フレア ⑤ 

「ノア・・・。大丈夫?」 


私は体調を崩して寝込んでいるノアに声を掛けた。


「うん・・・大丈夫だよ。」


ノアは熱に浮かされながらも弱々しく微笑んだ。

いつもこうだ。ノアはミレーヌ達を相手にした後は大抵体調を崩してしまう。

一体何故・・・。余程彼女達に酷い目に合わされているのだろうか?

だけど私は聞けない、と言うか聞きたくない。ただでさえ、自分の屋敷でノアが他の女を抱いている事自体、我慢の限界まできていると言うのに、中でどんな事が行われているのか話されようものなら正気を保ってなどいられない。だから私の出来るささやかな抵抗は女達を屋敷に上げるのは、私がいる間だけ、長時間滞在させない為にも時間もきっちり決め・・・ここで思わず苦笑いしてしまった。これでは本当にノアを男娼扱いしているよいなものでは無いか・・・。

ノアは今の自分が置かれている状況をどう感じているのだろうか・・・?


 やはり口には出さないが、ノアは何処かで私を恨んでいるのだろう。いつもいつも感じていた。私とノアの間には厚い壁があり、遮られていると・・・。私はこんなにもノアを愛しているのに、相変わらず彼の心は人間界にいるジェシカと言う女に囚われているように私は感じていた。



 そんなある日の事・・・私は気乗りのしない夜会に参加しなければならなかった。


「僕の事は構わずに、楽しんでおいでよ。」

 

ノアは上機嫌で私を送り出そうとしている。・・・何か怪しい。だから私はこの屋敷に魔法をかけた。ノアに怪しい動きがあれば、それを感知出来るように探査の魔法を・・・。



 パーティー会場のテラスで私は魔力を使ってノアの様子を観察していた。

もしかして私に内緒で逃走の準備を進めているのか、それとも何処かへ外出するつもりなのだろうか・・・。しかし、ノアの取った行動はいつものと変わりなかった。

彼は自分のベッドを暖炉に近付け・・・そのままベッドの中へ入ってしまったのだ。

え?一体どういう事だろうか?こんな早い時間いにもう眠りに就くとは・・・。


 その後も私は眠りに就いたノアを注意深く観察してみたが、ノアは深い眠りに就いたのか、一向に起きる気配が無い。

そうか・・・ノアの様子がおかしいと感じたのは私の単なる気のせいだったのかもしれない。ここで私は探査の魔術を遮断して、くだらないパーティー席へと参加する為に会場へと入って行った—。



 翌朝—

パーティー会場から帰宅すると、丁度ノアが暖炉に火をくべて、暖まっている所だった。その後ろ姿が何故か私には浮かれているように見えた。

何か・・・良い事でもあったのだろうか?


「ノ・・・。」

声を掛けようとした時、ノアの言った一言が私の心を深く抉った。


「ジェシカ・・・・。」


ノアはうっとりとした声で私が一番聞きたく無かった名前を口に出した。

え?何故?何故ノアは今その名前を口にしたの?私は動揺で震える身体を何とか抑え込むと背後から声をかけた。


「随分と楽しそうね、何か幸せな夢でも見ていたのかしら?」


ピクリ。

ノアの肩が少し跳ねるのを私は見逃さなかった。


「お帰り、フレア・・・。」


いつも通りの取り繕った笑顔・・・。


「ただいま、ノア。」


するとノアは私の背後に回り、コートを脱がせる。・・・駄目だ、今の私はどうしても疑心暗鬼に囚われている。何かを隠すために私のご機嫌を取ろうとしているのでは無いだろうかと勘繰ってしまう。

「ノア・・・別にいいのよ?毎回そんな真似をしなくても。別に貴方は使用人でも何でも無いんだから。」

つい、ため息をつきながら可愛げのない台詞を言ってしまう。


「そうかな?でも僕は君にお世話になっている身分だからね、これ位は当然のことだよ?」


・・・やはり様子がおかしい。いつも私とノアの間に生じる分厚い壁を・・・今は感じ取る事が出来ない。

「全く・・・魔界の男は・・皆つまらないわ。いくら付き合いでもあんなパーティーに参加するのはもうこりごりだわ。ノア・・・。やっぱり貴方が最高よ。」

言いながらノアの身体に自分の身体を預け、動揺を隠すためについどうでもよい愚痴をノアにこぼしてしまう。


ピクン。

ノアの身体が一瞬硬直する。まただ・・・。いつもこうだ。私がノアに触れる瞬間、彼の身体は強張る。そんなに緊張するのだろうか・・・?これが私がノアに感じる一番大きな壁の原因の一つなのだ。

