フレア ⑥
私には分かる。きっともうすぐあの女はノアを連れ戻しにこの魔界へやって来るに違いない—。
今日、私はヴォルフを家に連れて来た。ノアは初めて見る魔族の男を怪しんでいるようだったが私がこれから大事な打ち合わせがあるから部屋には近づかないように話すと、それに素直に応じる。
「ふ~ん・・・噂には聞いていたが、あの男が人間のノア・シンプソンか・・・。」
ヴォルフは自室へ招き入れた途端、ボソリと呟いた。
「え?!な・何故ヴォルフがその事を知ってるの?!」
余りの突然の言葉に私は驚き、気付けばヴォルフの襟首を掴んで詰め寄っていた。
「な・何だよ・・・。フレア、お前は知らなかったのか?今町ではその噂で持ち切りだぞ・・?ほら、俺は便利屋をやっているからそういう噂話は耳に入りやすいんだよ。」
ヴォルフが慌てたように言う。
「なら、なら・・・何故そのうわさ話がある事を私に言わないのよ!」
私はより一層襟首を締め上げながら怒鳴りつけた。
「そ、それは・・・お前が俺に何も話さないから・・内緒の話なんだろうと思って悪くて聞けなかったんだ・・・。」
こ、この男は・・・・本当になんて間抜けな男なのだろう。昔からそうだ、どこか単純で抜けている。せめてもう少し頭が切れれば、もっと使えるのに・・・。
どうせ噂の出所は分かり切っている。ミレーヌ達に間違いない。私がノアとの密会を禁じた腹いせにノアの話をばらまいたのだろう。
ただでさえ、あの女がここにやってくるかもしれないと言うのに厄介な・・・。
こうなれば魔術を使って一刻も早くノアの魔族化を早めてやろうか・・。
「おい?どうしたんだ?フレア。急に黙り込んで・・・・。」
襟首を掴まれたままのヴォルフが不思議そうな顔で尋ねて来た。そうだ、今はノアの事よりも、まずはあの女を何とかしなければ・・・。
「ヴォルフ、この間話した件は進めてくれたかしら?」
「あ、ああ・・。地下牢と第2階層を繋ぐって話だろう?一応手はずは整っているが・・・?」
「そう、それなら大丈夫ね。恐らくもうすぐ私の可愛いペットが第1階層へ現れると思うから、その時はヴォルフ。貴方がここまで連れて来て頂戴。後はそうね・・・。私が指示したらすぐに第一階層へ飛んで頂戴ね。そしてあの子を無事に地下牢まで連れて来るのよ。その際、絶対に私の事とノアの事は内緒にしておきなさい。その姿であの子の前に現れるのもよしなさい。警戒心が強い子だから・・いいわね?」
私はヴォルフの目をじっと見つめながら言い聞かせる。そう、これはヴォルフにかける催眠暗示。この男は単純だから暗示にかける事等造作も無い。嘘をつくのが下手な男なのでいっそ暗示にかけてしまったほうが確実にあの地下牢へ閉じ込める事が出来るだろう。
「わ・・・分かったよ・・・フレア・・・。」
虚ろな目のヴォルフが返事をした。更に私は仕上げの暗示をヴォルフにかける。
「いい?私は人間界へペットを連れて内緒で出かけた時に、そこでペットとはぐれてしまった。自力であの子は魔界まで戻って来るので、貴方は頼まれて迎えに来たと言いなさい。もしノア・シンプソンの名前を出されても知らないと答えるのよ。」
「ああ・・・。了解した・・・。なあ、所で・・・そのペットの名前は何て言うんだ?」
「ジェシカ・・・・よ。」
私は笑みを浮かべながら言った—。
ヴォルフに暗示をかけてから数日後・・・・。その日は突然やってきた。
たまたまこの時、私は非番で管理人はミレーヌの担当だった。
真夜中、自室にいると突然部屋の鏡が輝き出したのだ。
ついにマシューが『ワールズ・エンド』へやってきた!!
