第1章 8 私を魔界へ連れて行って
朝日が顔に差してくる・・・。
う〜ん・・・。なんだか身体が重くて息苦しいなあ・・・。何やら異変を感じ、目を開けて私は仰天した。
なんと私の首に腕をまわしてアンジュが同じベッドで眠っているではないか。
しかし・・・何故だろう?アンジュはマリウスと違って、少しも身の危険を感じる事は無い。確かにアンジュは成人男性で間違いは無いのだが、私にとってのアンジュは男を感じさせる要素が皆無なのかもしれない。私の中では未だにあの可憐な美少女アンジュの印象しか無いのだろう。うん、やはりアンジュとの結婚は有り得無いな。
それにしても・・・・私はまじまじとアンジュの顔を見つめた。真っ白な肌に銀色に輝く髪に長い睫毛。堀も深いし、線も細い。本当に美人だなあ・・男にしておくの勿体無い気がするよ・・。
思わずじっと観察していると突然アンジュがパチリと目を開けた。
そして私を見るとニコリと笑って言った。
「おはよう、ハルカ。」
「おはよう、アンジュ。」
つられて私も笑みを浮かべ・・・・・。
「いやいや、そうじゃないでしょ。ねえ、何でアンジュが私のベッドにいるの?」
慌ててベッドから起き上がりながら私は言った。
「え?何かおかしい?だってボクたち、結婚を誓い合った仲だよね?」
アンジュはベッドから降りて、伸びをしながら妙な事を言ってくる。
「どう考えたっておかしいでしょう?それにいつ私とアンジュが結婚を誓い合った仲になったの?」
「え・・・?結婚を誓い合った事・・記憶に無いの?」
今度は逆にアンジュが驚いた様子でいる。
「そんな・・・おかしいなあ・・・。確かに記憶を操作したはずなのに・・・。」
小声でアンジュが何やら妙な事を呟いている。うん?今・・・何か変な事言ってなかった?
「ねえ、アンジュ。何?記憶を操作って・・・?」
「え?何の事?」
キョトンとした顔でこちらを見るアンジュ。
「いや、だって今何か記憶を操作って言ってたよね?」
「言ってないよ、ハルカの聞き間違いじゃ無いの?」
「だって今・・・。」
「それより、ハルカ!」
パチンと手を叩くアンジュ。
「今日はね、ボクの仕事は無くなったんだ。だから1日ハルカと付き合えるよ?ねえ、何処か行きたいところとかある?このボクがどんな所でも連れて行ってあげるよ?」
「行きたい所って言われても・・・・。」
あ、一つあった。
「本当に?どんな所でも連れて行ってくれるの?」
万一の為に念を押して置く。
「勿論だよ。」
頷くアンジュに私は言った。
「それじゃ・・・もし連れて行けないって言ったら、私のお願い何でも一つだけ叶えてくれる?
「うん、いいよ?さあ、何処に行きたいの?」
「それじゃあ、私を魔界へ連れて行って?」
「な・・・何言ってるの?そ、そんな事出来る訳無いでしょう?!」
アンジュの言葉に私は言った。
「ねえ、私に約束してくれたよね?何処にでも連れて行ってあげるって。それでもし連れてけないって言ったら私のお願い何でも一つだけ叶えてくれるって約束した事覚えてるんだよね?」
「う、うん・・・。ま、まさか・・・?」
「そのまさかだよ。私の願い事は一つだけ。アンジュ、私を魔界へ連れて行ってくれるんだよね?」
これには流石にアンジュも参ったのか、大人しく首を縦に振るのであった。
朝食の席でアンジュは私に言った。
「ねえ、ハルカ。本当にどうしても魔界へ行きたいの?」
「うん、だって私がこ『狭間の世界』へやって来たのは魔界へ行く為なんだもの。」
「え?ひょっとして・・記憶が戻ったの?!」
アンジュはバアンッとテーブルを叩きながら立ち上がった。その勢いでスプーンが床に落ちる。
「お、落ち着いてよ、アンジュ・・・。」
私はアンジュを宥めるように言った。
「記憶は戻っていないけどね、フェアリーが教えてくれたのよ。私の身体から2つの違う魔力を感じるって。だから私がこの世界へやって来たのは魔界へ行く為に違いないって。」
私はアンジュをじっと見つめながら続けた。
「ねえ・・・アンジュ。本当は全て知ってるんでしょう?私が何故この世界へやって来たのかを。だったら・・・教えてよ、どうして私は魔界では無く、この『狭間の世界』にいるのか。そして何故魔界へ行きたいと願っているのかも・・・・。」
