※第13章 5 波の音を聞きながら・・・(大人向け内容有り

 夕日が完全に海に沈み、徐々に星が空に輝き始めた頃・・・公爵が口を開いた。


「ジェシカ・・・今度の休暇も俺と一緒に過ごしてくれるか?」


 じっと私を見つめながら問いかけて来る。

今度の休暇・・・・。恐らくその日は私に訪れる事は無い。だって後3日後には魔界の門へ向かうのだから。

ここで、はい分かりましたと伝える事は簡単だ。けれど・・・私は公爵に嘘をつきたくは無かった。

どうしよう、何と答えれば良いのか・・・。思わず返事に窮していると公爵は悲し気に睫毛を伏せた。


「そうか・・・。俺と過ごすのは・・・嫌なのか・・。」


酷く傷ついたようなその言い方に私は強く否定した。

「い、嫌ではありません!」


「だったら、何故返事をくれないんだ?他に・・誰かと約束でもしているのか?例えばアラン王子とか・・・。」


「?何故そこでアラン王子が出てくるのですか?」


「それは・・ジェシカがアラン王子とセント・レイズシティに来たことがある話をしていたからだ。」


「私は別にアラン王子とは何の約束もしておりませんが?」


「だとしたら、あの男か?お前の聖剣士になったと言う・・・。」


そこで一瞬私はピクリと反応してしまった。


「そうか・・・。やはりあの聖剣士と・・・。」


「ち、違います!マシューと私は・・・公爵が考えているような間柄ではありません。た、ただ私は・・もう・・。」

もうその頃には魔界へ行っているのです。この言葉を公爵に伝えられなたら、どんなに良かったか・・・。


「・・・俺では駄目なのか?」


公爵が絞り出すような声を出した。


「え?」


「俺では・・・ジェシカの・・お前だけの聖剣士になれないのか?明日、俺は正式に聖剣士になる事が決定した。だから、俺があの男の代わりにお前の聖剣士に・・。」


公爵は私の右手をギュッと握りしめながら言った。


「・・・・。」

公爵は何故そのような事を言うのだろう?どうして私を苦しめるような事を・・。

今の私には何も答える事が出来ない。


「すまない、俺は今ジェシカを・・・困らせているな。悪かった。」


公爵は私の握っていた手を離し、星空を仰ぎ見ながら言った。


「ジェシカ・・・俺はあの女に暗示をかけられて、お前に酷い態度を取ってしまった。一時は解けた暗示だと思っていたが・・・。ソフィーが今日再び俺の前に現れた時、不覚にも俺は再度あの女の暗示にかけられそうになっていたんだ。ただ、あの女が自分からジェシカの名前を出した時、俺の意識が正気に戻ったのだが・・。俺はどうやらまだあの女の暗示から完全には解放されていない様だ。だから・・やはりジェシカの傍にはいない方が良いのかもしれない。いつまた暗示にかかってお前の事を再び傷つけてしまいかねないからな。」


頭を両手で押さえつけながら、苦し気俯く公爵。


「ドミニク様・・・。」

同じだ。アラン王子と公爵は。以前私と初めてサロンへお酒を飲みに行ったあの日、アラン王子も苦しんでいた。私に助けを求めていた。私がまだこの世界にいる間に何とかして・・・助けてあげたい。

「ドミニク様、私に・・・何か出来る事はありますか?」


「出来る・・・事?」


公爵は顔を上げた。


「はい、ドミニク様の力になりたいので私に出来る事ならどんな事でもいいですよ?」

公爵の手に触れながら私は言った。すると公爵は一瞬泣きそうな顔になり・・・次の瞬間、私を強く抱きしめて来た。

私の髪の毛に自分の顔を埋めた公爵はくぐもった声で言った。


「・・に・・しないでくれ・・・。」


「え?」


「せめて・・・どうか今夜だけでも・・・1人にしないで・・俺の側に・・いてくれないか・・?」


 あの公爵が小さな子供の様に縋っている。まるで泣いているかのように・・。ひょっとすると・・・公爵は何か気付いているのだろうか?私がもうすぐこの学院からいなくなる事に・・・。