でも・・・そんなの知った事か。

「ノア・・・。私を温めてくれるわよね・・・?」

私は熱を込めた瞳でノアを見つめる。


「・・・もちろんだよ。フレア。」


言いながら、ノアは私に口付けし・・・その瞬間、私はピンときた。

ノアから・・・何やら別の女性の香りがするのを感じた。それは・・・あの憎たらしいミレーヌ達との香りとは全く違う・・・。

まさか、ノアは・・・・。

私の心に暗い影がまた一つ落ちて行く—。



 それから時が経ち・・・・ノアの心と体に少しずつ変化が現れて来た。

今迄温かみのあった身体は、私達魔族のように冷たくなりはじめ、徐々に人間界にいた時の記憶がノアから薄れて行ったのだ。


 ついにこの時がやってきたのね・・・私は思わず口角が上がってしまった。

そう・・・魔界へ人間がやってくると、不思議な事に数か月でその身体は魔族へと生まれ変わるのだ。

私がノアをこの魔界へ無理やり連れて来た一番の理由は・・・ノアを魔族へ変える為である。

後少し・・後少しでノアは完璧な魔族へと変わる・・・。

ノアが完全な魔族になってしまえば、恐らくミレーヌ達はノアに対する興味を失うだろう。

だから私は彼女達に嘘をついた。

貴女達の相手をしてきたせいで、ノアの魔族化が進んでしまった。これ以上ノアに付き合わせれば、彼は完全に魔族へと姿を変えてしまうが、それでも良いのかと問い詰めると、彼女達はあっさりノアから身を引いたのである。どうやら彼女達がノアに抱かれたかったのは・・・彼の温かい身体が目的だったようだ。

だけど私は違う。ノアの外見に惹かれたのは確かだが、一番強く惹かれたのはノアの魂だ。私と同じ・・・闇を抱えた魂。だから共感を覚え・・・彼を愛し、愛されたいと思ったのだ。

ミレーヌ達を追い払うと同時に、徐々にノアの態度が軟化してくるのを感じ、徐々に私に心を開いてくれるようになり、私は幸せを感じ始めていた。

そして、それと同時に不安な気持ちが押し寄せて来る。


きっと・・・あの時、夢の世界でノアはジェシカという人間の女と会ったのだ。そして彼女を抱いている・・・。今にきっとノアを取り戻しにこの魔界へやってくるだろう。今からその為に準備をしなくてはならない。


私はマシューが花を奪った時に、彼には内緒で探査の魔力をかけていた。

彼が『ワールズ・エンド』に門番としてやってきた時には、私の探査の魔力が発動し、自室の鏡にマシューの動向が映像化されて送られてくる。

恐らくマシューはいずれ、あの女に頼まれてこの魔界へ連れて来る日がやってくるだろう。

・・・私はマシューには何の恨みも持っていないが・・・・。

「もし・・あの女を魔界へ連れて来ようものなら・・・ただじゃ置かないわよ・・・。」

私は1人、呟いた―。




「ヴォルフ、貴方に頼みがあるのよ。」


私はヴォルフの自宅を訪ねるとすぐに切り出した。


「え?俺に頼み?」


ヴォルフはいきなり尋ねて来た私を怪訝そうに見たが、部屋へ招き入れてくれた。


2で向き合って椅子に座ると何なんだ?」


「私の可愛がっていた魔界のペット『ワールズ・エンド』でいなくなってしまったのよ。

しかもどういう手段を使ってか分からないけれども、人間界へ行ってしまったようで・・。でもあの子は賢いから、必ずきっとここへ戻って来ると思うのよ。」


「へえ~・・・フレア、ペットなんか飼っていたのか?ちっとも知らなかったな。」


ヴォルフは腕組みをしながら言った。


「ええ、しかもこのペットは変幻自在、さらに言葉を話すとても賢い子なのよ。」


「何だ?それ?そんな生物がいたのか?驚きだな・・・。」


「そうよ、しかもその本来の姿も謎なのよ。兎に角貴重な珍しい生物で・・・そこでヴォルフ。彼方にお願いしたい事があるの。」



「俺に願い・・?」


「ええ、あの子を保護する手伝いをして欲しいの。取りあえずは・・・私をこれ程までに心配させたのだから、少し反省が必要ね。地下牢と第2階層を繫ぐ用意をしてくれる?」


私はにっこり微笑みながらヴォルフに命令を下した。

そう、もしあの女が門をくぐってこの魔界へやってくれば初めに訪れるのは第1階層。きっとか弱い人間ならば、その場で魔物達の餌食になってしまうだろう。


だから・・・ヴォルフにここまで連れて来てもらうのだ。

あの女だけは許せない、私が直接ジェシカ・リッジウェイにノアから手を引くように言わなければ。そして・・もし、断ってきた場合は一生あの地下牢に閉じ込めてやるのだ—。










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