第2章 2 魔界の迷宮
こ、怖い・・・。でも振り向かなければ。いきなり背後から襲われるほうが余程恐ろしくてたまらない。き、きっと大丈夫・・。今の私は魔界に生息するただの猫の姿をしているはず。それにマシューから分けてもらった魔力を持っているのだから人間だとは、ばれないはず・・。
心の中で言い聞かせながら私は恐る恐る背後を振り返り、思わず悲鳴を上げそうになった。すぐ背後にいたのは私の身体よりもはるかに大きい青いオオカミだったのだ。
オオカミの瞳は金色に輝き、半分ほど開いた口からは鋭い牙が見え、荒い息を吐いている。ど、どうしよう・・・た、食べられる・・・・。
もう立っているのがやっとだった私は、恐怖で体が固まって動けなくなっていた。
ああ・・・このまま私は魔族の餌にされて死んでしまうのだろうか・・・。まだノア先輩のいる第3階層どころか、城の中へまで進めてすらいないのに・・・。
でもどうせ殺られるなら、痛い思いをしないで、一瞬で命を奪って欲しい・・!
だけどやはり死の恐怖に耐え切れずに、目をギュっと瞑ると無意識のうちに心の中で今は亡きマシューに助けを求めていた。
(マシューッ!助けてっ!!)
すると一瞬額が熱く燃える様な熱を帯びた。そして目を閉じてはいたが、私には何故かオオカミが怯む気配を感じた。
え・・?これは一体・・?
そこから異様な静けさが1分2分と経過していく・・・。しかし怖くて堪らない私は目を開ける事が出来ずにいたが、一向にオオカミは襲って来ない。
「・・・?」
恐る恐る目を開けると、そこにいたはずのオオカミの気配が消えている。え・・・?一体これはどういう事なのだろいうか・・・?
まさか・・・私があまりにもか弱い存在だったから・・・見逃してくれた?
それとも、マシューに助けを求めた瞬間私の額に付けられた目に見えない印が熱く熱を持った。ひょっとするとマシューが助けてくれたのでは無いだろうか・・・?
「きっと・・・そう、マシューが私を守ってくれているに決まっている・・・。」
そう思うと、今まで感じていた恐怖心が大分薄らいでくれた。
そうだ、私にはマシューが付けてくれた守りの印が残されている。そしてマシューが私に分けてくれた魔力が・・・。
「マシュー・・・。私を見守っていてね・・・。」
マシューによって勇気づけられた私は城の中へ足を踏み入れた・・・。
城の中は、外に比べればまだ多少は寒さはましであったけれども、ひんやりと湿り気を帯びている。空気はカビた臭いがして辺りは何故か薄暗い靄で覆われて視界が非常に悪い。これではいつどこから魔物が襲ってきても姿が見えない・・・!
私は周囲に気を配りながら、壁を背中につけて歩く事にした。こうしておけばいきなり背後から襲われる事が無いからだ。
アンジュから聞いた話によると、第2階層へ続く道は城の入り口から入り、長く続く回廊を抜けた先に、『鏡の間』と呼ばれる部屋がある。そこにおかれている『鏡』が入り口となっているらしい。
この鏡はある一定以上の知性が無い生き物は通り抜ける事が出来ないと言われている。
「まあ・・・さすがに通り抜けられないって事は無いと思うんだけどね・・・。」
微かな不安が残されてはいるけれども、一応私はセント・レイズ学院の才女で通っている。うん、だから多分大丈夫・・・だと思う。
どこまでも長く続く回廊を歩き続けているが、先程から妙な違和感を私は感じていた。どうして・・・この城の中には魔物の姿が無いのだろう?魔女の話では第1階層には知性が最も低い凶暴な魔物達が生息すると聞かされていたのに、この城の入口で出会った魔物は巨大なオオカミ一匹のみ。
けれども時折何処か遠くから聞こえて来る獣のように吠える声や、何者かが闇の中で蠢いている気配を感じる事は出来るのだが、一向に私に接触してくる魔族はいない。
最もその方が私にとってありがたいのは確かなのだが・・・。
「お願いだから・・・『鏡の間』までは何も出てこないでよ・・・。」
私は小声でぽつりと言った。早く、早くこの回廊を抜けなくては・・・!
