第3章 7 愛する人は誰ですか?

「ふ~ん・・・恋人たちの逢瀬の時間って訳ね・・・・。」


突然、ノア先輩の背後から冷たいフレアの声が浴びせられた。

ノア先輩は肩を一瞬驚いたかのようにビクリと震わせ、恐る恐る振り返った。けれども先輩の背中は私を守るように鉄格子にぴったりと背中を貼り付けている。


「ノア・・・・。貴方・・・ここで一体何をしていたの?」


フレアは腕組みをしながら恐ろしい殺気を漲らせて私達を睨み付けている。そこへすかさずヴォルフが声をかけてきた。


「よ、よせ。フレア。さっきも話した通りだが・・・俺だ。俺がジェシカにノアと会わせるためにこの地下牢へ強引に連れて来たんだ。」


するとフレアは言った。


「違うわ!私が言いたいのはね・・・・。ノア・・・貴方、ここで今その女に何をしていたのかってことよ。答えなさい!」


フレアの気迫に思わず身体が震えそうになるのを必死で私は堪えた。

するとノア先輩は一瞬私の方を振り返り、微笑むとすぐにフレアの方を向いて小さな溜息をつくと言った。


「言い訳はしないよ・・・・・。僕はここでジェシカに会って、話をして・・・彼女に2回口付けした。でもジェシカを責めないでくれよ。僕が勝手に彼女の唇を奪ったんだから・・・ジェシカは何も悪くない。」


「ノア先輩?!」

半分悲鳴交じりで声を上げてしまった。どうして?何故よりにもよってフレアの前でそんな事を話すの?!


一方のフレアは、怒りにより全身をブルブル震わせ、今にも血が滲んでしまうのでは無いかと思う位に下唇を強く噛み締めている。

そしてヴォルフの方は・・・・何故か悲しみを浮かべた顔で私をじっと見つめている。

「ヴォルフ・・・?」

私が小さくその名を呟いた時・・・・。


今迄怒りに震えていたフレアの顔が悲し気に歪み、目にはみるみる内に涙が溜って来た。


「え・・・?フレア・・・・?」


流石のノア先輩もこの豹変ぶりに戸惑いの色を隠せない。


「どうして・・・・どうしてなのよ・・・?ノア・・・。私の事を好きって言ってくれたじゃないの。結婚しようって言ってくれたわよね?それなのに・・何故その女にキスするの?どうしてそんなに・・・愛しい人を見るような眼つきで・・その女を見つめるのよ・・・!今までずっと忘れていたくせに!やっぱり貴方が愛する女は私ではなく、そこにいる人間の女だって言うの?!私は・・こんなにも・・貴方の事を愛しているのに・・・っ!」


フレアは殆ど悲鳴交じりで叫ぶと顔を両手で多い、その場に座り込んで泣きじゃくり始めた。


「フレアさん・・・。」

どうしよう、私はフレアを酷く傷つけてしまった。あの時・・・ノア先輩を強く拒絶していれば、彼女をここまで傷つける事は無かったのかもしれない・・。だけど、私は悲し気なノア先輩を・・・私の為に魔界へ連れてこられてしまったノア先輩を拒絶する事はどうしても出来なかったのだ。


「フレア。」


ノア先輩は小さなため息をつくと、フレアの側へ歩み寄り、泣きじゃくっている彼女の肩をそっと抱きしめると言った。


「ごめんよ・・・。フレア・・・。屋敷に戻ろう。そこで・・・2人でじっくり話をしようよ。だから・・・どうか泣き止んで・・・。」


それでもフレアは泣きじゃくりながら首を振る。


「フレア。」


すると突然、ノア先輩はフレアの顔を両手で挟み、自分の方を向かせると私達の見ている前でフレアに口付けをした。


「「「!」」」


キスされたフレアを含め、私もヴォルフもノア先輩の突然の行動に驚きを隠せなかった。


「ノ・ノア・・・。」


フレアは目に涙を溜め、頬を赤らめながらじっとノア先輩の顔を見つめている。


「ね、屋敷へ帰ろう。2人で話をしようよ・・・。」


ノア先輩はギュッとフレアを抱きしめると言った。


「わ・・・分かったわ・・・。」


フレアは返事をすると・・・途端に2人の姿は一瞬で地下牢から姿を消してしまった。一方、残されたのは私とヴォルフ。


「「・・・・。」」


私とヴォルフの間に、何となく気づまりな空気が流れる。

ヴォルフは私から視線を逸らす様にしているのが分かったので、彼に声をかけた。


「ヴォルフ・・・。」


「な、何だ?ジェシカ。」


突然声をかけたからなのか、ヴォルフが狼狽えたように返事をする。

「ノア先輩を・・ここへ連れて来てくれてありがとう。お陰でノア先輩と話をする事が出来たよ。」


「ジェシカ・・・。」


ヴォルフはようやく私に視線を合わせる。


「話したいことは全てノア先輩に伝えたよ。後は・・・もうノア先輩の判断に任せるだけ。フレアさんとの話し合いで、多分今後の事を決めるだろうから・・・。」


私は笑みを浮かべて言ったが、心はちっとも晴れなかった。ノア先輩の事だ。恐らくフレアの事を考えてこの魔界へ残る道を選択するだろう。だけど、先輩の気持ちは?あれ程人間界を懐かしんで・・・戻りたいと切に願っていたのに。本当にこのままノア先輩を魔界に残しても良いのだろうか?