「いいですよ。ドミニク様。」


「え?」


公爵は私の顔を見つめた。


「今夜一晩ドミニク様の側にいます。1人にはしません。だから・・・泣かないで下さい。」


「え?俺が・・泣いて・・?」


「ご自分で気が付いていなかったのですか?」


私は公爵の頬に触れた。そこには涙で濡れた後があった。


「ジェ・・・ジェシカ・・・。」


公爵再び私を強く抱きしめると、肩を震わせて泣き続けた。私は黙って、子供をあやす様に公爵の背中を撫で続けた・・。


ひとしきり泣いて、ようやく落ち着きを取り戻した公爵は照れたように言った。


「ジェシカ、俺は何処か海の見える・・・部屋に泊まりたい。」


「海の見えるお部屋ですか?それはいいですね。波の音を聞きながら眠るのはとても良い夢が見れそうですしね。」



 

 そして私達は港のすぐ側にある宿屋を見つけ、今夜はこの部屋で2人で一緒に過ごす事にした。


ベッドが2つ置いてあるシンプルな部屋。公爵家の跡取りとして生活して来た公爵には少々物足りない部屋なのかもしれないが・・。海のすぐそばにある宿屋はここだけしか無かったのだ。



 部屋に入ると私は窓を開けた。途端に潮風と波の音が聞こえて来る。


「ドミニク様、ほら。見てください。灯台の明かりが照らしているのが見えて、とても綺麗な夜景ですよ。」


しかし、公爵は何故か中々部屋へ入ろうとしない。


「ドミニク様・・・?どうされたのですか?」


「あ、ああ。な・何でも無い。」


頬を薄っすら赤く染めた公爵が部屋の中へ入って来ると私の隣にやってきて一緒に窓の外を覗いた。


「夜の海・・・見るのは初めてだ・・・・。」


ポツリと呟く公爵。夜空には日本では見る事も出来ない様な大きな満月が浮かび、海を銀色に光らせている。打ち寄せて来る波の音は心地が良かった。


「ドミニク様、波の音を聞きながら月を眺めて一緒にお酒でも飲みませんか?」


先程この宿屋に来る前に2人で立ち寄ったお店で買った果実酒をグラスに注ぎながら私は言った。


「月を眺めて・・・?」


不思議そうに首を傾げる公爵。


「はい、私の知ってる文化のお話なのですが、ある国では秋には月を見ながらの月見酒、春にはお花を見ながら花見酒、冬には雪を見ながら雪見酒を飲むと言う風習があるんですよ。」

日本の文化のうんちくを公爵に語る私。


「面白いな・・・でも中々風情があっていいな。」


公爵は私が注いだグラスを手に取ると言った。


「ではテーブルと椅子を窓際に移動してお酒を頂きませんか?」


「ああ、そうだな。」


 そして私達は波の音をBGMに、大きな月を見ながらお酒を飲むことにした。公爵は穏やかな顔でお酒を飲んでいる。その姿を見つめながら私は思った。

今はこうして二人でお酒を飲む仲ではあるけれども・・・いずれ公爵は私の事を憎悪を込めた目で睨み付けてくる日がやってくるだろう。・・その時私は現実を受け入れる事ができるのだろうか・・?

 そんな私の視線に公爵が気付いたのか、声をかけてきた。


「どうしたんだ?ジェシカ。さっきから俺の顔を見ているが・・・。」


「い、いえ。何でもありません。ただ・・ドミニク様の黒髪が星空に良く似合ってると思ったので・・。」


咄嗟に胡麻化すように言うと、公爵は一瞬身体を強張らた。


「ドミニク様・・・?」


「足りないんだ・・・。」


公爵が下を向いて小声で言った。


「足りない・・・?」

何が足りないと言うのだろう?


「ただ・・・側にいるだけじゃ足りない。俺は・・ジェシカに・・もっと触れたい・・・。時折、目を閉じるとソフィーの声が頭の中で聞こえて来るんだ。ジェシカ、お前を憎めと訴えて来る・・・。だけどジェシカの姿を・・声を聞いていると、あの女の忌まわしい声が遠ざかっていくのだ。だから・・・。」


「ドミニク様・・・。」


熱のこもった目で私を見つめて来る公爵。でも・・・頭の中で私はこうなる事は分かっていたのかもしれない。アラン王子がソフィーからの呪縛を解いた様に、公爵の呪縛を解くには私が・・・。


「ドミニク様・・・。どうぞ。」

私は両手を広げた。


「ジェシカ・・・ッ!」



 公爵は立ち上がり、私を強く抱きしめて来ると、深く口付けてきた。



そしてこの日の夜・・・波の音を聞きながら・・私は公爵に抱かれた。


どうか、公爵にかけられたソフィーの呪縛が解けますようにと祈りながら―。















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