第2章 1 ついに魔界へ
魔女の魔法のお陰で私達は一瞬で森を抜ける事が出来た。
私の手の中には魔女から貰った猫耳のカチューシャと猫のしっぽが握り締められている。この2つのマジックアイテムは魔女から、ほんの餞別よと言ってプレゼントして貰ったものだ。
しかし、結局魔女からは私が何故特別な存在なのかを教えて貰う事は出来なかったが代わりにこう言った。
いつかまた何処かで出会う時が来たら、その時に全ての答えが分かるはず—と。
しかしそんな時がやってくるのだろうか・・・?
そもそも私自身が未だに魔界へ行く理由の記憶を取り戻していないからだ。魔女の話では、私はある男性を助ける為にこの世界へやってきたらしいが、無事に魔界へ辿り着けるかも、まして一緒に連れて帰れるかどうかの保証も無いはずだったのに。
それでも私は自分の身を危険にさらしてまで魔界へ向かおうとしていたなんて・・
そこまで大切な人だったのだろうか・・?
「どうしたの?ハルカ。もしかして・・・これから魔界へ行くの・・緊張している?ハルカさえ良かったら・・・魔界へ行く日程を・・少し先延ばしにしてもいいんだよ?何も今からすぐに向かわなくても・・・。」
アンジュが躊躇いがちに声をかけてきたが、私は首を振った。
「いいの、アンジュ。いますぐ私は魔界へ向かうわ。だって、アンジュ・・・さっき教えてくれたでしょう?あまり長い間、人間が魔界に留まっているといずれは魔族になってしまう・・・って。そうなる前に私はこの世界へやってきたはずなんだから・・・。ゆっくりなんてしていられないわ。」
「そうか・・・ハルカの意思がそこまで固いなら・・・。」
それから先、アンジュは黙りこんでしまった。私もこれから向かう魔界の事で頭が一杯だったので2人とも其のまま無言で歩き続け・・・。
「ハルカ・・・。着いたよ。門へ・・・。」
アンジュが私の方を振り向くと言った。
「あ・・・。」
私は門を見上げた。
初めてこの世界へ来た時も、同じ場所に立っていたはずなのに、やはり私には何の記憶も無かった。でも・・今私が握りしめている、この魔界の門を開く鍵を使って、この門をくぐれば・・・恐らく私は記憶を取り戻すのだろう。一体どんな経験をして、どんな思いでこの門をくぐって来たのか・・・それがもうすぐ分かる。
「ハルカ・・・。」
アンジュが私の肩に手を置くと言った。
「いいかい?魔界はとても寒い場所なんだ。でもどうやら君は事前に魔界がとても寒い場所だと言う事を知っていたようだね?だってハルカが持ってきた鞄の中には防寒具が沢山入っているから・・・。今すぐに防寒着を身に付けた方がいいよ?それに魔女がくれたアイテムもね。」
「うん、そうね。」
そこで私は手袋やマフラー、そして分厚い防寒具にマントを羽織った。頭には猫耳のカチューシャ、そして猫の尻尾を落ちないようにしっかり留める。すると、私の姿は猫になってしまったのか、アンジュが私の足元を見ながら言った。
「ハルカ、すっかり可愛らしい猫の姿になったね・・・。いいかい、ハルカ。もし探し人を見つけて、連れ出す事に成功したら、まずは必ずこの世界へ戻って来るんだよ。分かったね?そしてボクの元に来るんだよ。」
「わ・・・分かったわ。」
「うん・・・。ハルカ・・・。無事を祈るよ・・。」
アンジュは微笑みながら言った。
「アンジュ・・ありがとう・・・。」
「ハルカ・・・。この門をくぐれば、無くした記憶が一気に戻って来ると思うけど・・・例えどんな記憶でも気をしっかり持つんだよ?そうでなければ無事にこの世界へ戻って来れないかもしれないから・・・。」
「・・・覚悟は出来てるわ。」
私は鍵を握り締めながら言った。
「そうか・・なら、いいんだ。それじゃハルカ、鍵を使って門を開けるんだ。」
