第3章 8 愛の目覚め
え・・・?今、ヴォルフは私に何と言ったの?そ、それに・・・。
何故私はヴォルフにキスされているのだろう?
余りの突然の出来事に自分の思考がちっとも追いつけないでいる。
「ジェシカ・・・。」
ヴォルフは唇を離すと私の目をじっと覗き込んだ。彼の瞳には戸惑った私の表情が映し出されている。
「ヴォ、ヴォルフ。一体・・・。」
そこまで言いかけた時、再びヴォルフが強く抱きしめて来た。
「すまん・・・。驚かせてしまったか?だが・・・信じられないかも知れないが、俺は・・ジェシカ、お前の事が好きだ。そして・・多分、愛してる。お前がノアの事を愛していないと言うのなら・・・俺が・・お前に好きになって貰える可能性があるって事だよな?!今は無理でも・・俺の気持ちにいつか応えてくれるかもと・・・期待していても構わないんだよな?」
え?ちょっと待って。私は確かにノア先輩の事は愛していないと答えたけども、それがどうしてこんな事になってしまったのだろう?ヴォルフは私の命の恩人でもあるし、魔界で色々世話になっていたので彼に対して恩義は感じている。だけど、恋愛感情を抱いた事等これっぽっちも無いし、ヴォルフに好意を抱かれていたなんて事も知りもしなかった。
ヴォルフは私が返事を返さないのが不安に思ったのか、抱きしめたまま震える声で尋ねて来た。
「ジェシカ・・・俺が迷惑か?もし迷惑だと思うなら・・・はっきり言ってくれ。」
彼は魔族で、魔力も力も私達人間に比べて、とても強いのに・・・今私に縋りつく姿はとても弱々しい存在に思えた。どうしよう、でも・・・ヴォルフに何か声をかけてあげなければ・・・・。
「ヴォルフ、私は・・・。」
彼の名を呼び掛けて、その一瞬・・ヴォルフの・・・魔族の独特な香りだろうか?この香りが、あの懐かしいマシューの香りと重なった。
「マ・・・マシュー・・・。」
気付けば私は・・・違う男性に抱き締められているにも関わらず、マシューの名を呟いていた—。
「!」
途端にヴォルフが弾かれたように私から身体を離すと、じっと瞳を覗き込んできた。
「ジェシカ・・・・マシューって・・・一体誰だ・・・?」
まるで全てを見透かすようなヴォルフの金色に光り輝く瞳。
「あ・・・ご、ごめんなさい・・・。」
何故か私の口から出た言葉は謝罪の言葉だった。何故謝罪の言葉を口にしてしまったのだろう?自分で言っておいて不思議でならなかった。これ以上マシューの事を聞かれたくなかったからなのか?それとも抱きしめられていたのに、違う男性の名前を呼んでしまった事への謝罪?一度に色々多くの事が起こり過ぎて・・・もう訳が分からなくなっていた。
「ジェシカ。俺は謝って欲しいんじゃない。マシューって一体誰なんだ?ナイトメアに襲われた時もマシューという名前を呼んでいたな?それに・・・自分では気が付いていなかったかもしれないが、お前は時々寝言でその名前を呟き、涙を流していた事も1度や2度じゃ無い。」
「え・・・?ほ、本当に・・・?」
信じられなかった。私は覚えていない夢の中で実はマシューの夢を見て・・泣いていたと言うのだろうか?
