フレア ④
ノアを迎え入れてから数日が経過した頃・・・・。
「ねえ、フレア。貴女・・・人間の男を囲ってるでしょう?」
私と同じ花の管理人をしている仲間のミレーヌが町中で声をかけてきた。
チッ。まずい女にみつかってしまったわ・・・。思わず心の中で舌打ちをする。しかし、何故バレたのだろう?ノアには一歩も屋敷の中から外へは出ないように釘を刺しておいたのに。それに特殊な門を使って花畑から我が家へ一気に飛んだので誰にも見られていないはずなのに・・・何故?
「あら?一体何の事かしら?私にはさっぱり分からないけど。」
素っ気ない態度で言って、そのまま彼女の前を通り過ぎようとしたがミレーヌはそれを許さなかった。
キイイイイーン・・・。
微かに耳の中で響く高い音・・・。しまった、影縛りの術をかけられた。これでは一歩も身動きが取れない。
「ねえ?そんなに焦って家にでも帰るつもりなのかしら?ほら、私達『花の管理人』は盗人がいないか、常に監視していなくちゃならないじゃない?だから私はあの辺一帯に魔法をかけておいたのよ。勿論『ワールズ・エンド』にもね。そこで侵入者が現れた場合、映像が私の家の鏡に送られて来るんだけど・・・。」
ミレーヌは言いながら私の前で水晶玉を取り出して言った。
「ほら、見てよ。」
すると、水晶玉に映像が流れ・・・私は息を飲んだ。
そこにはマシューが花を盗み、『ワールズ・エンド』で起こった出来事の一部始終が収められていたのだ。勿論最後は私がノアを連れて自宅へ連れて帰る映像までが・・・。
「ねえ、フレア・・・。貴女分かってる?人間を魔界へ連れてくる事は・・・魔王様
が居なくなってからは禁止されちゃったじゃない?これを破ると重い罰が下されるのよ?折角手に入れたこの地位も奪われ、ひょっとすると全ての魔力を奪われた挙句、第一階層に落とされるかもしれないわよ・・・?そうなってもいいの?」
・・・ミレーヌは何が言いたいのだろうか・・。私を脅迫しているのは明白だ。では何を要求してくるつもりだ?
「・・・何が望みなの・・・?」
私は憎悪の籠った目でミレーヌを睨み付けた。しかし、彼女はそれに怯む事も無く、嬉しそうに言った。
「あら、流石はフレアね。話の呑み込みが早くて助かるわ。ねえ・・・悪い事は言わないわ。この男・・・物凄く美しいわよね・・・。私達に頂戴よ。そしたら上官達には黙っていてあげるから。」
やはり・・・要求はノアだったのか・・・。それにしても・・。
「ねえ、ちょっと待って。私達って・・・他に誰がいるの?」
「いやねえ~。門番は全部で何人いると思ってるのよ。」
ミレーヌは妙に色気を含むようなしぐさで私を見る。
「ま・まさか・・・・。」
冷汗が流れて来た。
「そうよ~。門番の女達全員じゃない。実は今ね・・・他の非番の2人が貴女の家に行ってるのよ。今頃この彼氏とお話ししてるんじゃないかしら?」
「な・・・何ですって?!」
私は耳を疑った。
「早く!早くこの術を解きなさいよっ!!」
ヒステリックに叫びながらミレーヌを睨み付けた。
「おお怖い・・・。あの美しい彼だって貴女みたいな気性の激しい女よりも私達のような女と暮したほうが幸せだと思わない?」
「はあ・・・?ふざけないで!第一・・ミレーヌ!貴女が一番残虐なのは誰もが知ってる事でしょう?!」
この女・・・ミレーヌは以前『七色の花』を盗もうとした第2階層の魔族をその場で残虐な手段で殺害したことがあるのだ。しかも高笑いしながら・・・。
「あら?私は盗人には手厳しいかもしれないけど・・・・それ以外には優しいわよ。特に美しい男性なら尚更ね?」
間違いない・・・。ミレーヌたちは私がノアを連れて来た時から脅迫する機会をうかがっていたのだ。今日、私は上官から呼び出しを受けていた。この留守を狙っていたのだろう。
「く・・・。」
私はミレーヌにかけられた影縛りの術を無理やり解く・・・。
ポタ・ポタ・・・・。
身体のあちこちから血が滲みだしてきた。
「フ、フレア・・・。」
ミレーヌの顔に焦りの表情が現れた。最後の術を解いた途端、私の身体から大量に血が溢れ出す。
「く・・・・。」
激痛と出血で気が遠くなりそうだが、私は何とかその場に踏みとどまり、身体の出血を止める術を自分にかける。
