事だ。それなら私が魔界の門を開けたという証拠が出てこない。ひょっとすると、罪に問われる事はないのでは・・・?
いや、駄目だ。ソフィーは私を裁判にかけて重い罪を被せてやるとはっきり言っていたでは無いか。
取りあえずはこの神殿を抜けて・・・一旦この学院を離れよう。
私は慎重に歩みを進めて、神殿を脱出する事に成功した—。
神殿を抜けると、私はすぐに茂みに身を隠した。何故なら徐々に自分の姿が見え始めてきたからである。果たして、「ジェシカ・リッジウェイ」という人物はこの学院の生徒達に認識されているのだろうか?
私は魔界に入ったので、その間に私に関する記憶は消え失せているはず。だけど、今はこうして戻って来た。・・・果たして皆、どれくらいの期間を得て、私に関する記憶を取り戻すのだろうか・・・。だけど、悩んでいても仕方が無い。
私はフード付きの防寒着を纏うと、目深にフードを被り、辺りを伺いながら慎重に茂みから這い出て来た。
さて・・・これからどうしよう。
私はブラブラと学院の敷地を歩き始めた。確か、芝生公園に時計があったはず・・・。
私は芝生公園で時計を確認した。
今の時刻は午前11時半。もうすぐ昼休憩に入る時間だ。ベンチに腰を降ろし、私は今後の計画を考えた。
取りあえず、ソフィー達に見つかる前に一度この学院を離れた方が良さそうだ。
けれども、生憎今日は週末では無いので『セント・レイズシティ』の門は開かれていない。
転移魔法の使える人に町まで連れて行って貰うようにお願いするのが良いのだろうが・・・。
でも誰に頼めばいい?
一番身近にいる人物で真っ先に思い浮かんだのがマリウスであったが、彼だけは絶対にお断りだ。例え、私に関する記憶を持っていようがいまいが。
となると・・・駄目だ・・・。町まで連れて行って貰える相手が見つからない・・・。
誰か・・・誰か適任者がいないだろうか・・・。
そこまで考えて、私は1人の人物を思い出した。
そうだ・・・・ジョセフ先生にお願いしてみよう―。
コンコン。
フードを被り、顔を隠した状態で私は講師室の控室をノックした。
「・・・。」
しかし返事は帰って来ない。ひょっとすると今は授業中なので、全ての講師の先生は皆で払っているのかもしれない。けれど・・・今の私は授業に出る気はさらさら無かった。
それに・・・講師室を出ると、白い息を吐きながら空を見上げた。
「一体・・・私がいなくなっていた間に・・・何が起こったの・・?」
思わず口に出していた。この学院に来てから、私は青空しか見た事が無かった。
なのに・・・今のこの空は一体どうしたというのだろう?
灰色に濁った空はところどころ、太陽の光の筋が差してはいるが、その空には青い空の片鱗すら見えない。そして日が差していない為か・・・とにかく寒かった。
魔界の寒さを体験して来た私が実感する程なので、恐らく誰もが今までとは比較にならない位に寒いと感じているに違いない。
その時、授業終了を知らせるチャイムアが鳴り響いた。
授業が終わったのだ—!
講師室の校舎がある付近の茂みに身を隠すと、私はひたすらにジョセフ先生がやって来るのを待っていた・・・。
おかしい、幾ら何でも遅すぎる。
他の講師の先生方は講師室に戻ってきていると言うのに、ジョセフ先生だけが一向に戻ってくる気配が無い。
「・・・一体、先生・・・どうしたんだろう・・・?」
何だか徐々に嫌な予感が沸き起こって来る。こんな所にいつまでも居たって何も始まらない。
私は当たりを慎重に見渡しながら茂みから這い出て、再度講師室を訪ねた。
「ああ・・・ジョセフ・ハワード君だね・・・。彼ならこの学院を辞めたよ。」
「え?辞めた?」
講師室を尋ねた私は、対応してくれた初老の講師の先生から思いもかけない台詞を聞かされて驚愕した。
「そ、そんな・・・何故ですかっ?!」
聞き間違いでは無いだろうか。
「それが・・・詳しい事は私も知らないんだよ・・・。でも噂によると、個人的に学生と交流を深めた事が問題視されて・・・聖女の進言で・・学院長からクビを言い渡されたらしいのだが・・・。」
ま、まさか・・・交流を深めた学生って・・・ひょっとすると私の事?!
思わずその場でへたり込む私。
また1人、私のせいで誰かを不幸にしてしまった—。
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