第3章 10 砦の戦い
オオカミへと姿を変えたヴォルフは私達を乗せて、荒野を何処までも走り続けた。
追手の方はフレアの攻撃魔法が功を成したのか、あれ以来追って来る様子が見られない。
<もうすぐ第2階層への入口に着くぞ!>
ヴォルフが私達の頭の中に直接語りかけて来る。
「ええ、そうね。この分だと思ったよりも早く第1階層まで行けそうね。それにしても・・・第1階層の門番の魔族の身体を乗っ取るなんて・・・ヴォルフ、貴方中々やるじゃないの。」
私の背後でフレアが語る。
しかし、その時突然ピタリとヴォルフが足を止めた。
「?どうしたのさ。何故止まるの?」
ノア先輩が声を掛けるとヴォルフが言った。
<まずいな・・・・。>
え?何がまずいというのだろうか?
今、私達の眼前には廃墟と化した砦のようなものが聳え建っている。
「ええ、思っていた以上に行動を読まれていたみたいね・・・。先回りされていたわ。」
フレアがヴォルフの背中から飛び降りると、いつの間に握りしめていたのだろうか・・・スラリと剣を鞘から引き抜いた。
「フ、フレア?」
ノア先輩が慌てたようにヴォルフの背中から飛び降りて、フレアに声を掛ける。
「大丈夫よ、ノア。これでも私は上級魔族の中でも、高い能力と魔力を認められた魔族のトップに位置する存在なのよ。あの程度の連中ならどうって事は無いわ。」
<ジェシカ。いいか、絶対に俺の側から離れるなよ。>
ヴォルフは背中に乗っている私の方を振り向くと言った。
「う、うん・・・。わ・・分かった・・・けど、ヴォルフ、後で・・・必ず今一体何が起こっているのか教えてね?」
私はオオカミの姿をしたヴォルフをじっと見つめながら言った。
<ああ、分かった。必ず後でちゃんと説明してやる。だから・・・俺の背中にしがみついていろよ?!>
言うと、ヴォルフは私を乗せたまま、突然砦を目指してスピードを上げて走り始めた。
そしてその背後をノア先輩とフレアも追う。
「!」
私はノア先輩を見て驚いた。いつの間にかノア先輩も長い剣を肩から下げているでは無いか。・・・信じられない。あのノア先輩が・・・私の持つ先輩のイメージは剣術よりも魔法攻撃を得意とするタイプの男性だと思っていただけに・・・やはり長く魔界に居すぎた為に・・・ノア先輩は変わってしまった・・・?
その時、眼前から刃のようなもの無数にこちらへ向かって飛んできた。
あ・・危ない!
するとヴォルフが咆哮を上げると無数に飛んできた刃はあっというまに薄い氷のように砕け散る。
「チッ!」
すると砦の中から何者かの舌打ちする声が聞こえて来た。え?見上げると、砦の上から10数名のマントに身を包んだ魔族達が立っていた。
「やはり・・この程度の攻撃では足止めも出来ないか。」
1人、黒衣のマントに身を包んだ魔族が言った。
「ええ・・私達の力を舐めないで頂戴。」
フレアは言うと、空高く舞い上がり砦の上に降り立つと巧みな剣技と炎の魔術で戦いを繰り広げ始めた。
「フレア!」
ノア先輩も宙を飛ぶと、フレアの側に降り立つと戦いに加わった。
「ノ、ノア先輩!」
私が必死で叫ぶと先輩は一瞬私を見下ろすと言った。
「ジェシカッ!!ここは僕とフレアが食い止める!ヴォルフと先に第2階層を目指すんだ!」
「だ、だけど・・・・!ノア先輩を置いてなんて・・!」
あの時の・・マシューの最後が目に焼き付いて離れない。嫌だ、ノア先輩までがあんなめにあうなんて・・!!
「そうよ!ジェシカッ!貴女がいると足手まといなのよ!必ず後から向かうから先にヴォルフと一緒に行きなさいっ!!」
フレアが戦いながら私に叫ぶように言った。
「で、でも・・・。」
どうしよう、ヴォルフの身体にしがみつきながらも、怖くて体の震えが止まらない。一方のヴォルフも地上に降りて来た魔族達を相手に咆哮で攻撃している。
<ジェシカッ!>
突然頭の中でヴォルフの声が響いた。
「ヴォ、ヴォルフ?!」
<しっかり掴まっていろ!振り切るぞっ!>
言われた通り、私はギュッとヴォルフの身体に捕まると、ヴォルフはオオカミの雄叫びを上げ、敵を薙ぎ払うと一気に走り始める。
は・速い・・・っ!必死で捕まる私。
ヴォルフは砦の中へ飛び込むと、一気に地下へ続く階段目指して駆け下りる。
すると、突然目の前が開けて巨大な空間が現れた。
そして目の前には大きな鏡と・・それを取り囲むように待機していた魔族達。
<そこをどけ・・・・!>
ヴォルフの強い思念が辺りの空間をビリビリ震わせる。
「いいのか?お前達・・・・。我等に攻撃をして、只で済むと思っているのか?このまま大人しく捕まえれば罪は軽くて済むぞ?だが・・・もし歯向かえば、全ての魔力を奪われ、第1階層まで落とされる事になる・・・。それでも良いのか?」
魔族達は全員覆面をしているので、その表情はうかがえないが・・余りの恐ろしい声に私は震えあがりそうになった。
<大丈夫だ、ジェシカ。俺がついている。いいか、ジェシカ。耳を塞いで目を閉じるんだ・・・。>
その時、温かいヴォルフの声が頭の中で聞こえた。
慌ててヴォルフの言う通りに私は目をギュッと閉じて両耳を塞いだ。
その直後―
キイイイイイイイイーンッ!!
