第2章 7 私の御主人様?

 青年は私を羽交い締めにしたまま離さない。そして金色に光る目でじっと見つめている。

「あ、あの・・・わ、私は・・・。」


「勝手にいなくなるな。俺はお前を第3階層まで必ず連れてくるように命じられているんだ。分かったか?」


「は、はい・・・。」

コクコクと私は頷く。すると青年は溜息をつきながらようやく私を離すと、その場に崩れ落ちた。


「だ、大丈夫ですかっ?!」

私は慌てて青年の側にしゃがみ込んで顔を覗き込んだ。


「全く・・・何故俺が・・こんなお前のような奴を相手に・・・。」


青年は苦しそうに眉をしかめながら私をじろりと睨みつけながら言った。う・・た、確かに私は何一つ頼りにならない人間だけども・・・。


「・・・す、すみません・・・。」

何も言い返す事が出来ずに謝罪するしか無かった。すると青年が少し狼狽えたように言った


「あ・・・そ、その・・すまん。きつい言い方をしてしまって・・・。お前が俺の傷の手当てをしたんだろう・・?」


青年は自分の足に巻かれたリネンを指差して言った。


「は、はい・・・。酷く出血していたので・・・せめて止血だけでもと思って。」


「そうか。」


フイと青年は私から視線を逸らすと言った。洞窟の中で彼の顔色は、より一層悪そうに見えた。


「あ、あの・・・。まだ具合が悪いんじゃないですか?」


遠慮がちに尋ねると青年は言った。


「具合・・ね。悪そうに見えるか?」


何故か逆に質問してくる。


「はい・・・良いようには見えませんけど?傷口・・そんなに痛むのですか?」


「いや・・・。違う・・・。単なる・・・魔力・・切れ・・だ・・・。」


青年は答えると、再び目を閉じてしまった。


「え?あ、あの!どうしたんですか?!」


 驚いて顔を覗き込んだ私は息を飲んだ。さっきよりますます顔色が青ざめ、薄っすらと光っていた肌は今ではその光すら消えていた。

どうしよう、確か意識を失う直前に魔力切れと言っていたけれども・・・そう言えばマリウスが私を連れて実家まで転移魔法を使った時、魔力切れで死にかけた事があった。その時・・・私が魔力を分けてあげたんだった・・・。でも、彼は魔族。私は今目の前で倒れている彼に魔力を分ける事が出来るのだろうか・・?

 そう言えば、マシューが私に魔界の魔力を分けてくれていたっけ。

果たしてうまくいくのだろうか・・・。

「マシュー・・・。貴方が折角私に分けてくれた魔族の魔力・・・彼に渡してもいいよね・・・・?」

その瞬間、私に額が一瞬熱くなった・・・・気がする。まるでマシューが返事をしてくれたかのように感じられた。


 私は倒れている青年の手を両手で握り締めると心の中で願った。

<お願い、どうか・・・私に中にあるマシューが分けてくれた魔族の魔力を全てこの彼の元へ・・・・!。>

こんな方法で魔力を渡せるとはちっとも思えなかったが、今の私にはこの方法しか考えが付かなかった。後はもう祈るしかない。

 すると・・・ある異変を感じ始めた。

私の体の中からまるで温かい熱のような物が湧き出て来るのを感じた。そしてその熱はやがて指先に移動し、握りしめている青年に流れて行くのを私は感じ取る事が出来たのだ。

これって・・・魔力が彼に元へ流れて行ってるって証拠・・?やがて、私はどんどん身体がだるくなってくるのを感じ・・そのまま酷い眠気が襲ってきて・・・いつしか眠ってしまった―。



 ピチャン・ピチャン・・・。

何処かで水音が聞こえる・・・。重たい瞼を薄っすらと開けて私は目を見開き、目の前に青年がいて私に腕枕をするような恰好で眠っている事に気が付いた。

え?こ、これは・・・一体どういう事?!