 

ヴォルフも俯いて思い悩んでいる表情を浮かべていたが・・・・やがて顔を上げると言った。

「そ、そんな事よりもジェシカ、お前はいいのか?あのままだとノアはフレアに言い切られ、本当に結婚してしまうかもしれないぞ?!」


え?そっちの話?

「確かに2人が結婚するとなると・・・ますますノア先輩は人間界に戻れないかもしれないね・・・。」


「!そうじゃなくて!」


突然ヴォルフは自分の髪をクシャリと掻き上げると、次の瞬間私が閉じ込められている牢屋の中に現れ、私の両肩に手を置くと言った。


「ノアはジェシカは恋人では無いと言ったが・・・本当はジェシカ・・・お前もノアの事が好きなんだろう?愛しているんだろう?それなのに・・・あの2人が結婚しようとしているのを見過ごしても良いのか?!」


ヴォルフは真剣な顔で私の瞳を覗き込むように言った。

「え?何を言っているの?ヴォルフ。私がノア先輩を好きって?」


「そうだ・・・。好きだから・・・ノアとキスしたんだろう?」


「・・・・。」


私はヴォルフの問いに答える事が出来なかった。私がこの魔界へ来たのは私の命を救う為に犠牲になってしまったノア先輩を助ける為。それならノア先輩とキスをしたのは?先輩の事が好きだから・・・?私は自分に自問自答してみたが・・多分、答えは『ノー』だ。可哀そうなノア先輩の望みなら、私に出来る事なら、何でも叶えてあげたいと思ったから・・・。そう、それだけの事なのだ。


「ジェシカ・・・何故黙っているんだよ・・・。やはりそれほどノアとフレアの事がショックだったんだろう?だったら・・いいか、良く聞けジェシカ。ノアの気持ちは俺が見た限り・・お前の方に傾いている。今ならまだあの2人を引き離す事は可能だ。俺がフレアに、ノアから手を引かせてお前をこの地下牢から出して貰えるように何とか説得して見せる!だから・・・ジェシカ、ノアと一緒に人間界へ帰るんだ。早くしないとノアが完全に魔族化してしまうぞ?この地下牢を無事に出る事が出来れば、俺がお前とノアを第1階層まで・・・連れて行ってやるから!」


「え?ま、待って。ヴォルフ。そんな事したら駄目だよ!だって・・・フレアさんはノア先輩の事・・・本当に愛してるんだよ?それじゃあまりにもフレアさんが可哀そうすぎる・・・。第一・・・どうして私なんかの為にそこまでしてくれようとするの?ヴォルフには何も得する事なんかないのに・・・。」

そう、私のようにどっちつかずの態度しか取れない不誠実な人間ではノア先輩も傷つけてしまうし、心の底からノア先輩を愛しているフレアの事も・・・傷つけてしまう。それにヴォルフはフレアの家臣のようなものだ。その家臣が主に逆らうなんて・・・・普通、まずは考えられない事をヴォルフは実行しようとしてるのだ。


「何でだよ・・・。何でそんな事言うんだよ・・・。お前は・・・ノアの事を愛しているんだろう?だから・・・あんな事を・・・。」


何故だろう?ヴォルフが苦し気に私を見つめている。まるで・・・今にも泣きだしそうな程に・・・。私はヴォルフの頬にそっと触れると言った。

「どうしたの?ヴォルフ・・・。何故そんなに苦しそうにしているの?それに何か勘違いしているようだけど、私は別にノア先輩の事を愛してはいないけど?」


そう、だって私の愛している人は・・・。


「!」


すると、何故かヴォルフの目が一瞬大きく見開かれ・・・・突然ヴォルフが強く私を抱きしめて来た。

「ヴォ、ヴォルフ?どうしたの?」

余りの力強さに顔をしかめながら、何とか私はヴォルフに尋ねた。


「今の言葉・・・本当か?」


ヴォルフは私の髪に自分の顔を埋めながら言った。


「え?」


「ノアの事・・・愛してはいないって言った事だ・・。」


「う、うん・・・。」


「さっき、ジェシカは言ったよな。どうして私なんかの為にそこまでしてくれようとするのかって。俺には何も得する事なんかないのにって・・。」


「確かに言ったけど・・・?」

分からない、ヴォルフは私に何を言いたいのだろうか?


「それは・・・俺がお前の事を好きになってしまったからだ・・・。」


そしてヴォルフは私から身体を離すと口付けしてきた―。






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