第3章 11 逃走の理由

「あ・・・あのね。ヴォルフ・・・。貴方に話があるんだけど・・・。」

私は焚き木の火を見ながら口を開いた。


「うん?俺に話?」


「そ、そう。あの・・・ヴォルフ。私と一緒に・・・。」

そこまで言いかけた時、私達の正面に浮かんでいる第3階層から第2階層を繋ぐ鏡が怪しく光り、中からノア先輩とフレアが出てきた。


「すっかり待たせてしまったようね。」


フレアが髪の毛を撫でつけ、私達の方へ歩み寄りながら言った。


「中々手ごわい魔族達で、ちょと手間取ってしまったよ。」


ノア先輩は笑みを浮かべながら言う。


「良かった・・・!ノア先輩もフレアさんも無事で・・・。」

思わず涙ぐむとノア先輩が言った。


「うん、ごめんね。ジェシカ、心配を掛けちゃて・・・。」


一方のフレアは眉をしかめながら言った。


「な・・・何なのよ。貴女って本当に変な人間ね。まさか私の事まで心配するなんて・・・おかしな女だわ。」


そしてフイと顔を逸らせてしまった。


「まあ、それがジェシカのいいところさ。」


ヴォルフがにこやかに言うと、途端にノア先輩とフレアが微妙な顔つきになった。


「ねえ・・・前から気になっていたんだけどさ・・・。」


ノア先輩が言う。


「ヴォルフ・・・ひょっとして・・貴方・・この女の事・・・。」


フレアがヴォルフの顔をじろりと見た。

あ・・・何だか嫌な予感がする・・・・これ以上この話の続きはされないように何とか阻止しなければ・・・!


「そ、そんな事より!一体今何が起こっているのか私に説明して下さいっ!」


私は3人の顔をぐるりと見渡しながら言った。


「そうだね・・・。ジェシカは何も事情を知らずに、ここまで連れてこられたんだものね・・。知りたいのは当然だ。」


ノア先輩が言うと、フレアが口を開いた。


「それじゃ・・・私から説明するわ。」


小さくため息をつくと、フレアは腰を降ろして今迄の経緯を説明し始めた—。


「私は魔界に咲く貴重な『七色の花』の管理人をしているのだけど・・・その花を盗んだという罪で、昨夜遅くに今の魔界を管理している上官達が突然屋敷にやってきたのよ。・・・最も私の屋敷に来た理由はそれだけじゃないのだけどね。」


言いながらノア先輩をチラリと見た。


「仲間たちが・・・私がノアを自分達から遠ざけたからって理由で・・腹いせにノアが私の屋敷に居る事を密告したのよ。・・・貴女は知っていたかしら?今の魔界には必ず守らなければならない掟があるのよ。それは絶対に人間をこちらの世界へ連れて来てはいけないという事・・。もし破れば重い罰を受けなければならないのよ。」


「その罰って・・・全ての魔力を奪われ、第1階層まで落とされる・・・という罰ですか?」

私が口を挟むとフレアは意外そうな顔をした。


「あら?貴女・・・よく人間のくせにそんな事知っていたわね?」


「はい・・。実はここに来る直前、襲って来た魔族が・・・そう話していたので・・。」


「あら・・・そうだったのね。そう、第1階層へ落されるとね・・二度と第3階層へ戻る事は出来ないわ。しかも魔力を奪われた状態で長い時間あの場所に留まると、いずれ知性は失われ、身体も人型でいられなくなるのよ。・・・それこそ獣のような姿に変化してしまうわ。」


「ああ・・・。ジェシカ、お前も第1階層を通り抜けてきたから・・・あいつらの姿を見てきただろう?あの魔物達の中には・・・かつて俺達のような高位魔族だった連中もあの中には含まれているんだ。」


「え?!」

途中から話に割って入って来たヴォルフの言葉に私は驚いた。


「そ、そんな・・・・。」

何て・・魔界というところは恐ろしい世界なのだろう・・・。


「それだけじゃないわ・・・・。私の仲間がね・・・ジェシカ。貴女を地下牢に閉じ込めている事も知っていたのよ。・・・あの花畑に自分の結界を張って、全て監視していたのよ・・・。」