「・・・。」
アンジュは答えない。
「私ね、この世界に来た時にとても辛い出来事があったみたいなの。門の入口の所で『マシュー』とある人の名前を言いながら、泣き崩れていたんだって・・・。でも、今の私にはその名前を聞いても何も思い出せない。だけど名前を口にすると、何故か分からないけど・・・胸が苦しくてたまらなくなるの。この気持ちが何なのか・・私は知りたい。きっとその理由も魔界へ行けば全て分かると思うのよ。だから・・・お願い、私を魔界へ連れて行って!」
私はアンジュに頭を下げた。
そこから少しの沈黙の後・・・。
「ハルカ・・・顔を上げてよ・・・。」
アンジュが力ない声で私に話しかけて来た。その声に思わずアンジュを見上げ、息を飲んだ。
アンジュは今までに無い位、悲しそうな顔で私を見ていた。
「ア・・アンジュ・・・?ど、どうしてそんな顔してるの・・・?」
「まさか・・・ハルカがこの世界へ来る時に・・記憶を無くすとは思ってもいなかったんだ・・・。」
「え・・・?」
ポツリとアンジュが言った。
「多分、この記憶も無くしているんだろうね・・・。ハルカ、君にこの『狭間の世界』へ来るように言ったのは、他でもないボクなんだよ?覚えていないよね・・?」
え?アンジュがここへ来るように言ったの?本当に?一体・・・私はどれだけ沢山の記憶を無くしてしまったのだろうか?
「ボクはね、ハルカ。最初から君がこの世界へ来たら、魔界へ行く為の手助けをしてあげるつもりだったんだよ。」
「え?そ、そうなの?で、でも何故・・・?」
「それは・・・ハルカ、君が好きだから手助けしてあげたいって思ったんだよ。」
じっと私を見つめるアンジュ。
「だけど・・・ボクはきっと自分の恋は成就しないと思っていたんだ。だってボクはハルカが魔界へ行きたい理由をあの時聞いていたからね。その人は・・・ハルカに取って、とても大切な人だから・・・絶対に自分の手で助けに行こうとしていたんだものね?」
「アンジュ・・・。」
本当に私はそんな事をアンジュに話したのだろうか?ああ・・・でも、私にはその時の記憶が一切消えている。本当に私が言った台詞なのだろうか・・・?
「だからボクはハルカを迎え入れる為に、この世界に戻って待っていたんだよ?それにハルカが僕を好きになってくれるとも思えなかったから、諦めて予め決められていたカトレアとの婚約の話も受け入れたし・・・。だけど・・・驚いたよ。」
アンジュは私を見つめると言った。
「だって、ハルカが何故自分がこの世界へやって来たのか・・・すっかり記憶を無くしてしまっていたんだもの。」
「・・・。」
私は何と返事をすればよいか分からず、ただ黙ってアンジュの話を聞いている。
「ハルカ・・・。君はこの世界へ来る時に相当悲しい経験をしてきたんだね?まさか『森』に記憶を消されてしまうとは思いもしなかったよ。だから・・・ボクはどうせなら辛い事は忘れたままで、ここでボクと一緒に幸せに暮らしていければと思って・・ハルカの記憶喪失をそのまま利用させて貰おうと思ったんだ・・・。」
「アンジュ・・・。」
アンジュは私を悲しませない為に嘘をついた事が分かった。だけど・・・。
「ごめん!ハルカッ!」
突然アンジュが私に謝って来た。
「全部・・・ボク自身の言い訳だよ・・・。ボクがハルカを自分の物にしたかったから・・ハルカを騙していたんだっ!だけど・・・ハルカは記憶を無くしてしまっても、魔界へ行きたいと言う気持ちは変わらなかったんだよね・・?」
いつの間にかアンジュは泣いていた。
「泣かないで・・・アンジュ。」
私はアンジュに近寄ると、そっと抱きしめて言った。
「私の事を思って嘘ついてくれていたんでしょう?ありがとう・・・。でも、私はどうしても魔界へ行きたいの。お願い・・・私を魔界へ連れて行って・・・?」
アンジュは顔を上げて私を見ると言った。
「うん、いいよ。」
と・・・。
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