マシュー・クラウド ⑫
今、俺とジェシカは困った状況に置かれている。俺達の客室にはベッドは一つ。
そして今夜、俺達が宿泊したホテルは大盛況だった・・・。
話は今から約30分程前に遡る。俺がシャワーを浴びて出てくると、そこに宿屋の主人がいてジェシカが困り顔で立っていた。
「え?あ、あの・・・?」
さっぱり状況が分からない俺に、いきなり主人が頭を下げてきた。
「お客様!お願いがございます!本日、ご宿泊のお客様が大変多く、部屋は何とかなったのですが、ベッドが、足りません!なのでこちらのベッドをお一つ貸してください!」
は・・?
「あ、あの・・・。でもそうなるとこの部屋は一つしかベッドが無くなるんですが・・。」
「はい、そうなってしまいますが・・・で、でも幸いにもこちらの部屋のベッドはサイズも大きくお2人で眠られても、全く問題が無いサイズでございますので・・。」
主人は汗を拭きながら言う。
え?ま、まさか・・・俺とジェシカの2人でこのベッドを使えと言うのだろうか?そ、そんな事出来るわけが無い!俺はジェシカをチラリと見ると、彼女も困り顔で俺をじっと見ている。
仕方が無い・・・。かと言って今更部屋をキャンセルする訳にもいかないし・・。
「・・分かりました。その代わり、この部屋に宿泊するのは彼女1人にさせて下さい。俺は今夜は泊まりませんので。」
「え?!」
ジェシカが驚いた顔で俺を振り向く。
「お客様・・・。本当に申し訳ございませんでした。」
主人は心底心苦しそうな顔をしている。まあ、仕方が無いさ。今まで一緒にジェシカといられただけで俺は本望だ。
しかし、ジェシカは言った。
「い、いえ!大丈夫です。2人でこの部屋を借りますので!」
「ジェシカ、あのさ・・・。」
俺が声を掛けようとした時、ジェシカは言った。
「ねえ、マシュー。買ってきたお酒・・飲みましょう!」
ジェシカはお酒を取り出すと、グラスを並べて言った。
「ここのお酒はね、セント・レイズシティの地酒ですごく美味しいんだから、きっとマシューも気に入ると思うんだ。」
嬉しそうに言うジェシカ。・・・もしかするとこの気づまりな状況を何とかしようとしてくれているのだろうか?それなら俺も彼女に合わせよう。
「うん。それじゃ俺も飲んでみようかな?」
ジェシカはにっこり笑うと、グラスにお酒を注いでくれた。2人で向かい合って乾杯
すると俺は口に入れてみた。
「美味しい・・・。」
それを聞くとジェシカは笑顔で言った。
「でしょう?良かった~マシューにこのお酒、気に入って貰えて!」
そして俺とジェシカは2人でお酒を飲みながら色々な話をした。
ジェシカは始終優しい笑顔で俺の話を聞いてくれ、俺も彼女の話に耳を傾けた。
こうして静かな夜は更けていった・・・。
「ジェシカはベッドを使いなよ。俺はこのソファで寝るからさ。」
俺は毛布を抱えてソファに移動しようとすると、突然ジェシカが俺の服の裾を掴んできた。
「ジェシカ・・・?」
振り向くと、ジェシカは真剣な目で俺を見ている。な・何だ・・・?思わず胸がドキドキしてきた。
「マシュー。何処へ行くの?貴方もこのベッドで一緒に眠ればいいじゃない。」
まさかのジェシカの爆弾発言。流石に俺は驚いた。
「い、いきなり何を言うんだい、ジェシカ。そんなわけにはいかないだろう?」
な・・何て大胆な事を言って来るんだ?それとも・・男性に免疫がある彼女にとってはこんな事など、何てことも無いのだろうか?
「だって、そのソファじゃマシューの背丈だと絶対に無理じゃない。私ならまだしも・・。それにこのベッドはこんなに大きいんだもの。2人で寝ても十分な広さがあるでしょう?」
確かにジェシカの言う通り、やたらとこのベッドは大きい。それと同時に俺にはある疑問すらあった。何故、この宿屋にはこんな大きなサイズのベッドが用意されているのだろうと・・・。
「だ、だけど・・・。」
言い淀む俺にジェシカは言った。
「大丈夫だから。」
「え?」
何が大丈夫だと言うのだろう?
