第4章 1 急襲

「それじゃ、行きましょうか。」


第1階層を繋ぐ鏡の前に立った私達はフレアの掛け声で一斉に頷いた。

今は何故かフレアがリーダーシップを取っており、私達はそれに従っている。最もこの世界では私は全くの役立たずなので、皆に従うだけなのだが・・・ウ~ン・・。

ノア先輩もヴォルフもどうやら女性の尻に敷かれるタイプの男性なのかもしれない。


 フレアの手が鏡に触れると、途端に鏡に変化が起こる。グニャリと鏡が歪み、フレアの身体が飲み込まれていく。次に、ノア先輩、そして私、最期にヴォルフが鏡を通り抜けた。


「あ・・・・この場所は・・・。」


間違いない、初めて魔界を訪れた時にやってきた『鏡の間』だ。ここで私は剣士の姿をした骸骨に襲われかけ・・・オオカミの姿をしたヴォルフに助けられたんだっけ・・。まだあの頃から1週間位しか経過していないはずだが、何故か私には何か月も前の出来事に感じる。


「待っていたぞ。」

その時、頭上から男の声が聞こえ、私達は天井を見上げた。

すると空中に丸く円を描くように覆面姿の魔族が浮かんでいる。

その数は8人だ。

そして彼等は全員両手をこちらに向けて差し開いている。

「?」

私が訝し気に首を傾けたその時・・・。


「しまった!」

「まずいわっ!!」

 

ヴォルフとフレアが揃って声をあげる。え?何がまずいと言うの?

すると2人がほぼ同時に動いた。


「ジェシカッ!」


「ノアッ!」


ヴォルフは私を、フレアはノア先輩を突き飛ばす。


「キャアッ!」


「危ないっ!」


激しくヴォルフに突き飛ばされた私を抱き留めたのは同じくフレアに突き飛ばされたノア先輩だった。


「大丈夫だったかい?ジェシカ。」


ノア先輩が心配そうに声をかけてくる。


「は、はい・・・。大丈夫です。ありがとうございます・・・。」


その時—。


「キャアアアアアッ!!」


「グアアアッ!!」


背後でヴォルフとフレアの叫び声が上がる。


「フレアッ!!」


ノア先輩がフレアの名を呼ぶ。


え・・?一体これは何が起こっているの・・・?

見ると、そこには激しい電流に撃たれているヴォルフとフレアの姿がそこにあった。

そしてその電流を放っているのが空中に浮かんでいる8人の魔族達であった。


「ヴォルフッ!!フレアさんッ!!」


電流に撃たれて苦し気に顔を歪ませている2人。あの2人は咄嗟に私とノア先輩を庇ったんだ・・・・!


「クッ!!やめろ!お前達っ!」


ノア先輩は叫ぶと、肩から剣を引き抜くと、それを魔族達に向かって放り投げた。


「グアッ!!」


1人の魔族が苦し気に叫ぶ。ノア先輩の投げた剣がその魔族の腕に深々と刺さっており、その魔族は地面に落下して、床に激しく叩きつけられる。

途端に電流攻撃がやみ、床の上に崩れる様にヴォルフとフレアが倒れ込んだ。


「チッ!!」


頭上で魔族達が舌打ちする声が聞こえた。しかし、そんな魔族達には目もくれず、ノア先輩はフレア目指して駆けていく。


「フレア、フレアっ!大丈夫か?しっかりしろっ!」


ノア先輩はフレアを抱き起すと必死で揺さぶる。


「え、ええ・・・。大丈夫よ、これ位・・・。」


フレアは眉をしかめながらも、しっかりとした声で返事をする。


「ヴォルフッ!」


私も慌ててヴォルフに駆け寄ろとして・・・。


「来るなっ!」


突然ヴォルフが叫んで私はピタリと動きを止めた。


「ヴォ、ヴォルフ・・・?」


震える声で名を呼ぶと、彼は私を見て言った。


「駄目だ。ジェシカ。こっちに来るな・・・。」


そしてヴォルフは一瞬でオオカミの姿に変身すると、頭の中に話しかけて来た。


<ジェシカ、フレア、ノアッ!両耳を塞げっ!>


ヴォルフの声に私達は慌てて両耳を塞ぐ。そしてそれをヴォルフが見届けると天井に顔を向けて、オオカミの遠吠えをした。


ウオオオオオオオーンッ!!


