マシュー・クラウド ⑤

 空間転移魔法を使って、俺は初めて魔界の門を抜けた。 

見上げる空はピンク色、そして一面に咲き乱れる無数の花々・・・。俺は気が遠くなるのを感じた。

「まさかこの中から七色に光る花を見つけろと言うのか?」

試しに足元の花を見る。・・・黄色の花だ。手当たり次第花を確認しても見当違いの花ばかり。くそっ!こんなに手間取っていたら彼女が手遅れに・・!それにいつ見張りのフレアに見つかってしまうかもしれない。

「大丈夫だ、落ち着け。」

俺は自分に言い聞かせる。

絶対に彼女は俺が助けるんだ・・・!


 それから小一時間、俺は目を皿のようにして、地面に這いつくばりながら必死になって七色の花を探し続け―。

「あ・・・あった!」

遂に花を見つけた。これで彼女を助けられる・・!

俺は光り輝く花に手を伸ばした・・・。

するとその花に触れた途端、辺りを震わすような女の声が響き渡る・・・。


「一体、何処の誰・・・?私の大切な花を奪おうとする者は・・・!!」


あの声は・・・フレアだ!


フレアは怒りで身体から青い炎を吹き上げて、こちらへ向かって飛んで来る。


「マシューッ!!貴方だったのね?!」


憎悪の目で俺を睨み付けるフレア。しまった!見つかってしまった。

俺は急いで花を摘み取ると、ワールズ・エンドへ飛んだ。


俺が花を摘んで彼等の元に戻ると、全員が喜びを顕にした。ノア先輩が礼を述べてくれるが・・・俺の顔は曇る。


「何?何かあったの?」


そんな俺の顔を見てダニエル先輩が声をかけてきた。


「いやあ・・・実は・・・・。」

俺が言いかけた時・・・背後でフレアの声がした。


「マシュー・クラウド・・。貴方私から逃げられると思っていたの・・・?よくも私が管理している大切な花を盗んでくれたわね?」


ま・まずい・・・・!

「い、いやあ・・・。相変わらず綺麗だね?フレア。」

何とかフレアのご機嫌を取ろうと思ったのだが、にべもなく一喝された。


「そんな事を言っても胡麻化されないわよ。さあ、そこの人間。お前が今手にしている花を返しなさいッ!」


俺が花を渡した青年を恐ろしい形相で睨み付ける。


「た、頼むっ!どうか1輪でいいから俺達にこの花を分けてくれッ!」


必死でフレアに頼み込む青年。しかし、フレアの怒りは収まらない様子だった。全身から今にも怒りの炎を拭きだしそうである。

だ、駄目だ・・・このままでは・・・。

「やめろっ!フレアッ!今ある女性が毒によって死にかけているんだ。どうかその花を彼等に分けてやってくれっ!」

俺はフレアに必死で頭を下げた。


「そんなの私には関係ない・・・さあ、早く返せっ!」

フレアは右手を青年に差し出す。

ま・・まずい!


その時だった。


「待ってくれっ!」


前に飛び出してきたのはノア先輩だった。


「お願いだ!どうしても救いたい命があるんだ。僕に出来る事なら何だってする。だから・・・どうかこの花を僕たちに分けてくれっ!」


信じられなかった・・・。あの気まぐれで有名なノア先輩が彼女の為にあそこまで必死な姿を見せるなんて・・。

フレアも美しいノア先輩を見て、少し態度が軟化した・・・しかし。


「あら・・・貴方・・・よく見るとすごく私のタイプね。それにどこか心の中に闇を抱えている所も魅力的だわ・・・。それなら、貴方に免じて花は分けてあげる。ただし・・・貴方が私と一緒に魔界に来るのを条件にね。」


フレアが発した言葉に俺は耳を疑った。嘘だろう?本気でフレアはそんな事を言ってるのか?!それなのにフレアの無茶ぶりの提案に頷くノア先輩。


「ねえ・・君、本気で言ってるのかい?魔界に行ったら、人間界の人達の記憶から消えてしまうんだよ?」

俺は心配になってノア先輩に声をかけたのだが・・・。


「いいんだよ、僕が魔界へ行く事でその花をもらえるなら・・・僕は喜んで魔界でもどこでも行くよ。」


どこか寂しそうな笑顔を浮かべてノア先輩は答えた。そしてフレアはノア先輩を魔界へ連れ去ってしまった・・・。



 ノア先輩が魔界へ去った後は、彼等の記憶は上手い具合に修正されていた。

このワールズ・エンドへやって来たのは、ダニエル先輩、レオ、ウィルの3人で、ダニエル先輩が俺に魔界の花を摘んで来てくれるように頼み、俺が花を探し出して、レオに手渡した・・・こんな設定がいつの間にか出来上がっていた。


ノア先輩・・・・。多分先輩はジェシカからも忘れ去られてしまうんでしょうね。

でも・・・代わりに俺が先輩の事を忘れません―。



 その後、人づてに彼女はダニエル先輩たちの持ってきた花から作られた万能薬により、無事に生還したという話を聞かされた。

本当に良かった・・・ジェシカ。君が助かってくれて・・・。





 冬期休暇が終わり、いよいよ明日から新学期という事で学生達がぞろぞろと寮へと戻って来て、それまで静まり返っていた学院が以前の賑わいを取り戻していた。

きっと・・・彼女も今日戻って来たのだろうな・・・


 カフェでコーヒーを飲んで男子寮に入ろうとした時、俺はふとある人物が木の陰に隠れるようにして男子寮の入口をじっと見つめている事に気が付いた。あれは・・誰だろう?次の瞬間その人物を見て俺は驚いた。ジェシカ・リッジウェイだ!!

彼女は微動だにせず、寮の入口を見つめている。誰かを待っているのだろうか?

ジェシカに話しかけたい・・・!

気付いてみれば俺は背後から彼女に声を掛けていた―。


 勇気を振り絞って声を掛けたにも関わらず、彼女は俺の事を全く覚えていなかった事には正直落胆してしまった。

やはり彼女の中で俺は所詮その程度の男なのだろうか・・・。

何とかして、もう少しだけ彼女と話がしたい・・・。そこで俺は当たり障りのない会話を彼女に投げかけた。すると彼女は突然俺の顔を見つめると言った。


「あ、あの・・・もしかして以前何処かで会った事がありませんか?」


え?もしかして・・・ついに俺の事を思い出してくれたの?!嬉しい気持ちを押し殺す為に俺はわざと思ってもいない台詞を言った。

「アハハハ・・それってもしかして口説き文句の1つ?でも悪い気がしないなあ。君のような美人に口説かれるのは。」


それを聞いた彼女は、別に自分はそんなつもりで言ったのではないと答える。

うん、知ってるよ。それ位・・・。でもやっぱり、俺の事を思い出して欲しい・・!


「ふふふ・・冗談だよ、ミス・ジェシカ。」

この呼び方で、俺の事思い出してくれるかな?

すると・・・見る見るうちにジェシカの表情が変わっていく。


「貴方は・・・あの時の・・!」


やった!ついにジェシカが思い出してくれた。その後彼女は俺から渡したスコーンのお礼を述べる。ただ・・一つ気になるのはジェシカの俺に対する話し方だった。

何故、敬語を使って俺に話すのだろう・・。出来れば敬語なんか使って欲しくはない。何だか・・・距離を置かれているように感じてしまう。だから俺は言った。

「ミス・ジェシカ。別にそんな言葉遣いしなくていいよ。だって俺達同級生同士だろう?」


すると、すぐに敬語を使って話すのを辞めてくれたジェシカ。


「う、うん・・・。そう言えばそうだったね。あの時はきちんとお礼を言えなくてごめんなさい。それからありがとう。あ!そんな事より・・・どうして貴方は私の名前を知っていたの?」


「だって君は有名人じゃないか。学年一の才女で、おまけに物凄い美女。そして君に群がる男達・・・。」


それなのにジェシカの反応はいま一つで首を傾げるだけであった。

何てことだ!ジェシカは自分がどれだけ魅力的な人間なのか分かっていなかったなんて・・・。しかも男を引き付けるフェロモンをまき散らしているのに?これだけ色々な男性に言い寄られているにも関わらず、ジェシカは全く無自覚だったとは。

だけど、ここでこんな話をしていても拉致があかないな。

俺は話題を変える事にした。


「それで、一体君は誰を待っているんだい?」


「あのね、1つ上の学年のダニエル先輩を待ってるんだけど・・・。あ、でも学年が違うから分からないよね?」


「ダニエル?」

ジェシカの口からダニエル先輩の名前が出てきた。そうか、アラン王子でも無ければマリウスでも無い。ダニエル先輩を待っていたのか。ひょっとすると彼女は何かを思い出したのだろうか・・・?

「そうか・・・ミス・ジェシカが待ってる相手ってダニエル先輩だったのか。」


「え?その人を知ってるの?」


意外そうな顔をするジェシカ。


「うん、知ってるも何も・・・。」

そこまで言いかけて俺はダニエル先輩がこちら側に歩いてくる姿を見つけた。

「ねえ、ほら。今こっちに向かって歩いて来るの・・あれダニエル先輩じゃないか?」


「あ。本当だっ!ありがとう、教えてくれて。」


ジェシカは嬉しそうに言う。よし、俺の役目もここまでかな?

「それじゃ、俺もう行くから。」

ジェシカに手を振り、背を向けて歩きかけた時・・・。


「あ!ねえ、待って!貴方の名前、何て言うの?!」


何と、ジェシカが俺の名前を尋ねてきてくれた!

「俺?俺の名前はマシュー。マシュー・クラウドさ。」

振り向いて笑顔で俺は自分の名前をジェシカに告げた―。








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