「私・・・寝相は良いから大丈夫!」
胸を張って言うジェシカ。何だか、その言葉を聞くと今迄緊張していた自分が何だったのだろうと思えて来た。だから俺も言った。
「俺も寝相はいいよ。」
そして明かりを消して2人で同じベッドへ入り・・・。俺はなるべくベッドの端に寄って、ジェシカに背を向けるように横になっていた。
俺のすぐ隣で、ずっと憧れていたジェシカが眠っていると思うと、とても俺は緊張して眠るどころでは無かった。
しかしジェシカの方は・・・ベッドに入って、ものの5分も経たないうちに眠ってしまったのだ!何て寝つきがいいのだろう・・・。
ひょっとすると、俺は男としてジェシカに見られていないのだろうか・・・?
だけど・・・。
俺は隣で眠っているジェシカの方を向くと、じっと彼女を見つめた。
・・・幸せそうな顔で眠っているジェシカ。彼女はもうすぐ身の危険を冒してノア先輩を助けるために危険な魔界へ向かう。俺は・・付いて行ってあげる事は出来ないけれども、何としてでもジェシカを魔界の門まで無事に連れて行ってあげるよ。
だけど不安は尽きない。何故ならジェシカはとてもか弱い。魔法を自在に操る事も出来ないし、剣を扱う事すら出来ない。そんな彼女が1人で、魔界へ行ってノア先輩を助け出して再びこの世界に戻ってくる事が出来るのだろうか?
「ジェシカ・・・。ノア先輩を助けるには・・・もっと色々な人の手を借りるんだ。君には・・・君の為なら命を懸けてくれるような人達が周りに沢山・・いるんだから・・。」
俺は自分の願望を眠っているジェシカに伝え、髪の毛にそっと触れた。
「ジェシカ・・・。俺の愛しい人・・。」
幸せな時間の中、俺もジェシカの気配を傍で感じながら眠りに就いた・・・。
そして翌朝、事態は大きく動いた—。
朝の5時・・・。ベッドの中でまどろんでいると、突然頭の中に声が鳴り響いて来
『聖剣士達・・俺の声が聞こえるか?指輪を・・壁にかざせ・・。』
これは・・・聖剣士の団長の声だ!
俺は嵌めてある指輪を見た。この指輪は聖剣士全員が身に付けているアイテムで、この指輪を付けている者同士で通信が出来るようになっている。
団長の言葉通り、俺は壁に指輪を向けた。すると指輪は怪しく光り、壁に団長の姿が映し出された。
『聖剣士達に重要な報告がある。昨夜未明に今迄ずっと不在であった聖女の存在がついに学院内で確認された。本日7時に学院長から神殿で説明が行われるので、必ず全員出席するように。』
そして、映像はブツリと途切れた・・・。
映像が終わった後も俺は暫く壁に向かって立っていた。え・・?さっき団長は何て言っていた?聖女が現れただって?そんな馬鹿な・・・。最後に聖女が現れたのはもうずっと昔の話では無かったか?そして今までずっと聖女がこの世界に存在していなかったのに、何故このタイミングで聖女が現れたんだ?
よりにもよってジェシカが魔界の門を開けようとしている時に・・・。
何かおかしい。あまりにもうまく出来過ぎた話だ。
俺はベッドでまだ気持ちよさそうに眠りに就いているジェシカを見た。
「ジェシカ・・・。」
不吉な考えが頭をよぎる。俺は頭を振ってその考えを打ち消した。
「取りあえず、学院に戻らないと・・・。」
眠っているジェシカを起こして、わざわざ告げる話では無いだろう。
俺は紙とペンを取り出すと、ジェシカに手紙をしたためた。
そして昨日ジェシカの為にスイーツショップで買った紙袋に入ったフルーツケーキをサイドテーブルの上に乗せた。
「ごめんね。ジェシカ。先に帰ってしまって。」
俺はまだ眠りに就いているジェシカに小声で謝ると、転移魔法を唱えた―。
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