第4章 2 『狭間の世界』へ再び

 ノア先輩は自分よりも背の高いヴォルフをひょいと軽々と肩に担ぎ上げてしまった。本当だ・・言ってた通り・・・す、すごい。

これは、もしかするとノア先輩の魔族化が進んだ為なのだろうか?


「ほら、何をモタモタしているの?さっさと行くわよ。」


フレアは私をジロリと見ると言った。


「は、はい。分かりました。」

私は急いで2人の後をついて歩き始めた。

う~ん・・・それにしても・・・どうもフレアの私に対する風当たりがきつい気がする・・。まあ、もともとジェシカは同性からはあまり評判が良く無いのでこれは今に始まった事では無いのだが、フレアの場合はどうもそれとは少し違うように感じる。

・・・何故だろう?ひょっとするとノア先輩の事があるから・・・?

私がノア先輩を奪うとでも思っているのだろうか?

だとしたらそんな心配等全くする必要無いのに。だって今のノア先輩はもうフレアの事だけしか見えていないのは誰が見ても分かる事なんだから。でも・・どうもその事実に肝心な当事者はまったく気がついていないようだけれども。


 私達は『鏡の間』から城門へ向かう長い回廊へと出てきた。

あ・・・・ここも・・最初は迷宮のように閉ざされていた空間だったっけ・・・。

そして、その封印を解いたのがフレアで・・・目の前に現れた恐ろしい魔物達に足がすくんでしまった・・・。

けれども、今は近くで魔物達が蠢いているのが分かるけれども、誰も私達の方に近付いてこようともしない。え・・?一体何故・・・?

すると私の考えている事が分かったのか、前を歩いているフレアが言った。


「ねえ、貴女・・・。何故この第1階層の醜い魔族達が私達に襲って来ないのだろうと不思議に思ってるんじゃないの?」


「え、ええ・・・。そうですね。どうしてですか?」


「本能よ。」


「え?」


「第1階層に住む魔族達はもはや知性や理性も無しに等しい下等な生物よ。」


下等・・・・。やはりフレア達からすれば、所詮第1階層にすむ魔物達は下等生物に等しいのだろう。だけど・・・私のような人間界でも攻撃魔法すら使えない様な人間にとっては脅威でしか無いのに。


「それと・・襲って来ない事と何か関係があるのですか?」


「関係?大ありに決まってるでしょう?」


何故か若干興奮気味にフレアが話し出した。


「いい、彼等は自分の意思等殆ど持たないレベルの低い生物達なのよ?でもそんな彼等にも唯一備わっているのが、本能なのよ。」


「はあ・・・。」


「この本能が備わっているお陰で、危険な事からは自然とその身を遠ざけようとする考えが働くのよ。つまり・・・。」


「つまり?」


「私達を襲うという行為は、自分たちの死を招くだけという本能が彼等の中にあるから、襲って来ないと言う訳なのよ。」


ああ・・・成程、そういう訳か・・・。

「それじゃ、私のように何の力も持っていないような存在なら、今頃は無事ではいられませんでしたね。」


てっきり、フレアはその意見に賛同するかと思っていたのに・・・何故か返事をしない。そして少し考え込むとポツリと言った。


「そんな事は無いと思うけどね・・・。」


え?今・・・フレアは何と言った・・?


「あ、あの!フレアさん、今のは・・・。」


その時、一番前を歩いていたノア先輩が私達を振り返ると言った。


「もうすぐ、この城の城門を出るよ。『鏡の間』からここまでは襲撃が無かったけれども・・城の外を出ると、そうはいかないと思うんだ。この先は用心に越したことは無いよ。」


「ええ、分かったわ。」


「はい、ノア先輩。」


私とフレアは交互に返事をした。やがて城門に辿り着き、ヴォルフを背負ったままのノア先輩は門を開けた。

ギイイ~・・・。

さび付いたような、軋んだ音をさせて門が開かれると私達はとうとう第1階層の城を抜け出した。

そして目の前広がるのは闇に覆われた、あれた大地。空はまるで隅をこぼしたかのようにどす黒い雲に覆われ、まるでこの世の終わりのような絶望的な世界が目の前に広がっている。


「・・・ッ」


ノア先輩は・・・この景色を初めて見たのだろうか?顔色が真っ青になっている。

だけど、私はこの世界を見るのは初めてでは無いので、驚きは無いが・・・・。

嫌でもあの時の記憶が蘇ってくる。

この真っ暗な大地を・・微かに灯る城の明かりを目指して1人歩いたのだ。

涙を流しながら・・・。

「マシュー・・・・。」

気付けば、つい今はもうこの世にはいない、愛しい彼の名を口にしていた。

鼻の奥がツンとして目に涙が浮かびそうになって来るのをじっと堪えて歩いていると・・・。

フレアが振り向きもせずに突然声を掛けて来た。


「ジェシカ。」


「は、はい!」


私は慌てて返事をした。


「貴女は・・・この道を歩いて第1階層の城へ1人で辿り着いたのよね?」


「は、はい。」


「その時・・・何を考えて・・・歩いていたの?」


「え?何を考えて・・・・?」

いきなりフレアは何を言い出すのだろう?


「・・・どんな気持ちで歩いていたの?」


答えに詰まっていると再びフレアが似たような質問を繰り返してきた。



「喪失感・・・・でしょうか・・・。」


うまい表現が思い当たらず、私は当たり障りのない回答をした。


「喪失感・・・。」


フレアが何故かその言葉を呟いている。


「どうして・・・喪失感を感じたの?」


「そ、それは・・・大切な人を・・・失ってしまった・・からです。」


「そう・・・。」


フレアは一旦そこで言葉を切ったが、再び前を向いて歩いたまま私に質問をしてきた。


「それじゃ、どうやってその喪失感を克服したの?」


「・・・してませんよ・・・。」

私は唇噛み締めながら言った。


「え?」


そこで初めてフレアは私の方を振り向いた。

「克服なんてしてません。」


「そう・・だったの?」


再びフレアは前を向いて歩き始めると言った。


「てっきり・・貴女は・・克服できたと思っていたけど・・・。」


「そんなの・・無理ですよ。だってこの魔界へ来る為に・・・大きな代償を払わせてしまったんですよ?そのせいで・・・かけがえのない人を失ってしまったんです。

私の命なんかよりも、ずっと価値がある・・・本当にこの世に必要とされるべきだった人が・・・私の方こそ、本来はこの世界にいていい人間じゃ無かったのに・・・。」


もう自分で何を言ってるのか訳が分からなくなってしまった。そんな私の話を聞かされているフレアは尚更そう思っただろう。

所が、フレアからは意外な言葉が返って来た。


「そう・・・。やっぱり私の思っていた通りだったわね・・・。貴女は・・・。」


「え?それは・・・どういう意味ですか?」


「言葉通りの意味よ。貴女は私が思っていた通りの人間だったって事。」


「はあ・・。あ、あの、フレアさん。」


私は彼女に声を掛けた。


「何よ?」


振り返ってこちらを見るフレア。


「今の話・・・絶対に・・ノア先輩にだけは・・・言わないで下さいね・・。こんな話、ノア先輩に知られたら・・・きっと自分を責めるだろうから・・・。」


「ふ、ふん!言えるはず無いでしょう!と言うか・・・貴女こそ、絶対にノアの前で今の話するんじゃないわよ!したら・・・承知しないからね。」


「勿論です。」


フレアは少しの間、私の顔を見つめていたが・・やがて前を向くと黙々と歩き始めた。

 そのまま、暫く歩き続け・・・ついに邪魔が入る事無く『門』へ辿り着く事が出来た。

『人間界』そして『狭間の世界』をつなぐ巨大な門へと―。


私は門を見上げた。目の前には鍵穴がある。

そして・・・『狭間の世界』の鍵を取り出すと、ノア先輩とフレアの顔を見た。


「それでは・・・『狭間の世界』へ続く門を・・開きますよ・・・?」


黙って頷く2人。

私は鍵穴に鍵を差し込むと・・・カチャリと回した。


ギイイイイイ・・・・。


門が開かれる。


アンジュ・・・・私、ノア先輩を連れて・・・『狭間の世界』へ戻ってきたよ―。


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