空気を切り裂くような金属音に眩しい光が当たりを照らす。
あちこちで魔族の悲鳴が沸き起こるのが微かに聞こえる。
やがて・・・辺りが静かになり、私は恐る恐る目を開け・・・
<よせっ!見るなッ!>
ヴォルフの叫び声が聞こえるが、一足遅かった。
「!」
私は危うく悲鳴をあげそうになった。辺り一面にはブスブスと焼け焦げた魔族の死体が転がっている。真っ黒にすすけて、まるで人形のように隅になっている死体から、まだ生々しさが残る死体、そして異臭・・・・。
「うううっ!」
溜まらずに目を閉じてヴォルフの背中に自分の顔を押し付ける。
<・・行くぞ、ジェシカ・・。>
ヴォルフは言うと、私を背中に乗せたまま第2階層へ続く鏡の中へと入って行った・・・。
「大丈夫か・・・?ジェシカ・・・。」
ここは第2階層を抜けた場所にある洞窟。オオカミの姿から元に戻ったヴォルフがつけてくれた焚火の前で座っている私に気づかわし気にヴォルフが声をかけてきた。
「だ、大丈夫・・・。」
言いながらも先程の凄惨な場面が私の頭からこびり付いて離れない。
「あのオオカミの身体だと・・・どうも力の加減がうまく出来ない様なんだ・・・。」
ヴォルフが火に薪をくべながら言う。
「そう・・・なんだ・・・。」
今の私はそれだけ答えるのが精一杯だった。あれから大分時が流れたのに、未だにノア先輩もフレアも第2階層の現れる気配が無い。・・・大丈夫なのだろうか・・・?
「ジェシカ・・・顔色が悪いが・・・大丈夫か?」
そんな私の様子を心配してか、ヴォルフが静かに声をかけてくる。
「うん・・・大丈夫・・・。久しぶりに外に出たばかりだし・・・色んな事があったから・・少し疲れただけだよ。」
無理に微笑む。
「ジェシカ・・・。」
これからどうなるのだろう・・・私は無事に人間界へ戻れるのだろうか?やはり戻れば捕らえられ、門を開けた罪として裁かれてしまうのだろうか・・・等と色々考え事をしていると、不意にヴォルフの手が私の頬に伸びてきて・・・思わずビクリと肩が跳ねてしまった。
「・・・俺が・・・怖いか・・・?」
酷く傷ついた顔で私を見つめるヴォルフ。
「ち、違う!そうじゃない!考え事をしていて・・・急にヴォルフの手が伸びてきたから驚いただけだってば!」
しかし、ヴォルフは私の言う事を信じない。
「いいさ・・・怖がられても仕方が無い。あんな場面を見た後じゃな・・・。」
ヴォルフは悲しそうに睫毛を伏せて、焚火を見つめている。
「・・・っ!」
私はヴォルフに飛びつき、首に自分の両腕を巻き付けると言った。
「ジェ、ジェシカ・・・。」
急に私が抱き付いてきたのが余程驚いたのか、ヴォルフの身体が硬直するのが分かった。
「怖く無いって言ってるでしょう・・・?本当にヴォルフの事が怖ければ・・・こんな真似出来ないから・・・っ!」
そして私は身体を離し、ヴォルフの金色に光る眼を見つめながら言った。
「ありがとう、ヴォルフ。助けてくれて・・・いつも私はヴォルフに助けられてばかりだね。だけど・・・。」
私はここで言葉を切った。
「だけど?」
その続きの言葉をヴォルフが促してくる。
「だ、だけど・・・こんな事をしたら、もうヴォルフやフレアさんの魔界での居場所が無くなってしまうんじゃないの・・・・?」
思わず声が震えてしまう。
そうだ、私はいつだって誰かを犠牲にしてしまっている。ノア先輩、マシュー、そして・・・ヴォルフの事を・・・。
その時、私はある一つの考えが浮かんだ。
そうだ、ヴォルフもフレアも人間界に来ればいいんだと—。
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