第2章 6 洞窟の主
だ、誰・・・この男の人は・・・?恐る恐る近寄り、改めて見直してみる。
年齢は私と同世代くらいであろうか・・・腰まで伸びた青く長い髪は後ろで1つにまとめている。耳は人間の耳よりは少しだけ大きく、先端が心なしかとがって見える。そして独特なのはその肌の色。青みを帯びて、うっすらと光を放っているようだ。
綺麗な肌・・・。思わず見惚れてしまった。でも殆ど人間とは大差ない外見のように見える。この人も・・・魔族・・・?
服装は白いシャツに茶色のベストにボトムス、そして足は皮のブーツ・・・え・・?
その時私は気が付いた。この男性は右足を怪我しているのか、血が滲んだリネンを足に巻き付けている。
ま、まさかこれって・・・?
私は眠り続けている青年の顔をまじまじと見つめた。
青く長い睫に切れ長の青い眉・・・・そして長く美しい青い髪・・・。
ま、まさかこの男性は・・私をここまで連れて来てくれた・・オオカミ・・?!
本当は今すぐにでも彼を起こして、何者なのか問い詰めたい。けれども時折苦し気に唸りながら横たわっている彼を無理やり起こして質問するなんて事は到底出来るはずが無い。
「ううう・・・。」
青年は苦し気に時折唸っている。傷口が痛むのであろうか?
私は額に手を当ててみると、驚く程に熱を持っている。熱が出ているのかもしれない。
リネンを切り裂いて、手頃な大きさにすると先程の湧き水のある場所へ急いで向かった。水にリネンを浸して絞ると、それを持って青年の元へ向かう。
「大丈夫・・・?しっかりして・・。」
私は青年の額に絞ったリネンを乗せ、ずり落ちないように手で押さえてあげた。
頭が冷えて少しは楽になったのか、青年の苦痛の表情が少しだけ和らいだように感じる。だけど、こんな岩肌でゴツゴツしたような場所で大怪我を負った状態で寝ているのは非常に良く無い状態だと思う。けれども今の私にはこれ以上どうしてあげる事も出来ない。こんな事なら荷物が増えても薄手の毛布くらいは持って来るべきだったな・・。
私は青年の側に座って膝を抱えると言った。
「どうかお願い・・・早く良くなって・・・。」
・・・喉が渇いたな・・・。
あれからどれくらい時間が経過したのだろうか。青年は一向に目を覚ます様子は無いし、洞窟の中に居ても時間の感覚がさっぱり分からない。・・一度洞窟の外に出れば様子が分かるかな・・?
青年をチラリと見ても今のところ大きな変化は見られない。少しくらいこの場所から離れても大丈夫そうだろう。私は立ち上がると、洞窟の外へ向かった―。
「う~ん・・・。困ったな・・。これじゃちっとも時間の感覚が分からないわ。」
空を見上げて私は溜息をついた。
相変わらずどんよりとした空は少しだけ明るく光っている。全く変化が無い空だ。
マシューが言った通り、魔界の空は何とも言えず・・・とても寂しいものだった。
「マシュー・・・。」
私はポツリと呟いた。第2階層へやってきて、今初めてマシューの事を思い出した。
いや、意識的に思い出さないようにしていたのかもしれない。何故ならマシューの事を思い出すだけで、胸が締め付けられそうに苦しく、切ない気持ちになるのだから。
ビュオッ!!
その時、突如一陣の強い風が吹いて私は舞い上がる髪の毛を押さえて目を閉じた。
そして次に目を開けた時・・・目の前に魔物の姿があるのを目にした。その姿はまるでライオンのように巨大な鳥であった。その外見は何処となくハゲタカのようにも見える。
巨大な鳥は私を見るとくちばしを開けて言った。
<何だ?貴様は・・・・ここは俺の縄張りだ。早く出て行けっ!>
眼前にいる巨大な鳥の姿に私は恐怖で身がすくんでしまった。で、でも・・・この洞窟の奥には意識を無くした彼がいる・・・!