アンジュに促されて私は『魔界の門の鍵』を鍵穴に差し込んで回した—。
途端に眩しい光に包まれる私・・・。アンジュが外側から門を閉じたのだろう。
バンッと音が鳴り、私の背後で門が閉じられた。そして一気に蘇って来る私の記憶・・・。
昼か夜かも分からない、薄暗くてとても寒い大地。
私はあふれる涙を拭いながら遠くに見える城へ向かって歩いている。
今私の胸の中にあるのは激しい喪失感。とても・・・とても大切な人を私は失ってしまった。守って貰うばかりで、助けて貰うばかりで、私はマシューに何もしてあげる事が出来なかった。もう二度と会う事が出来ない・・・かけがえのない人。
でもいけない。
いつまでも泣いていたって、マシューはもう二度と帰ってこないのだ。私はマシューが残してくれた言葉を思い出す。
―無事にノア先輩を助け出せる手助けをするのが俺の役目だと思っているから―
そう、私はマシューと約束したのだ。
必ずノア先輩を魔界から助け出し、2人で一緒に元の世界へ戻って来ると。
私を助けるために犠牲になったノア先輩。今もきっとこのとても寒い世界で寒さに震えて私が来るのを待っているかもしれない。
だから今はノア先輩を助ける事だけに集中しなければ・・・。
もういないマシューに心の中で私は言った。
見ていてね。マシュー。私・・・必ずノア先輩を見つけて、無事に連れ帰って来るからね・・・!
「え・・・?」
その時、私は自分の額が熱くなるのを感じた。そこに触れてみると、熱を帯びていた。
これは・・・マシューが私に付けてくれた魔物達から私を守ってくれると言う印・・・。
え・・・?確か魔女はこの魔法は消えてしまっていると言っていたはずなのに・・。
魔界へ来た事で、この力が復活したのだろうか?
再び熱いものが込み上げてきて、私は声を殺して泣いた。
ごめんなさい・・・。一時でも貴方を忘れてしまっていたなんて。
守りの印を付けてくれたマシュー。そして・・・あの時の口付けは恐らくマシューが私に魔族の力を分けてくれたのだろう。だから魔女やアンジュに言われたのだ。
私から魔族の魔力を感じると・・・。きっとマシューは私が無事にノア先輩の所まで辿り着く事が出来るように守ってくれようとしていたんだ。
私は・・・こんなにもマシューに愛されていたなんて・・ちっとも気が付いていなかった。
私は零れ落ちる涙を今一度拭うと、前を向いた。
恐らく、あの場所は魔女が言っていた第1階層。知性が最も低い凶暴な魔物達が生息すると言う・・・。
私は口の中でそっと呟いた。
「マシュー・・・。どうか私を守ってね・・・。」
するとそれに応えるかのように、私の額が一段と熱くなるのを感じた―。
私は今城の前に立っている。ここに立っているだけで、まがまがしく、恐ろしい気配を感じる。
足を震わせながら、そこに立っているのがやっとだった。どうしよう、すごく怖い。でも、この城の中に入らなければ・・・ここを無事に通り抜けなければ私はノア先輩の元へ辿り着く事が出来ない・・・!
一度だけ、ギュッと目をつぶると覚悟を決めた。よ、よし・・・この城の門を開けて中へ入るのだ・・・・。
ギイイ~ッ・・・・。
怖ろしい音を立てながら木で作られた門をそっと開ける。ただ、開けただけなのにドアの開閉音だけで心臓が止まりそうになるくらいの恐怖を感じてしまう。
中を覗いて見ても、魔物の姿が一つも見えない。ここにはいないのだろうか・・・。
魔族達は城の中にいるのだろうか?
震える身体で、私は一歩中へ足を踏み入れた時―。
グルルル・・・・・。
背後で恐ろしい唸り声が聞こえ、私は全身の血が凍り付きそうになった。
も、もしかすると・・・魔族が・・?
私は恐る恐る後ろを振り返った―。
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