私は緊張しながら鏡の前に立ち、マシューの様子を伺った。
・・・おかしい。てっきり女が一緒だと思っていたのに姿を現したのはマシュー1人きりだ。
何処かに隠れているのだろうか?
マシューは4人の聖剣士達と何やら会話をしている。・・・しまった。音まで聞こえる魔術をかけておくべきだった。これではどんな会話がなされているのか全く見当がつかない。
私は音が聞こえない代わりに、じっと鏡から目を離さずにマシューの様子を観察し続けた。
すると突然4人の聖剣士達が剣を抜くと、いきなりマシューに切りかかって来たのだ。
「マシューッ!」
思わず声を上げてしまった。
しかしマシューは咄嗟にその場を飛び退いて攻撃を交わし、4人を相手に戦いを開始した。
マシューの戦う姿を初めて見たが・・・確かに彼は魔族の血を引くだけあって強かった。
少しの間マシューの戦いぶりを見ていると、1人の若い男が剣を構えて飛び出してきてマシューに加勢し始めた。どうやらマシューの仲間が隠れていたようだ。と言う事は・・・間違いない。ジェシカ・リッジウェイは必ずここに来ている・・・。何処?一体何処にいるのだろう?!
その時・・・・。
私は見た。マシューが背後から剣で胸を貫かれるのを。剣はマシューの胸を貫通している。
「マシューッ?!」
私は思わず悲鳴を上げてしまった。マシューは一瞬何が起きたのか分からない様で自分の胸元を見て・・・振り返った。
その視線の先には・・・。
ついに・・・ついに私はあの女の姿を確認した。
長い栗毛色の髪を広げて、泣きながらマシューに向かって駆けよって来るジェシカの姿を・・・。
紫色の大きな瞳に涙を一杯に湛えて、倒れ込んだマシューに縋りつくジェシカ。
・・・美しい・・。不覚にもそう感じてしまった。
そう、ジェシカは本当に美しい女性だったのだ。これでは・・・ノアが、マシューが恋しても当然だろう。
口から血を吐き、地面に倒れ込んだマシューに縋って泣き崩れているジェシカ。
その泣いている姿すら、彼女は美しかったのだ。
マシューは必死で何かをジェシカに話しかけているが、彼女はしきりに首を振ってマシューの側から離れようとしない。
私はその姿を見て、同じ女として確信した。
間違いない。この女・・・・ジェシカはマシューを愛しているのだと・・・。
その時、視線が切り替わり2人の聖剣士がマシュー達の元へ向かってやって来る映像が飛び込んできた。
それを見て怯えるジェシカ。・・・もうここから先は見ていられなかった。
今すぐ『ワールズ・エンド』へ向かわなければ、マシューが死んでしまう―!
慌てて部屋から飛び出すとノアに遭遇してしまった。
「どうしたの?フレア。随分慌てているようだけど?何かあったの?」
「あ、ああ。ごめんなさい、ノア。ちょっと急を要する仕事が入ったから・・・すぐにこれから出かけて来るわ。」
何とか適当な言い訳をするも、私は生きた心地がしなかった。早く、早くマシューの元へ行かなくては・・・!
「フレア?」
ノアが心配そうに覗き込んでくる。
「ノア・・・わ、私・・・。何とかしなくちゃ・・。」
気付けば私はうわ言のように口走っていた。
「何?何とかしなくちゃって?どういう意味?」
ノアの瞳が不安げに揺れている・・・。だけど、彼には何も話せない。
「い、いえ。何でも無いわ。少し・・・仕事上でトラブルがあったから出掛けて来るわ。・・・今夜は戻れないかも・・・。」
「え?今までそんな事一度も無かったのに?それ程重大なトラブルがあったの?!」
「い、いえ。大丈夫よ、ノアは何も心配しないで。大人しくここで待っていてね。」
ノアが驚いた様に目を見開いたが、私は何とか冷静に言った。
まだ何か私に聞きたい事があるようだったが、ノアはそこで大人しく口を噤んでくれた。
私はその場で転移魔法を唱えると『ワールズ・エンド』へ飛んだ。
マシュー、どうか無事でいてと祈りながら—。
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