第12章 6 貴方にお願い
「お早うございます。昨日は色々お世話になりました。」
朝起きてすぐに私は寮母室へ行き、挨拶をした。
「まあ、リッジウェイさん。具合はもう大丈夫なのですか?」
寮母が部屋から出て来ると少しだけ驚いた様子で私を見た。
「はい、お陰様ですっかり。本当にありがとうございました。」
「い、いえ。いいんですよ。これも・・・仕事の内ですから。」
寮母は少し照れたように言った。うん、この人は一見冷たそうに見える雰囲気を持っているけれども、本当はすごく優しい人に違いない。
私は再度寮母にお辞儀をすると、朝食を取りにホールへ向かった。
ホールには既にエマ達が座っており、私の姿を見ると驚いて駆け寄り、皆が口々に体調はもう大丈夫なのかと尋ねて来たので、私は笑顔ですっかり元気になった事を伝えると、皆がほっとした様子で、喜んでくれた。
私がエマに食事を持って来てもらったお礼を伝えると、彼女は笑顔で答えた。
「そんなの、当然じゃ無いですか。だって私達、親友同士ですよね?」
と―。
ねえ、エマ。私がもうすぐ魔界へ行くために門を開けると言ったら、貴女はどんな顔をする・・・?何故か私は彼女に尋ねてみたくなったが・・・言葉を飲みこむのだった・・・。
登校時間—。
私はマシューを待つ為に今回も男子寮付近の植え込みの中に隠れていた。
マシュー・・・。早く来ないかな・・・。
じりじり焦る気持ちで待っていると、1人の女生徒が男子寮へ向かってやって来る。遠目からもはっきり分かるストロベリーブロンドの特徴のある髪色の女生徒は・・やはりソフィーであった。彼女はとりまきを連れずに、1人で男子寮の前にやって来ると、まるで誰かを待つかのようにじっとその場に立っている。私はマシューに気を配りつつ、ソフィーの事も注視していた。
やがて他の学生達に混じって公爵が出て来ると、案の定ソフィーは頬を染めて駆け寄っていく。しかし公爵は露骨に嫌そうな表情を浮かべて素っ気ない素振りでソフィーを追い払おうとしているが・・・次の瞬間。突然糸の切れた操り人形のようにガクリとなると、やがて・・まるでソフィーの事を恋人でも見るかのような愛おし気な目で見つめて微笑んだ。
「え・・・?」
一瞬で公爵の態度が一変した姿を見て私は背筋がぞっとした。そのまま固唾を飲んで見守っていると、公爵は次の瞬間自分の腕にソフィーの腕を絡ませた。
「!」
公爵がソフィーに操られているのは分かっていたのだが、いざ2人の仲睦まじげな様子を見ると、胸がズキリと痛んだ。まるであの時見た夢の前兆を見せられているかのような錯覚に陥ってしまう。
2人は周りの目も気にせずにぴったりと寄り添い合って校舎へ向かって歩いて行く姿を、私はただ空しい気持ちで見守るしか出来なかった。
気を取り直して、引き続き男子寮を見守っているとマシューが現れた。
「マシューッ!」
私は木の茂みから飛び出すと、マシューは一瞬驚いた表情を見せたが次に明るい笑みを浮かべて言った。
「やあ、おはよう。ジェシカ。何?朝からこんな所でかくれんぼでもしていたのかな?」
「マシュー。からかわないで。貴方を待っていた事位分かっているでしょう?」
私は頬を膨らませて言うと、すぐにマシューの手を引いて歩き出す。
「お、おい?ジェシカ。何処へ行くんだい?」
焦るマシューに私は答えた。
「決まってるじゃない、教室に行くのよ。まだ授業が始まるまで時間があるでしょ?マシュー。貴方の教室で少しお話がしたいのよ。どうしてもお願いしたい事があって。」
そう、私のいるA組はマリウスはおろか、アラン王子にグレイ、ルーク、それに公爵がいるからうかつに2人きりで話す事が出来ない。
けれどマシューのいるB組は幸い誰も知り合いがいないので、私にとって都合が良いはずだったのだが・・・・。
「ねえ・・・・何で私達、こんなに皆から注目されているの?」
マシューの席の隣は空席になっていたので、私達は隣り合わせに座っていたのだが、何故か彼のクラスメイトが私達をじっと凝視して、時折ヒソヒソと何か話をしている。
「そんなのは当然じゃ無いか。ジェシカ、君がここにいるからだよ。」
「え?何で私がここにいるからって・・・あ、そうか。違うクラスの生徒がいるから皆見ているんだね?」
マシューに言うと、彼は溜息をついた。
「ジェシカ・・・君は自分の事を何も理解していないんだね。自分がこの学院でどれだけ有名人なのか分かってる?」
「え?私が有名人?嘘でしょう?」
すると驚いたのはマシューの方だ。
「もしかして・・・ジェシカ、君本気でそんな事言ってるの?信じられないよ・・・。分かった、それじゃこの際はっきり教えてあげるよ。ジェシカ、君の事は全学年で知らない人がいない位有名人なんだよ?」
「ま、まさか・・。」
「それはそうさ。絶世の美女にして、この学院の女生徒達の憧れの的である男性達から一斉に好意を寄せられ、それでも誰にもなびかない高根の花・・ジェシカ・リッジウェイ。それが、君さ。」
マシューは私を見つめながら言った。
「あははは・・冗談ばっかり。」
笑いながら手をヒラヒラさせるが、マシューの顔つきは至って真面目だ。
「そう思うなら、周りを見てごらんよ。ほら、このクラスの男子学生は皆君に見惚れているか、俺の事を凄い目で睨み付けている奴等ばかりだから。」
マシューに言われ、チラリとB組の男子学生達を見ると、確かに私を熱のこもった目で見つめる学生やら、時にはギラギラ光る眼でマシューを睨んでいる学生もいる。
「俺はね、聖剣士であるけれども魔族と人間のハーフだって事で、クラスメイトからはあまり良い目で見られていないんだよ。」
「え・・・?」
マシューの意外な台詞に私は言葉を無くした。
「まあ、それはそうだよね。皆魔族と言ったら恐ろしい姿をした魔物のイメージしか持っていないから。中には人間と大して差が無い姿をした魔族がいるって事も知られていないから仕方ないさ。」
「・・・ごめんなさい、マシュー。私のせいで・・・今すごく迷惑をかけているかも・・。」
俯いてマシューに謝罪した。
「そんな事気にする必要は無いって。それにクラスメイトから憧れのジェシカ・リッジウェイと親し気に話せる俺を羨望の眼差しで見てくる視線も悪くは無いし。」
マシューは明るい声で言った。
「マシュー・・・。私・・・」
「それより、ジェシカ。俺に何か用事があるんだろう?そろそろ授業も始まるし、要件を教えてくれないかな?」
「あ・・・そうなの!ねえ、マシュー。強い催眠暗示にかけられた相手を正気に戻すには・・。催眠暗示から解いてあげる方法、何か知らない。」
「え?誰が催眠暗示にかかっているの?」
「その人は・・・私と同じクラスのドミニク・テレステオ公爵。暗示をかけたのは準男爵家のソフィー・ローランと言う女性なんだけど・・」
「ああ、君の命を何度も狙って来た彼女だね。そうか。君の大切な男性がソフィーに奪われてしまったんだね。」
とんでもないことを言うマシュー。
「ねえ、その大切な男性っていう言い方は少し語弊があるんだけど」
ジロリと恨めしそうな目でマシューを見る。
「え?違うのかい。」
「確かに大切って言えば大切だけど・・・でも、それは異性として大切って訳じゃないからね?!」
するとマシューは私を意味深な目で見つめながら言った。
「ふ~ん・・・。やっぱり噂は本当だったんだね。君が決して特定の男性になびかないって話は。」
「だ、だって私は・・・・。」
思わず言葉に詰まってしまう。
「まあいいさ。その話は別に僕には関係無いしね。それじゃ、彼がどんな暗示をかけられているか知りたいから、昼休みにでも彼に会いにそっちのクラスに行くから引き留めておいてくれるかな?」
「うん、分かったわ。」
こうして私達は約束を交わした。
どうか、マシューが公爵の暗示を解く方法を見つけられますように・・・。
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