「ど・・・どうかお願いです・・・。この洞窟の奥には怪我をした人が意識を無くして眠っているのです。その怪我人が目を覚ますまで、どうかこちらに置いていただけないでしょうか・・・?」
私は震える声で必死に懇願した。
<何だと・・・?!俺の聖域に他の奴が勝手に入り込んでいるだと・・?!>
巨大鳥は私の言葉にますます怒りが増したようで大きな羽をはばたかせながら言った。
<ゆ・・・許せん・・・っ!今すぐ捻りつぶしてくれる・・・!まずは・・貴様からだっ!!>
巨大長は羽をばたつかせて空中に舞い上がると、上空でピタリと止まり、突然私に向かって急降下してきた。
こ、殺される―っ!!
「た・・・助けて・・・マシューッ!!」
恐怖で目を閉じ、咄嗟に今はいないマシューに私は助けを求めて叫んでいた。
すると突然私の額が今迄に無い位、熱い熱を持ち、それが一筋の光となって巨大鳥に向かって放たれた。
<ギャアアアアアッ!!>
光に身体を貫かれた巨大鳥は耳を塞ぎたくなるような恐ろしい咆哮を轟かせながら、地面へ真っ逆さまに落ちて行き・・・。
ドガアアアッンッ!!
激しい音と共に地面に叩きつけられた。
「・・・・。」
何が起こったのか訳が分からない私はその様子をただ茫然と眺めていたが、やがて我に返り、恐る恐る巨大鳥に近寄ってみた。
地面に半分以上頭から突き刺さった身体はピクリとも動かない。まさか・・・落下したショックで死んでしまったのだろうか・・。
試しに長い棒きれを拾って、突いてみるが無反応だ。どうやら偶然?にも私はこの魔物を倒したようだ。う~ん・・・これがRPGの世界だったら、きっとレベルが上がって強くなれたはずなのに、生憎ここはその様な世界では無いので、私は結局弱いまま・・・。だけど・・私の額から放たれたあの光は・・間違いない・・!
マシューの言葉が蘇って来る。
<俺の守りの加護がきっとジェシカを守ってくれるはずだ。だから心配する事は無いよ。俺の事を信じてくれるほどに、その加護は強くなるから。必ず君を守ると誓ってみせる。>
マシューの言った言葉はこの事を意味していたのだ。死してもなお、マシューは私の事を守ってくれている。・・・・でもこの加護は何時まで続くのだろう・・・。もうマシューはこの世にはいない。だからいきなり加護が消えてしまう・・・なんて事もありえるかもしれない。
もし・・・彼が・・・。私は後ろを振り返った。
青年はまだ目を覚ます様子はない。もし、このまま彼が目を覚まさなかったら・・?いや、それどころか目を覚ますことなく彼が死んでしまったら・・・?私はたった1人でノア先輩の待つ第3階層に行かなくてはならなくなるのだ。急がなければ・・・マシューにかけられた加護の魔法の効力が切れてしまう前に、なんとしてもノア先輩の元へ・・・!考えてみれば私は相手の居場所が何処か分かるマジックアイテムの鏡を持っていたのだ。これを使えば私一人でも第3階層に行く事が可能なはず・・。
私は青年の元へ行ってみた。相変わらず彼は眠り続けているが、少しは顔色が良くなっているように感じる。それなら・・・。
リュックサックから取って来た果実を全て取り出すと、私は恐る恐る林の中で皮をむいておいた果実を少しだけかじって食べてみる。
ゴクン。
あ、美味しい。
「・・・・・・・。」
少しだけ待ってみても身体に特に異変は無い。
「良かった・・・・。これは私でも食べられる果実だったんだ・・。」
私は眠り続けている青年の側に自分が取って来た果実の半分以上を置いた。
そして残りは自分のリュックに戻して、背中に背負う。
「ごめんなさい・・・。本当は貴方の目が覚めるまでは側にいてあげないといけないんだろうけど・・。」
私は青年の前髪にそっと触れながら言った。
「一刻も早くノア先輩の元へ行かなくてはならないの・・・・。だから・・先に行かせてね・・。」
そして私は立ち上がり、洞窟の外へ向かって歩き出したその時。
「何処へ行く?」
背後から突然声をかけられ、気付いた時には私は青年の腕に囚われていた。
「たった1人きりで一体何処へ行くつもりだ?」
見上げると、青年の目は金色に怪しく光り輝いていた—。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます