マシュー・クラウド ⑬

 神殿には大勢の聖剣士と神官達が集まっていた。その数は・・・神官も合わせると約100人以上はいるだろうか?恐らく今『ワールズ・エンド』で門番をしている聖剣士達以外、全員が集まっているに違いない。・・・こんな光景は初めてだ。

そして一番前の列にはアラン王子や公爵、他に5人の新人と思われる学生達が並んでいた。どうやらあの2人以外は、上級生のようだ。隣同士に並んでいるアラン王子と公爵は互いに牽制し合って、まるで火花を散らしているようにも見える。多分、原因はジェシカなんだろうな。けれど・・だったら隣同士に並ばなければ良いのにとぼんやり思った。


 やがて、壇上に学院長と団長が現れ、全員で敬礼する。

 セント・レイズ学院の学院長は人前に出てくる事は滅多に無い。まだ35歳という若さで、この学院の学院長の地位に上り詰めたエリートである。元々はこの学院の卒業生で聖剣士の団長を努めていたという。プラチナブロンドの髪を上に撫で付けた学院長は壇上から俺達を見下ろすと言った。


「セント・レイズ学院の聖剣士、及び神官達よ。この世界が平和でいられるのもひとえに君達のお陰である。これからも聖剣士、そして神官として誇りを持ち、任務を遂行するように!」


学院長の良く通る声が神殿に響き渡る。


「さて、既に君達も聞き及んでいると思うが、長きに渡り不在であった癒やしの魔法を使える聖女が遂に目覚めた!まだ正式に決まったと言う訳では無いので、名前を明かす事は出来ぬが、彼女は今神殿の奥でその身を清め、聖女としての祈りを捧げている。よって今後我らは聖女に誓いを立て、再び魔物が世に蔓延らないように『魔界の門』を聖女の元で守り続けるのだ!さあ、諸君!剣を抜け!」

学院長の言葉に聖剣士達は一声に腰に差した剣を抜き、高々と掲げ、神官は錫杖をかざした。

周りに習って、仕方なく俺もそれに従うが・・・なんてくだらない儀式なのだろう。こんなのは茶番に決まっている。癒しの魔法?絶対に何らかのからくりがあるに決まっているじゃないか。学長ともあろう方が気付かないのか?それともひょっとすると・・・操られている?

 そういえば、先程から俺は違和感を感じていた。この神殿に足を踏み入れた時から、微かに漂う甘い香り・・・。この香りを隠れ蓑に、微量な魔力を感じる。意識的にそれを察知した俺は自分自身にシールドをかけておいたのである。恐らく、それが幸いだったのだろう。剣を掲げている聖剣士達は愚か、学長までもが、どこか恍惚とした表情を浮かべている。俺は咄嗟にアラン王子と公爵に視線を移すと、彼等も何処か陶酔した様子である。

俺は背筋がぞっとするのを感じた。


 学院長は続ける。


「これより、我らは聖女の言葉を聞き、啓示としてそれに従い、行動するのだ。聖女は早速在り難い予言を我等に賜って下さった。近い未来に門の封印を解き、魔界へ向かおうとする不届き者が現れるだろうと。よって本日より、今まで以上に一層警備を強化し、門へ近付こうとする者を全力で排除する!どうしても相手が抵抗しようものなら・・・この際、生死を問わない!分かったか?!」


『はい!!』


その場に居る全員が一斉に声を揃えて返事をした。

な・・・何だって?!生死を問わない?学生の俺達に本気で言っているのだろうか?最悪人殺しをしても構わないと言っているようなものでは無いか?それが・・・学院長の言葉なのか?誇り高き聖剣士、そして神を信仰する神官達に言う台詞なのか?!

とても正気の沙汰とは思えない。

駄目だ・・・!ここにいる彼等は全員・・・!

ジェシカ・・・・ッ!!

俺は唇を噛み締め、両手を握りしめてその場に立っているのが精一杯だった―。



 そしてこの知らせはすぐに生徒会室にも届いた。



「おい!マシュー!どういう事なんだよ?!もう一度説明しろ!」


俺は今生徒会室に来ている。学院長側から生徒会室に聖女決定の知らせが届き、それに驚いたテオ先輩が呼び出したのだ。


「説明するも何も・・・先程お話した通りですよ。聖女が現れたそうです。」


俺はありのままの事実を述べた。


「それで・・聖女は誰なんだ?」


尋ねてきたのは、今は生徒会長代理を務めるライアン先輩だ。


「いえ、名前の発表はありませんでしたが・・・近日中に発表するとの事でしたけど。」

俺が応えると、テオ先輩がじっとこちらを見つめて口を開いた。


「マシュー・・・。お前・・・もう誰が聖女に選ばれたのか・・本当は分かっているんじゃないだろうな?」


まるで俺の心を見透かすかのように尋ねて来る先輩。けれど、俺はテオ先輩の態度に違和感を感じていた。

「そういうテオ先輩こそ・・・本当はもう目星がついているのでは無いですか?」



「・・・ああ。恐らく・・・あの女だ・・・。」


テオ先輩は腕組みをしながら言う。


「あの女?」


ライアン先輩が眉を潜めた。


「ソフィーだよ。ソフィー・ローラン。・・・お前だって知ってるんだろう?」


「な・・何だって?!ソフィー?!あの女が聖女になったって言うのか?!」


どうやらライアン先輩もソフィーの事を知っていたようだ。そんなに彼女は有名人だったのだろうか?


「ああ。絶対あの女に間違いない。何せあの女に張り付いていた俺が言ってるんだからな。以前からソフィーは妙な事を口走っていたんだ。もうすぐ、私は聖女に選ばれるって。やっとここまでこれたと訳の分からない言葉を口走っていたからな。」


テオ先輩は苦虫を噛んだような言い方をした。


「やはり・・ソフィーで間違いないようですね・・・。でも・・・こんなのは絶対に間違っています!」

俺はテオ先輩とライアン先輩に訴えた。

「あのソフィーという女性からは、はっきり言って俺の目にはとても聖女になれるような人材には思えません。俺には見えるんです・・・!彼女から邪悪な気配が漂っているのが・・!」


「ああ、俺も絶対にあの女が聖女なんてあり得ないと思っている。」


ライアン先輩も頷く。それにしても・・・何故かソフィーを毛嫌いしているような言い方をする。


「学院長が言っていました。癒しの魔法を使える聖女がついに目覚めたと。・・でもそんなのは絶対に出鱈目に決まっています。長い間ずっと失われていた癒しの魔法を扱えるものが突然出て来るなんてあり得ません。まして・・・あの邪悪な気配を纏うソフィーが使えるはず無いです。そこには何らかのからくりがあるに決まっています。俺は絶対に信じません。もうすぐ聖女のお披露目が神殿で行われるそうですが・・俺は参加しません。そんな茶番に付き合っている程俺は暇人では無いんです。」

そうだ、俺にはするべき事があるのだ。警備が今以上に厳しくなるのなら、ますますジェシカを魔界の門まで連れて行ってあげる事が困難になってくる。ジェシカを不安にさせてはいけない。何としても今の状況を打破する方法を考えなくては・・!


俺の様子をただ事では無いと感じ取ったテオ先輩が言った。


「へえ~・・・。マシュー。お前って、穏やかな男だと思っていたけど、意外とそうでは無かったんだな?ひょっとすると・・誰かに影響でもされたのか?」


テオ先輩は意味深な事を尋ねて来た。

ひょっとすると・・・俺がジェシカに恋しているのがバレているのだろうか?


「いえ、そんなではありません。ただ、はっきり言ってソフィーは・・彼女は恐ろしい女です。強力な催眠暗示で自在に人を操る能力が長けている・・何とかしないと、この学院で今に恐ろしい事が起こりそうな予感がします。」


そこまで言って俺は気が付いた。

ひょっとすると、癒しの魔法を使えることになったと言う話自体、ソフィーが暗示によって思い込ませた嘘では無いかと・・。でもそこまでしてソフィーが聖女になるのをこだわったのは何故だ?

・・・ひょっとするとジェシカに関係しているのだろうか―?






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