途端に激しく揺れ出す『鏡の間』。超音波攻撃なのだろうか?衝撃波が空中で巻き起こり、次々と薙ぎ払われていく魔族達。そして彼等は四方八方に跳ね飛ばされ、壁に激しく叩きつけられて、地面に叩きつけられていく。


す、すごい・・・何て恐ろしい攻撃力なのだろう・・・。

私は両耳を塞いで地面にはいつくばって、その様子を眺めていた。


やがて、激しい振動が止み・・・・。そこに立っているのは私達だけであった。

ヴォルフは相当無理をしたのだろうか?息も絶え絶えにその場にやっと立っている状態に見えた。


「ヴォルフッ!」

私は慌てて彼の元へ駆け寄ると、ヴォルフは瞬時に人間の姿に戻り・・・。



「ジェ・・・ジェシカ・・・無事で・・良かった・・・。」


それだけ言うと、ヴォルフは床に倒れてしまった。


「ヴォルフッ!」

私は半ば悲鳴交じりに彼の名前を呼ぶとフレアが言った。


「・・・魔力切れよ・・・・。」


「え・・?」


「さっき、攻撃を受けていた時に気が付いたのよ。ヴォルフがシールドを張って少しでも攻撃が軽減されるように私を守ってくれていたのが・・・。その挙句にオオカミの姿になって、あんな攻撃をすれば・・・魔力なんてあっという間に底をついてしまうわ。」


「そ、そんな・・・。ヴォルフは大丈夫なんでしょうか・・・?」


私は震えながらヴォルフの身体に手を添えてフレアを見つめた。


「ええ・・・。魔力が回復すれば、元の通りに動けるようになるわ。だけど、この第1階層に居るのは危険ね・・・。取り合えず、この城を出て『門』を目指すわよ。


「だ、だけど・・・ヴォルフはどうするんですか?こんな身体じゃ動けないですよ?!」

まさか・・・彼を1人ここに残していくつもりじゃ・・・!


「あら・・?何よ、その目つきは・・・。まさか・・・貴女、私がヴォルフをここに残して見殺しにするつもりじゃ・・・なんて考えていないでしょうね?」


「・・・。」


まるで心を見透かされたような気分になり、私は黙って俯いてしまった。


「その反応・・・どうやら本当にそう思っていたようねえ・・・?」


フレアはイライラした口調で私に言う。


「よすんだ、フレア。ジェシカは悪気があったわけじゃ無いんだから。」


そこをノア先輩が宥める。


「彼なら大丈夫、僕が彼を担いで行くから。」


ノア先輩は微笑みながら私に言う。


「ええ?!そ、そんなノア先輩・・・大丈夫なんです?」


だって、ノア先輩も確かに背が高いけど・・・ヴォルフはノア先輩よりもさらに背が高い。そんな彼を担いで行くなんて・・・。


「大丈夫だよ、ジェシカ。そんな顔をしなくても・・・。これでも僕だって魔力を持つ男だよ?彼を担ぐくらいどうって事無いさ。むしろ・・・今一番力を使えるのは僕しかいないよ。フレアだってシールドを張っていたじゃ無いか。」


「や、やだ・・。ノア、気付いていたの?」


フレアは頬を染めてノア先輩を見た。


「ああ、勿論。気が付いていたよ。」


優しい眼差しでフレアを見つめるノア先輩。

え・・・?そうだったの?私には2人が魔力を使ってシールドを張っていたなんて全く分からなかった。やはり魔力を自由に使えないからなのだろうか・・・。

やはり、私は人間界でも魔界でも、単なる足手まといの存在でしか無いのかもしれない・・・。思わず下唇を噛み締め、両手をギュッと握りしめる。


 それにしても・・・。

私はノア先輩とフレアを見た。私の目には2人はもう完璧な恋人同士にしか見えない。地下牢でノア先輩と再会した時には、先輩の心は私かフレアさんかで揺れ動いているようにうも見えたが・・・今ではもう完全にノア先輩の心はフレアにしか向いていない。

・・・良かった。これなら人間界に戻ってもフレアさんと幸せになれるに違いない。


「どうしたの?ジェシカ。」


その時、ふいにノア先輩が私に声を掛けてきた。


「いいえ、何でもありません。」


そして私は笑みを浮かべた。

ノア先輩、愛する女性と幸せになって下さい・・・。

私は心の中で祈るのだった—。




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