 思わず身じろぐと、青年がパチリと目を開けた。


「ああ・・・起きたのか?」


「は、はい・・・!」

か・顔が・・・近い・・・!慌てて身体を起こす私。すると青年も身体を起こし、私の方を見ると言った。


「おい。お前が・・・俺に魔力を分けてくれたのか?」


「え?!」

驚いて青年を振り向く私。それじゃ・・・彼が意識を取り戻したのは、やっぱり私の中の魔族の魔力がうまい具合にこの青年に流れ込んでくれたのだろう。


「もう・・身体は大丈夫なんですか?」


「ああ、お前のお陰で大分身体が楽になった。」


何を考えているのか良く分からない表情で言う青年。


「そうですか、なら早速第3階層へ向けて・・・。」


そこまで言いかけて私はグラリと眩暈を起こし、倒れ込みそうになった。


「危ない!」


咄嗟に私を支える青年。

「あ・・・ありがとうございます・・・。」


「全く・・・無茶をするな。いいか?お前は俺に自分の魔力を渡したんだぞ?自分でも気づいていないかもしれないが、それはかなりの量の魔力だったんだ。その証拠に・・・。」


青年は私を地面に降ろすと、おもむろに自分のシャツをはだけて、お腹の部分を見せた。


「!」


突然の彼の行動に私は驚いたが、それ以上に驚きの事実を目にした。

彼の腹部に出来ていた傷が綺麗に消えていたのだった。


「き・・傷が・・消えてます・・ね・・?」


私はまじまじと彼の傷があったと思われる場所を見た。


「ああ、そうだ。さっき気が付いた。ついでに言えば・・・多分足の傷も治っていると思う。全く痛みを感じないからな。」


言いながら、青年はシャツを元に戻した。


「お前・・・何者だ?」


「え?」


「魔力を分け与えると同時に、傷まで治すなんて・・・並大抵の事じゃこんな事は出来やしない。」


青年は金色に光る眼で私をじっと見つめる。


「は、はあ・・・。」

この青年の元の姿はあの巨大なオオカミなのだ。だからだろうか・・・ただこちらを見ているだけのはずなのに、物凄い圧を感じる・・。


「まあ、猫のくせに言葉を話すしな・・・。それに・・お前は何だか不思議な存在だ。人間界の魔力も感じられる・・。それに人間界以外の不思議な空気を身に纏っているんだよな・・・。本当にただのネコなのか?」


「へ?猫?」


そこまで言われて、私はピンときた。そう言えば・・・私は魔女のアイテムで猫に見える魔法のアイテムを身に付けていたのだった!猫耳のカチューシャに、猫のしっぽ・・・。それじゃ、今の今迄この青年は私の事をただの猫だと・・・?

どうしよう?本当の事を言うべきだろうか?でも・・・ただのか弱い猫だと思わせていた方が、私にとっては何かと都合が良いかもしれない。


「どうした?ブツブツ呟いて・・。」


「い、いえ。何でもありません。」


「まあ、離れ離れになったご主人様に早く会いたい気持ちは分かるが、そんなに焦るな。」


「へ?ご主人様?」


「ああ。お前のご主人様がお前を連れて人間界に出掛けた時に、そこではぐれてしまったんだろう?お前は人間界に取り残されてしまったが、何とか自力で魔界にまで戻って来れた。そしてそのお前をご主人様の元へ送り届けるまでが俺の仕事だ。・・そう聞いているが?」


「は、はあ・・・。」

え?一体何?その話は?誰がそんな出鱈目な話を・・・・もしかしてノア先輩が作った話なのだろうか・・・?という事は、あの時の声の主はひょっとするとノア先輩だったの・・?


 私は目の前の青年をマジマジと見つめた。私はこの青年を今の今までノア先輩の使い魔か何かと思っていたが・・・ひょっとするとノア先輩は彼の雇用主なのだろうか・・?臨時に雇われたのかなあ・・?


「何だ?そんなにじっと見られても、今すぐには出発は出来ないぞ。俺の魔力もまだ完全に戻っていないし、第一お前だって完全に魔力が切れているじゃないか。これでは無事に第3階層まで辿り着くなんて不可能だ。取り合えず今日はこの洞窟で休んでいくぞ。」


 そして奥に置いてある果実を指さすと私に言った。


「・・おい、あの果実はお前が取って来たのか?」


「は、はい・・・。お腹が空いていたので・・。」


「ふ~ん・・・。」


青年はジロジロと私を見つめて来る。し、しまった・・・。猫があんなに沢山果実を持ってきたなんて怪しまれるかも・・・。


「・・貰っていいのか?」


青年が遠慮がちに尋ねて来た。


「は、はい!どうぞ!」

良かった!変に思われていない様だ!


「よし、それじゃ・・一緒に食うか・・?」


そこで初めて青年は笑った。それはまるで子供の様な無邪気な笑顔に見えた—。












 











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