しかし、歩いても歩いてもなかなか回廊を抜ける事が出来ない。まるで迷宮にはまってしまったかのような錯覚を覚えて来た。
「あれ・・・?おかしい・・・さっきもここを通った気がするんだけど・・・?」
私は歩きながら辺りを見渡して、足を止めた。
先程までずっと恐怖で緊張しながら歩いていたので私は周囲を観察していなかったので気が付かなかったが、先程から感じていた違和感が徐々に強くなってくる。
「ま・・・まさか・・ね・・?」
しかし、万一と言う事がある。私は背負っていたリュックから万年筆を取り出した。
そして床に大きく×を描いた。・・・勝手に魔族の城に落書きをするのはすごく大胆な行動を取っていると我ながら思ったが、それよりも私には今一番確認しておかなければならない重要な事があるのだ。
「これでよし・・・。」
私は再び歩き出した―。
「あ!やっぱり・・・!」
私は床に着けてある×印を見て大声を上げてしまい、慌てて口を両手で押さえた。
その×印は先程私が付けておいた印に間違い無い。
そうだ、私が先程からずっと感じていた違和感・・・それは魔族達の姿が見えないと言う事では無く、入り口から入ってきた時から延々と同じ場所を歩いているような感覚に襲われていたからだ。
けれど、この×印を見る限り・・・。
「間違いない・・・・。私、さっきからずっと同じ場所を歩き続けていたんだ・・。
その事実を知った時、全身の血が凍り付きそうになった。得体の知れない恐怖がじわじわと足元から迫ってきているように感じる。
一体何故?私はこの城へ入った時からずっと、只真っすぐに歩いて来ただけ。現にこの城は一本道しか無く、ドアが付いている訳でもない。
「一体何故・・・?」
私はこの恐ろしい魔物達が生息するこの城で、永遠に出口を求めて探し続けなくてはならないのだろうか・・・?
自分で恐ろしい考えが頭をよぎり、ゾクリと震える。
「どうしよう・・・・どうすればいいの・・・?」
私は両肩を抱えて、廊下に座り込んでしまった。怖い・・・まさかこれほどの恐怖を感じるなんて・・・。思わず目に涙が浮かぶ。
あれ程ノア先輩を必ず助けるのだと意気込んでいたのに、実際魔界へ来てみれば恐怖で震える事しか出来ない、弱い私。
「・・・ノア先輩・・・。マシュー・・・。せっかく魔界に来ることが出来たのに、私・・・もう駄目かも・・・。」
目を閉じれば2人の姿が脳裏に浮かぶ。ああ・・・私は結局マシューを無駄に死に追いやっただけで、ノア先輩を見捨て、自分自身はここで朽果てていくのだろうか・・?
その時・・・。
「ジェシカ・・・。」
え?
誰かが私の頭の中に呼びかけて来る。私は立ち上がって辺りを見渡した。すると再び声が聞こえて来る。
その声は私の前方から聞こえている。まるで姿の見えない誰かが目の前に立っているかのようだ。
「ジェシカ・・・・。こっちだ・・・。」
「誰・・・?」
私は声の主に尋ねてみた。すると声は言った。
「君を助けてあげる・・・。さあ、こっちへおいで。」
その声はまるでわたしを誘導するかのように語りかけて来る。一体、この声の主は誰なのだろう?何処かで聞いたことがあるような、無いような・・聞き覚えの無い声である。だけど・・・何故かその声は私に酷く安心感を与える。
だから私は・・・。
「お願いします。私を『鏡の間』まで案内して下さい』
声の主に頼んだ―。
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