第12章 7 時間を止めて

 1時限目の授業開始すれすれに教室に入った私は隣の席の公爵に挨拶した。

「おはようございます、ドミニク様。」

すると公爵は今迄見た事も無いような軽蔑した目で私を見ると言った。


「何故お前は俺をファーストネームで呼ぶ?俺はお前にそのように呼ばれるような仲では無いぞ?」


え?

ゾクリ。

背筋に冷たいものが走る。一体・・・公爵は何を言っているのだろう?昨日の今日でここまで態度が変貌するなんて信じられない。しかし、今朝公爵がソフィーに会った時に突然人が変わったようになった姿を私は目の当たりにしている。

もう・・完全に公爵はソフィーの虜にされてしまったのだろうか?

私がいつまでも見つめていたからだろうか?明らかに不快感をあらわにした公爵が言った。


「おい、リッジウェイ。お前いつまで俺の事を見ているつもりだ?」


リッジウェイ・・・。今、公爵は私の事をそう呼んだ。

「も、申し訳ございませんでした。テレステオ公爵様。」

急いで頭を下げると公爵は短く舌打ちし、後は私に全く興味を無くした様子で頬杖を付き、教壇の方を見ている。

私はそんな公爵の様子をチラリと見ると小さくため息をつき、授業の準備を始めた・・。



 1時限目の授業の内容は全く頭に入ってこなかった。最も私はこの学院の授業を聞かずとも全て理解出来ているので問題は無いのだが、隣に座っている公爵から絶えず威嚇されているような気分で落ち着かなかった。

2時限目と3時限目は男女、それぞれ別の教室での授業だったのは本当にラッキーだった。


 そして3時限目の終了時・・・。

公爵はさっさと片づけを始めると席を立とうとする。ソフィーと待ち合わせでもしているのだろうか?


「あ、あの!テレステオ公爵様。少しお時間を頂けないでしょうか?」

私は勇気を振り絞って公爵に声をかけた。すると、公爵はまるで汚らしい物を見るかのような眼つきで私を見ると言った。


「何故、俺がお前ごときに時間を割いてやらなければならないのだ?」


それはあまりにも冷淡な言い方だった。


「・・・っ!」

私はショックで言葉を失い、下を向いたその時・・・。


「おい!貴様・・・ジェシカに対して何て口を叩くんだっ!」


え?思わず顔を上げると、そこに立っていたのは怒りで顔を真っ赤にしたアラン王子が公爵の襟首を掴んで睨み付けているではないか。


「ア、アラン王子・・・。」


「貴様・・・ジェシカに謝れ!」


アラン王子は今にも殴りつけんばかりの勢いで公爵の襟首を掴んで離さない。


「フン。誰かと思えばこの女に腑抜けにされた間抜けな王子か。お前も哀れな男だな。こんな女にうまい具合に騙されて。さては色仕掛けでもされたか?」


公爵はアラン王子を小馬鹿にしたような顔つきで言う。


「何だと?」


アラン王子に殺気が宿る。


「テレステオ公爵。幾ら身分が高い貴方でも我らの王子に対してその口の利き方は如何なものかと思いますが?」


いつの間にそこに居たのか、グレイが険しい目つきで公爵を睨み付けている。


「ああ、同感だ。王族に対して無礼過ぎるぞ。」


ルークも公爵から目を離さない。


バシンッ!

そこへいきなり魔法弾が公爵目掛けて飛んできた。しかし、それに気づいた公爵が素早く手で弾き返し、遠くの壁に当たった魔法弾は派手な音を立ててはじけ飛んだ。


一斉に教室で巻き起こる悲鳴。

え?だ、誰よ?!こんな教室で魔法弾を放つなん・・・・て・・・。

私はそこで固まった。

「マ、マリウス・・・。」

ああ、やはり教室で魔法弾を放ったのは私の下僕であり、狂犬のようなマリウスだった。


「おい!マリウス!教室で魔法弾をいきなり撃つな!」


危うくぶつかりそうになったアラン王子が抗議の声を上げるが、マリウスの耳には全く届いていない様だった。


「公爵・・・・。よくも私の大切なお嬢様を愚弄しましたね・・・。覚悟はよろしいですか・・・?」


マリウスは公爵を射殺さんばかりの視線で睨み付けている。


「ほう・・・。ここにもリッジウェイの妖力にかどわかされた哀れな男がいたのか・・・?」


 公爵は口角を上げて面白そうに言う。

え?妖力?かどわかすって・・・それはあまりの言い方では無いか?公爵はそこまでソフィーに心を囚われてしまったのだろうか・・・?

私は教室を見渡した。他の学生達は魔法弾に驚いて全員逃げ出してしまったようだし、肝心のマシューはまだ来ない。


「お、お願いです・・・。私は何とも思っていませんから、どうか・・もう喧嘩はやめて頂けませんか・・・?マリウス、貴方も落ち着いて・・ね?」

私は必死でその場に居た全員に懇願した。


「落ち着く?お嬢様、何を言っておられるのですか?私の最愛のお嬢様をここまで酷い扱いをするこの男を放って置けるはず無いではありませんか?」


「そうだ、マリウスの言う通りだ。お前・・・以前の俺と同様、あの女に暗示にかけられたな?・・・哀れな男だ。」


アラン王子は公爵を指さすと言った。

あ、そうか。アラン王子・・・貴方やっぱり自分が暗示にかけられていた事に気付いていたのですね?


「「俺達もジェシカを馬鹿にした貴方を許して置けません。」」


おおっ!このグレイとルークのシンクロ率!まさにマックスでは無いだろうか?

いや、そんな事を言ってる場合では無い。マシューは一体どうしたのだろう?何故まだ来てくれないのよ!


「ふん・・・お前達、俺とやるつもりか?」


公爵は腕組みをしながら言う。


「ああ、勿論だ。」

アラン王子。


「私は少々腕には自信があるつもりですよ?」

マリウス。


「「俺達だって・・・!」」

グレイ&ルーク。


いけない、彼等は分かっていない。公爵がどれ程の魔力の持ち主なのか・・・きっと彼等が束になってかかっても敵うはずが無い。

もう・・・マシューめ・・・!


「マ・・・マシューッ!早く・・早く来てーっ!!」


私は思わず叫んでいた—。



その時・・・キイイイイイイイーンッ!


「キャアッ!」

耳をつんざくような金属音が聞こえ、思わず私は目を閉じて、耳を塞いだ。

音がやみ、辺りが静かになったので目を開けて耳から手を離すと・・・そこには異様な光景が広がっていた。


「え・・・?何・・・?」


全くの無音の世界・・・。

私の目の前にいる彼ら全員が瞬きすらせずに止まっている。試しにマリウスの前で手をかざして振ってみるも何も見えていないのか無反応である。

アラン王子やグレイ、ルークも不自然な姿で静止しているし、公爵も意地悪そうな笑みを浮かべたまま固まっている。


「少し、彼等の時間を止めたのさ。」


突然背後で聞きなれた声がして私は振り向いた。

「マシューッ!」

そこに居たのはマシューだった。

私はマシューに駆け寄ると、彼の襟首を掴んで言った。

「ちょっと!酷いじゃ無いの!どうしてもっと早く来てくれなかったの?!」

半分涙目になってマシューに抗議する。


「ああ、ごめん。悪かったよ、少し準備に手間取っちゃって・・・。ほら、そんな泣きそうな顔しないで。折角の美人が台無しになるぞ?」


マシューはまるで小さな子供をあやす様に私の頭を撫でながら言った。

「ねえ・・マシュー。貴方って時間を止める事も出来たの?」


「うん、そうだよ。まあ、あまり長い時間は止められないんだけどね。長くてもせいぜい10分位かな?」


マシューは言いながら時を止められた彼等の前に行くと、まずはマリウスの額に手を当てると、何事か小さく呟く。そしてアラン王子、グレイ、ルークと次々に同じ事をしていく。

そして最後に公爵の前に立つと、頭の上に手を置いて呪文のようなものを唱えていく。すると公爵の頭から黒い靄のような物が現れ、空中に吸い込まれるようにかき消えた。


「え・・・?」

何?今の?

私はマシューを見た。すると彼は私にウィンクすると、指をパチンと鳴らす—。







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