成程、フレアの犯した罪が全てその仲間の魔族の女性に寄って白日の下に晒されたとう訳だったのか。だけど・・・。


「だ、だけど・・・それが今回の事と何の関係があるって言うんですか・・・?」


するとノア先輩が言った。


「ジェシカ・・・フレアは元々ね・・・最初から君を人間界へ帰すつもりだったんだよ。」


「え?そ・・・そうだったんですか?!」

思わずフレアを振り返った。


「ええ、そうよ・・・。ノアの事を諦めさせたら・・・すぐにでも人間界へ・・・送り返そうかと思っていたのよ。それなのに・・・貴女は頑固だったから・・・!」


キッと私を睨み付けながら言うフレア。ええ?!そ、そんな・・・何故そこで睨まれなければならない訳?!


「貴女も・・・知ってるんでしょう?人間が長く魔界にいると・・・いずれ魔族になってしまうっていう話は・・・。」


フレアは私の目をじっと見つめながら尋ねて来た。

「は、はい・・・。」


「上官達はいきなり私の屋敷にやってくると、ノアと・・貴女をすぐに差しだす様に言って来たのよ。そうすれば、私の罪を見逃してやると言ってね。」


「・・・。」

ノア先輩は黙って聞いている。


「え・・ええ?!な、何故そんな事を・・・?!」


「ジェシカ・・・実はこの第3階層に住む上級魔族は・・・物凄く数が少ないんだ・・・。このままいけばあと数百年で滅びてしまうかもしれないと言われている。だが・・・人間が魔族になると、不思議な事に上級魔族に生まれ変わる事が出来るんだ。だから、アイツらはお前とノアをここに留めて魔族にするつもりだったんだ。」


ヴォルフが言いにくそうに言った。


え・・・?つまり、私とノア先輩を魔界から閉じ込め、魔族にしようとしていたって言う事・・?


「・・・そんな事させる訳にはいかないでしょう?だから・・私とノア、そしてたまたま居合わせていたヴォルフの3人であいつ等に攻撃を仕掛けて、その一瞬の隙に・・・ジェシカ。貴女の所へ来たって言う訳よ。」


「でも・・・地下牢へ行くまでは・・・本当に不安だった・・・。もし、万一先回りしてジェシカ・・・お前が連れ去られていたらどうしようと・・・不吉な事ばかり考えてしまって・・・。でも・・本当にジェシカの無事な姿を見た時はどんなに嬉しかった事か・・・!」


ヴォルフは感極まったのか、いきなり私の手を掴んで引き寄せると強く抱きしめて来た。

く・・・く、苦しい・・!。


「!おい、ヴォルフ!ジェシカから離れろよ!」


ノア先輩の怒気を挟んだ声が背後から聞こえて来る。一方のフレアは溜息をつきながら、やっぱりヴォルフはジェシカの事を・・・等呟いている声がばっちり聞こえる。


「ヴォ、ヴォルフ・・・く、苦しいから・・う・・腕を緩めて・・くれる・・?」


「す、すまん!」


ようやくヴォルフは私を締め上げていた事に気付いたのか、パッと手を離した。

ふう、苦しかった・・・。


「で、でも・・・ようやく分かりました。だから・・・あの魔族達から逃げていたんですね。だけど・・・こんな真似をして本当に良かったのですか・・・?」

私はフレアの顔をじっと見つめながら言った。


「え・・?な、何の事よ・・。」


「私を逃がす為に・・・上官達を攻撃したんですよね?そればかりか私の事を逃がそうとまでして・・・。こんな事をすれば・・・もうフレアさんの居場所も、ヴォルフの居場所もこの魔界には無くなってしまうのでは無いですか?」


「そ、それは・・・。」


フレアの言葉が詰まる。


「・・・。」


ヴォルフは口を閉ざしてしまった。


「フレア・・・・。」


ノア先輩は心配そうにフレアの肩を抱き寄せると言った。


「ねえ・・・フレア・・・。僕達と・・・一緒に人間界へ行こうよ。」


それは・・・まさに私が考えていた事と同じだった―。

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