「ま、まさか・・・自分で術を解くなんて・・・」
ミレーヌは血に染まった私を恐怖の混じった目で見つめている。
「ノアの所へ戻るわ・・・。ミレーヌ、貴女にも来てもらうわよ。」
私はミレーヌの手首を捕えると転移魔法を唱えた—。
「フ、フレア!一体どうしたの?!君の着ている服・・・血まみれじゃ無いか!」
血に染まった服を着て、ミレーヌを伴って帰宅した私を見たノアが慌てて私の所へ駆け寄って来た。
部屋の奥には『花の管理人』である、シモンとレイラもいる。彼女達は図々しくもお茶を飲んでいるでは無いか。
「私は大丈夫よ・・・それより、ノア。無事だったの?」
ノアの両腕を掴むと言った。
「え・・?僕は無事だけど・・・でも一体何が何だか・・・。」
すると私の背後からそれまで黙っていたミレーヌが出て来てノアに話しかけて来た。
「まあ・・・貴方があの、人間界からやってきた・・・ノアね。ほんと・・・見れば見る程美しいわ・・・。人間にしておくのは勿体ない位・・・。」
うっとりとした目つきでミレーヌがノアに話しかける。
「・・・君は一体誰?どうして僕の事を知ってるの?」
ノアは警戒するかのようにミレーヌを見た。
「私はね、というか・・ここにいる全員『花の管理人』をしているのよ。可哀そうに・・・貴方、『花』と引き換えにここにいるフレアに拉致されてしまったんでしょう・・・?そしてこの屋敷に幽閉されている・・・。」
ノアは黙って話を聞いている。
「あのね、実は人間を魔界へ連れてくる事は御法度なのよ。もしこの契約を破れば、私達・・・只ではすまされないの。それなのに、そこにいるフレアはその決まりを破ったのよ。」
ミレーヌはチラリと私を見ながら言った。
「え・・・?」
ノアがピクリと動き、私の方を見つめた。
「フレア・・・その話・・・本当なの・・・?」
「・・・。」
しかし、私は答えられず・・・視線を逸らして俯いた。
「もし、私の誰かがこの話を上の魔族に報告すれば・・・たちまちフレアは拘束され、重い罪に問われるわ。それに・・・貴方だってどうなるか分かったものじゃない。」
奥からシモンが出て来て会話に混ざって来た。
「だから・・・私達が黙っててあげる・・・その代わりに・・・貴方、私達に飼われなさいよ。フフフ・・・可愛がってあげるから。」
レイラが言う。
「駄目よ!ノア!聞く耳を持ったら!いいわ、訴えたければ言いなさい!私はどんな罰でも受けるつもりよ!ただ、その代わり・・・ノアに指一本でも触れようものなら・・私は貴女達を許さない!全員八つ裂きにしてやる!」
「フ、フレア・・・。」
ノアが戸惑いながら私を見た。
「な・・何ですって・・・。」
ミレーヌが信じられないと言わんばかりの顔で私を見た。
「あんたが、たった1人で私達全員を相手に?ハンッ!やれるものならやってみなさいよ!」
ミレーヌが言うと、シモンとレイラが一瞬で私の背後に回る。その時—
「待って!」
ノアが突然叫び、ミレーヌに言った。
「お願いだ・・・フレアに手を出さないで。・・・君達の言う通りにするから・・・この件を内緒にして欲しいんだ・・・。」
「ノア!何を言うの!」
「フフ・・話の理解が早くて助かるわ・・。」
ミレーヌが笑みを浮かべる。しかし、次にノアは意外な事を言った。
「君達の言う通りにはするけど・・・どうかフレアの家に住み続ける事だけは許可して欲しいんだ。分かってるんだよ・・・。君達の考えは・・・。僕に相手をしてもらいたんだろう?」
ノアはゆっくりミレーヌたちを見渡しながら言った。途端に3人の女達は顔を赤らめて、小さく頷く。
「いいよ、僕は別に構わない。・・・ただし、1日1人にしてくれ。」
「「「え、ええ・・・。私達はそれでも全然構わないわ!」」」
綺麗に声を揃えて言う彼女達を・・・私は恨めし気に見つめるしか出来なかった―。
こうしてノアを私の失態で男娼にさせてしまった。
本当にもっと早くノアの状態に気が付いていれば・・・絶対にあんな真似はさせなかったのに・・・!
やはり、ここに連れて来たのは間違いだったのかもしれない・・・。
それでも私はノアを手放したくはなかったのだ―。
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