マシュー・クラウド ⑭

 ジェシカを連れて『魔界の門』へ向かうには後残り3日しか無い。

くそっ!あの女のせいで全ての計画が狂ってしまった。ソフィーはやはりずっと以前からジェシカの事を監視していたに違いない。そしてジェシカが『魔界の門』へ行きたがっている事も知っていた・・・?一体あの女の目的は何なのだ?

いや、今はそんな事を言ってる場合では無い。早く何か対策を考えなくては・・・。


「おい、どうしたんだ?マシュー。お前・・・顔が真っ青だぞ?」


テオ先輩が声をかけてきた。


「い、いえ・・・。先程の神殿での話を思い出して少し気分が悪くなって・・・。すみませんが、寮へ戻って休ませて頂けますか?」


「あ、ああ。悪かったな、呼び出してしまって。ゆっくり休んでくれ。」


ライアン先輩が気づかわし気に声を掛けて来てくれた。

「はい、ありがとうございます。」

礼を述べると俺は生徒会室を後にした。


自室の寮へ戻ると、俺は・・・実家へ飛んだ—。




「まあ、マシュー!どうしたの?突然家へ帰ってくるなんて!」


母さんは俺を見るなり驚いたが、優しく抱きしめて来ると言った。


「お帰りなさい、マシュー。冬期休暇は貴方が戻って来られないと聞いて、とても寂しかったわ。」


「ごめん・・・母さん。新人の聖剣士は休暇でも簡単に里帰りする事が出来ないんだ。」


母さんを抱きしめると言った。


「・・・父さんは?」


「ええ、お父さんは今仕事で町へ行ってるのよ。ねえ、夕食までいられるのでしょう?久しぶりに家族水入らずで食事をしましょう。」


「いや・・・。それがゆっくりもしていられないんだ。実は母さんに用事があって今日は実家に戻って来たんだよ。」


俺の真剣な顔を見て、母さんは何か感じ取ったのか頷くと言った。


「分かったわ・・・。それじゃ居間へ行きましょう。」



 俺は母さんに今迄の経緯を全て話した。最初、母さんは俺に好きな女性が出来た事を告白すると、とても驚き、喜んでくれたが次第に話を聞いている内に表情がどんどん曇っていった。全て話終えると母さんは目をつむり、暫く無言でいたが、やがてゆっくり口を開いた。


「『狭間の世界』・・・聞いたことがあるわ。でも本当に存在したのね・・私達魔族の間では有名な話よ。大昔は自由に行き来出来たらしいけれども、先代の魔王が『狭間の世界』を侵略しようとして、そこの王を怒らせて戦乱が起こり、戦いはお互いに大きな犠牲を生んだだけで決着はつかなかったらしいわ。そして門を築いて互いに行き来出来なくした・・・と言われているけど、まだその世界が存在していたのね。」


そうだったのか、やはりジェシカの話していた事は真実だったのか。でも・・・一体誰からその話を聞いたのだろうか?俺は一つ、気になる事があったので母さんに尋ねた。

「狭間の世界って言う場所は・・・人間が行っても大丈夫な場所なのかな?魔界と違って危険な事は・・・。」


「多分、大丈夫じゃないかしら?『狭間の世界』は精霊達の住む世界と言われているから。」


「精霊・・・それなら大丈夫かな?」

俺はジェシカを思い浮かべながら言った。


「ええ・・。多分ね。問題はそれよりも、マシュー。貴方が無事にその女性を『門』まで連れて行ってあげる事が出来るかよ?何か・・・対策は考えているの?」


母さんは俺の両手を取ると尋ねて来た。


「対策・・・それが・・まだ何も考えていなくて。まさか、こんな事になるとは思わなかったんだ。」


「確かにそうよね。そのソフィーという少女は本当に怪しいわ。ひょっとすると、ただの人間では無いかもしれない・・・。禍々しい気配を感じると言っていたわよね?