「なあ・・・・マシューって・・誰なんだよ・・・。」
いつの間にかヴォルフは私の右肩に頭を乗せて声を震わせていた。
「ヴォルフ・・・。」
そっと左手でヴォルフの髪を撫でると私は言った。
「マシューは・・・・ノア先輩を助ける為に私を魔界へ送り出して・・・命を落としてしまった人。そして・・・私が愛した・・・半分魔族の血を引く男性・・・。」
そう、今なら自分のマシューに対する気持ちがはっきり分かる。私は・・・この世界でアラン王子でもマリウスでも・・そして私に好意を寄せてくれている周囲の男性達の誰でも無く、知り合ってまだ間もない半分魔族の血を引くマシューを愛していたのだと言う事に。あれ程・・・この世界の誰かを好きになってはならないと心に決めていたはずだったのに・・・。
「ジェシカ・・・・今の話は・・・本当なのか・・・?」
ヴォルフが青ざめた顔で私を見つめる。
「うん。本当の話。彼・・・マシューは魔界の門を守る聖剣士だったの。私を魔界へ行かせる為に『ワールズ・エンド』で他の聖剣士達と戦って・・・胸を剣で貫かれて・・・・そ、そして沢山血を流して・・・く、口からも血を吐いて・・・。」
最期の方はもう言葉にはならなかった。血まみれになりながらも私を逃がそうとしたマシュー。そしてどんどん冷たくなっていく身体・・・・。
何時しか私の目には涙が溢れ、ボロボロと流れ落ちていく。そんな私をヴォルフは黙って抱き寄せると言った。
「・・・悪かった・・・。辛い事を話させてしまって・・・・。それじゃ・・お前がナイトメアによって見させられた悪夢にマシューが出てきたんだな?可哀そうに・・・。」
ヴォルフの私を抱き寄せる手が優しくて・・・私は益々どうしようもない位悲しみが込み上げてしまって・・・・いつまでもヴォルフに縋って泣き続けた―。
あの後・・・。私は情けない位、子供のように激しく泣きじゃくった後、ようやく落ち着きを取り戻した。
「ヴォルフ・・・。私ならもう大丈夫だから、自分の家へ帰ったら?」
私はいつまでも牢屋から出て行かずに地下牢に居座っているヴォルフに声をかけた。
「いや、今の状態のお前を1人地下牢に残して帰る事なんて俺には出来ないよ。」
ヴォルフは首を振って小さく笑った。
「ヴォルフ・・・・。やっぱり貴方はいい人だね。前に私に話してくれたよね?魔族は自分の利益の為にしか行動しないという冷たい心を持っているって。だけど・・・やっぱりヴォルフは・・優しい人だとおもうよ?」
私は微笑むとヴォルフは一瞬頬を染め、視線を逸らすと言った。
「俺は・・・人じゃない。魔族の男だ。でも・・・何故ジェシカが魔族の俺を恐れないのかようやく分かったよ。マシューが・・・半分魔族だったから・・お前は俺を恐れなかったんだよな?」
寂しげに笑いながらヴォルフは言った。
「それもあるかもしれないけど・・・。でもヴォルフはここに来るまでの間、いつだって私を助けてくれたでしょう?大怪我まで負って・・・。」
「そ、それはフレアに命令されて・・・!」
「それに、私は知ってるよ。」
ヴォルフの言葉を遮るように言葉を続けた。
「魔族は・・・皆凍えるように冷たい身体をしているんでしょう?現に魔族になりかけのノア先輩だって、とても冷え切った・・・氷のように冷たい身体をしていたし。だけど、ヴォルフ。貴方は初めから違っていた。ちっとも冷たい身体をしていなかったし、何より寒がっている私の為に自分の身体を発熱させて温めてもしてくれたじゃない。本当に・・・・ありがとう。ヴォルフ。」
「だ、だから・・・そ、そんな顔をして、そんな言い方・・・するなよ。」
何時しかヴォルフは自分の口元を押さえて、耳まで赤く染めている。
「そんな言い方・・・されると・・ジェシカは俺に好意を持ってくれているんじゃ無いかと・・・勘違いしてしまいそうになるから・・・。」
「ヴォルフ・・・。」
何と声をかけたらよいか戸惑っているとヴォルフが言った。
「あー・・・そ、その・・今の話は忘れてくれ。ほら、あんなに泣いて疲れただろう?もう今日は休め。明日・・・俺がフレアの元へ行って、何とかジェシカをここから出してくれないか、交渉してみるから。それに・・・きっと今頃フレアたちも話し合いが済んでいるかもしれないだろう?何か進展がみられるかもしれないから・・。とにかく、今は何も考えずに、眠ってしまえ。」
「うん。ありがとう・・・それじゃ・・おやすみなさい、ヴォルフ・・・。」
「ああ、お休み、ジェシカ。」
私は地下牢に備え付けの簡易ベッドに潜り込むとヴォルフに声をかけ・・・夢も見ずに深い眠りに就いた—。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます