第13章 4 沈みゆく夕日を2人で眺めて
「え?まだ戻られていないんですか?」
学院へ戻った私は男子寮を訪ねてみる事にした。本当はアラン王子達に出くわす危険性が高かったので行きたくは無かったのだが、そうも言っていられない。しかし、幸い誰にも会わずに男子寮まで尋ねられたのに肝心の公爵がいなくては話にならない。
どうしよう、公爵は何処にいるのかな・・・・。溜息をついた時、私はある大事な事を1つ思い出した。
そうだ、確か私には凄い魔法のアイテムがあったはず。探したい物が何処にあるのか教えてくれる魔法の手鏡。いつでもどこでも使えるように私は持ち歩いていた。
女子寮へ戻ると早速私はドミニク公爵の事を頭に思い浮かべ、強く念じる。
すると・・鏡に映る私がグニャリと消える代わりに、別の映像が映し出される。
「え・・・?」
私はその映像を観て息を飲んだ。鏡の中には公爵と・・・ソフィーが一緒に映っていた。ソフィーは公爵の腕に絡みついて、必死で何かを語りかけているが公爵はそれを迷惑そうにしている。一体ここは何処なのだろう・・・?
すると2人の画像が一瞬消えて、代わりに建物が映し出された。あれ・・この建物はひょっとすると・・・。
その場所には見覚えがある。そう、そこは私が最初に公爵に待っていて欲しいとお願いしたセント・レイズシティの図書館であった。
「公爵・・・私との約束守ってくれていたんだ・・・。」
すぐに図書館へ向かわなくては!私は再び上着を羽織ると、セント・レイズシティへと向かった。
しかし、私はすっかり忘れていた。私がソフィーから狙われているという事を。なるべく1人きりにならないようにと念を押されていたという事を・・・。
門を潜り抜け、再びセント・レイズシティへ戻った私は図書館目指して歩いてた。
図書館へ行く為に町の中心部の広い大通りを歩いていると、不意に路地から3人の若者が現れて私の前に立ち塞がった。
え?何?
見上げると、その内の1人が私を見てニヤリと笑うと言った。
「お前・・ジェシカ・リッジウェイだな?」
「は、はい・・・。」
何だろう?すごく嫌な感じがする。思わず背筋に冷たいものが走る。
「何処へ向かってるんだ?」
別の男が話しかけて来るが、私は返事をしなかった。
「へえ~・・・。無視か?まあ、いい。」
突然男が私の右腕を強く握りしめるとグイッと自分の方へ引き寄せた。
「!」
気が付くと私は男の右腕に抱えあげられてしまった。こ、怖いっ!
「離してっ!」
「うるせえっ!喚くな!」
男に怒鳴りつけられる。
「お前を痛い目に遭わせてやれって命令されてるのさ。恨むなら命令した奴を恨んでくれよ。」
男達は口々に笑い合うと、私を抱え上げたまま歩き出した。一体何処へ連れて行かれると言うのだろう?恐怖で言葉も出てこない。
その時・・・
「おい、お前達。ジェシカを何処へ連れて行こうというのだ?」
突然聞き覚えのある声が聞こえて来た。え?もしやその声は・・・?
顔を上げると、目の前に立っていたのは公爵であった。
「ド、ドミニク様?!」
嘘?本当に?
だってさっき見たマジックアイテムにはソフィーと一緒に居る姿が映し出されていたのに・・・・?
「な、何だ?貴様は!」
「くそっ・・・邪魔が入ったか。」
「どうでもいい、相手は1人だ!やるぞっ!!」
私を抱えていた男は乱暴に私を離したので、地面に投げ飛ばされてしまった。
「キャアッ!」
地面に倒れ込み、したたかに身体を強く打ち付けてしまった。い、痛い・・・。
「ジェシカッ!!」
公爵の焦る声が聞こえた。
「余所見してる場合かよっ?!」
1人の男が素早くパンチを繰り出すが、それを軽々と右手で受け止める公爵。
「な?何っ?!」
信じられないと言わんばかりの男の声。公爵はそのまま男の腕を強く握りしめると・・。
「ギャアアアアッ!!」
男の身体から電気が飛散った。どうやら公爵は男に電流の攻撃をしたようだ。
そのまま物言わず地面に倒れ込む男。
「貴様っ!」
「よくもやってくれたな?!」
残りの2人が同時に公爵に襲い掛かるが、一瞬で公爵の身体が消える。
「な?何?」
「き、消えた?!」
男2人は突然消えた公爵の姿をキョロキョロ探すがどこにも見当たらない。
「後ろだ。」
突然再び姿を現した公爵は男2人の背後を取ったと思った次の瞬間—。
男2人の首筋に手刀を叩き込む。
「「・・・。」」
そのまま崩れ落ちる2人。一瞬で勝負がついてしまった。私はあまりの公爵の強さに息を飲んで見つめていた。
まさか、魔法も使わず公爵がここまで強かったとは夢にも思っていなかった。しかし、それと同時に私の心に不安がよぎる。
もし、公爵と戦った場合・・・マシューは無事で済むのだろうか・・?
「大丈夫だったか?・・・いや、大丈夫なはず・・・ないな。」
公爵はまだ地面に座り込んだままの私に近寄ると、私の前にしゃがんで見つめて来た。
「ドミニク様・・・。な、何故ここに・・・?」
こ・怖かった・・・。
言いながらも私の身体は震えが止まらない。今頃になって先程誘拐されかけた恐怖が蘇って来たようだ。公爵から視線を逸らした時、突然公爵に強く抱きしめられた。
「すまなかった、ジェシカッ!」
「ド、ドミニク様?」
「あの聖騎士にあれ程言われていたのに・・・お前がソフィーに何度も危険な目に遭わされているから、目を離すなと言われていたのに・・・!それを、よりにもよってあんな女の暗示にかかり、お前の事も傷つけ、しかも今だって・・・!」
私を抱きしめている公爵の身体が震えている。もしかして・・・公爵も怖かったのだろうか?
「ドミニク様・・・思い出したのですか・・?」
「ああ、ついさっき・・。ジェシカを待つために図書館へ向かったら何故かあの女がそこにいたんだ。そして・・・あろうことか、再度俺を誘惑して来た・・・。そこで俺が断りを入れたら、あの女が言ったんだ。自分につれない態度を取れば、お前がどうなっても知らないぞと。その言葉でようやく今迄の事を思い出したんだ。」
「そ、そうだったんですね・・・。良かった・・。」
私は立ち上がろうとしたが、腰が抜けてしまったのか立つことが出来なかった。
「大丈夫か?ジェシカ。」
公爵が心配そうに言う。
「あ・・・安心したら・・こ、腰が抜けてしまったようで・・・。」
思わず照れ笑いをすると、公爵が突然私を抱き上げた。
「ド、ドミニク様?!な、何を?」
焦る私に公爵が言った。
「歩けないのだろう?何処かで・・・休むか。」
「ま、待って下さい!こ、この恰好で町を歩かれたら・・流石に、は・恥ずかしいのですが・・!」
私は顔を両手で押さえながら言った。
「あ、ああそうか。すまなかった。なら転移魔法で移動しよう。」
言うが早いか、目の前の景色が一瞬で消えたかと思うと・・次に現れた景色は先程の港のベンチだった。
「ドミニク様・・・ここは・・。」
「ああ、先程の場所だ。・・・この場所が・・気にいったんだ・・。」
じっと海を見つめながら公爵は言った。
「そうですか、それなら良かったです。」
そのまま暫く私達は港の海を眺めていると、不意に公爵が言った。
「ジェシカ、お腹が空かないか?」
「言われてみればそうですね。もうとっくにお昼時間を過ぎていますし。」
自分の腕時計を見ながら言った。時刻はもうすぐ15時になろうとしている。
「もう・・歩けそうか?」
公爵が私の顔を覗き込んできた。
「はい、もう大丈夫です。歩けます。」
「そうか・・・なら、遅い昼になってしまうが、今から食事に行かないか?海を見ていたらシーフード料理が食べたくなってしまって・・・。」
コホンと咳払いしながら少し恥ずかし気に言う公爵。私はそれを見てクスリと笑うと言った。
「いいですね。それでは一緒にシーフード料理店に行きましょう。」
その後、私達は港近くのシーフード店に入り、私はシーフードパスタ、公爵は魚介のプレート料理を頼み、2人で海を眺めながら遅めのランチを食べた。
食事が終わると、公爵に夕日が海に沈んでいくのを是非見て見たいと言われたので、再び私達は港へ戻り二人で並んでベンチに座り、太陽に海が沈んでいく様子をじっと見つめていた。
公爵は子供の様に目を輝かせてその様子を真剣に見ている。私はそんな公爵の横顔を見つめ、思った。
恐らく、今日が公爵と過ごす最初で最後の休暇になるのだろうと—。
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