何者かと契約を結んでいるかもしれないわ。一度に大勢の者を催眠暗示にかけるなんて、人間には不可能な魔法だもの。」


「そうか・・・やっぱり、あの女は・・。」

俺は両手をぐっと握りしめた。


「マシュー。いい?『ワールズ・エンド』へ連れて行くのはか弱い女性なのよね?だったら絶対に強行突破は駄目よ?そうね・・・。多分彼等はもうソフィーとか言う女性の暗示にかけられているから、催眠暗示をかける事は難しいかもね。それならまずは神殿にいる見張りを眠らせてしまえばいいわ。そしてその見張りを神殿の何処かに隠して、影武者を立てなさい。マシュー、人形に相手の姿を投影させる魔法は使えたかしら?それから・・・。」


何と母さんが勝手に計画を立て始めてくれた。

よし、これなら・・・ひょっとするとうまくいくかもしれない。


 結局、その日、俺は学院へ戻る事をやめた。仕事先から帰宅した父を迎えて、久しぶりに家族水入らずで過ごす事を選んだ。夕食の席では父さんと母さんは『門』についての話には一言も触れる事は無かった。そして俺も・・・。


 ひょっとするとあの時・・・両親は何か気付いていたのかもしれない。

俺が死を覚悟してでもジェシカを門まで連れて行こうとしている事に・・・。



翌日—


「それじゃ、父さん、母さん。・・・行ってきます。」


俺は荷物を持つと、両親を見つめた。


「マシュー・・・。お前は俺の自慢の息子だよ。」


父さんは俺の肩を叩くと言った。


「マシュー。彼女を・・・守ってあげるのよ。」


母さんは俺を抱きしめて、顔を見上げた。


「・・・うん。分かってる。」


そして、俺は転移魔法を唱えた。

場所は・・・ジェシカの部屋へ―。




「どうしよう・・・。あの2人も一緒ならマシューに会いに行けない・・・。」


ジェシカが俺の方に背を向けて荷物整理をしながら呟いていた。それを聞いて胸がときめく。ジェシカ・・・俺の事を考えていてくれていた?

そこで俺は言った。


「何?ジェシカ。俺を呼んだ?」


俺の声に驚き、パッと振り向くジェシカ。ああ・・・やはり今日も彼女はとても綺麗だ。

ジェシカは俺に駆け寄ると、ここは女子寮だよと慌てている。

だから俺は言った。


「君の望む所なら何処だっていいよ。頭の中に行きたい場所を思い浮かべてごらん?」


 まるで、君の為なら・・・なんて言い方をしたけど、本当は違う。俺の・・俺自身の為なんだ。もう恐らくこの先ジェシカと一緒に過ごす事は叶わないだろう。だったら、今一度・・ジェシカと2人きりで過ごしたい。ジェシカの望む場所で、時を止める事が出来る、あの空間を作り上げて・・・・。

 そしてジェシカの望んだ場所は―。


 ピンク色の花びらを沢山咲かせた不思議な・・・見た事も無い無数の木々。

その木々から舞い降りて来るピンク色の花びらは幻想的で・・とても美しい光景だった。これがジェシカの望んでいた世界だったのか?


一方の当のジェシカは驚いている。どうしてこの世界に桜の木があるのだと、俺に訴えて来る。時々、彼女は不思議な事を言って来る。

素敵な名前だと思った。・・・俺はジェシカに告げる。

「ここはね、君の思い描いた世界を具現化した場所なんだよ。実際には存在しない世界だけどね・・・。魔法によって作られた違う次元の世界なんだ。ここなら誰の邪魔も入らないし、時間も止めていられる。・・・魔族だけが使える特殊な魔法だよ。そうか・・・この花は桜って言うんだね。」


すると、ジェシカは俺の「魔族」という言葉に反応したのか・・そっと手を繋いできた。

魔族でも人間でも関係ない。貴方は・・私にとって、とても頼りになる聖剣士だからね?と言ってくれた。その言葉を聞いて俺は胸が熱くなるのを感じた。


 そして、ついにジェシカは今迄彼女自身が抱え込んでいた秘密を語り始めた・・。

魔界の門を開けた罪で、アラン王子、ソフィー、公爵によって流刑島へ流され、一生をその島で罪人として生きる事が決まっていると。だから最後にこの景色を見る事が出来て、良かった。本当にありがとうと俺に告げて来た。

そして儚げに微笑む彼女。

・・・気付けば俺はジェシカに尋ねていた。


ジェシカ・・・君は・・一体何者なんだい?と―。



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