第12章 5 暗示を解くには・・・

「ド、ドミニク様・・・。」

私は慌てた。今まで泣きそうになった公爵は何度も目にしてきた。なのに・・・今、公爵は涙を流して俯いている。一体何故?私はそんなにも公爵を傷付けるような事を言ってしまったのだろうか・・・?


私は慌ててソファから起き上がると、公爵に声をかけた。

「どうされたのですか?ドミニク様。何故泣いていらっしゃるのですか?」


「ジェシカ・・・。」


公爵は俯き、嗚咽を堪えながら言った。


「お、俺は・・・なんて真似を・・・。あれ程催眠暗示については熟知していて・・気を付けていたはずなのに・・・。よ、よりにもよってあの女の策略にはまり、挙句にジェシカの眼前で、そ・・そんな恥ずべき行為を・・・!」


「ドミニク様・・。」

「いくら操られていたとは言え、あんな女と・・・俺は最低な男だ・・・!」


そう言うと、公爵はポロポロ涙をこぼしながら私の方を向いた。


「ジェシカ・・・許してくれ・・・。俺はお前を傷つけようとしてきたあの女を・・・。もう俺はお前の傍にいる資格は無い・・・。本当に、すまなかった。」


公爵は私に深々と頭を下げた。

「そ、そんな・・!や、やめて下さい!ドミニク様のせいではありません。だって、あのアラン王子だって何度も何度もソフィーさんの暗示にかけられていたのですよ?何もドミニク様だけが特別だとは思っていませんから。」

慌てて言う。こんな傷付いた状態の公爵を放って置くなんて私には出来ない。


「ジェシカ・・・。」


公爵は私の名を呼び、そっと手に触れようとして・・・慌てたように手を引っ込めた。


「お、俺は・・もうジェシカに触れる資格すら無い・・。すまなかった。こんな・・・俺の部屋にお前を連れて来てしまって・・・。」


公爵はフイと顔を背けると言った。


「ジェシカ・・・こんな俺を軽蔑するだろう?俺はもうお前には近付かない。今後はただのクラスメイトとして接する事にしよう。そして、なんとかソフィーの暗示を解く方法を自分なりに探してみる。あんな女の暗示など・・考えるだけでおぞましい。アラン王子だって何度も暗示にかけられていたのに、今は解けているようだしな。明日にでも・・・アラン王子に方法を尋ねてみる事にするよ。」


公爵はいつの間に、泣き止んでいたのか寂しげに微笑むと言った。


「ドミニク様・・・。」

本当に?ソフィーの暗示を解く方法を探せるのだろうか?私に公爵を手助け出来る力があれば・・・。そこまで考えた時、一つの記憶が蘇って来た。あれは・・いつの記憶だっただろうか・・・?


 私は必死で記憶の糸を手繰り寄せた。

あれは・・・そうだ。雪祭りのパレードがあったあの日。ソフィーを含め、アラン王子達とエマ達との攻防戦?が行われた日の夜の事・・。私はアラン王子と2人で初めてサロンへお酒を飲みに行った。そこで飲みなれないスパークリングワインのせいで、私はかなり酔いが回っていたっけ・・・。その時、隣に座っていたアラン王子が自分を助けて欲しいと訴えてきたのは何となく覚えている。


 あの時、私は何と答えた?そこから先の記憶は全く無いのだが・・・。

でも翌朝目が覚めた時、私はベッドに寝ていて隣にはアラン王子がいた・・・。

そう、あの時私は・・・アラン王子と関係を持ってしまった。思えばあの時からでは無かっただろうか?アラン王子がソフィーと一緒に居る事が無くなったのは。そう言えばあの時サロンで何か私に語りかけていた気がする。私ならきっと自分にかけられた呪縛を解けるはずと言っていたような・・・?

ひょっとすると、アラン王子がソフィーからの暗示を解く事が出来たのは・・・!


 私は顔が青ざめてしまった。さっき公爵はアラン王子にどうやってソフィーから受けた暗示を解いたか尋ねてみると言っていたけれども・・・。

「ま、待って下さい!ドミニク様!」

公爵の服の裾を掴んで私は必死で言った。

「あ、あの!どうかアラン王子にどうやって暗示を解いたかの方法は尋ねないで下さい、お願いします!」


「ジェシカ・・・何故だ?」


不思議そうな顔をする公爵。でもそれは無理も無いだろう。だけど・・・!公爵には私とアラン王子の関係を知られたくない・・・。いや、知られる訳にはいかない!


「あ、あの!ドミニク様をソフィーさんの暗示から解く方法を私なりに探してみますから・・・どうか、アラン王子には尋ねないで下さい!」


「ジェシカ・・・。」


「わ、私はドミニク様の事を軽蔑なんてしていませんから!2人で一緒にソフィーさんからの暗示を解く方法を探していきませんか?」

私は必死で公爵に縋りついた。


「ジェシカ・・・本当にいいのか?ソフィーとあんな事になってしまった俺を・・許してくれるのか?」


公爵は信じられないと言わんばかりに目を見開いた。


「はい、許すも何も・・・私は初めからドミニク様の事を怒ったりしていませんから。それに恐らくアラン王子だってきっと過去にソフィーさんと・・・。」

そこまで言って私は慌てて口を噤む。これ以上何か話せば、ボロが出てしまいそうだ。


「ありがとう、ジェシカ。」


改めて公爵は私に礼を言うと言った。


「分かった。・・・そろそろお前を部屋へ送り届けようか?」


公爵は私の肩をグッと引き寄せると一瞬で女子寮の私の部屋へと飛んだ。


「それじゃ、お休み。ジェシカ。」


「はい、お休みなさい。ドミニク様。」

私はお辞儀をすると公爵はフッと笑い、次の瞬間姿を消していた。


「ふう・・・・。」

私はため息をつくと、ベッドの上に座った。疲れた・・・。

そのままゴロンとベッドに横になり天井を眺める。


「それにしてもソフィーからの暗示を解く方法・・・公爵に身をゆだねなくても何か他に暗示を解く方法は無いかな・・・。」

 

 別に私は最悪、他に暗示を解く方法が見つからないのであれば最悪、アラン王子の時のように公爵と関係を持っても構わないと思っている。しかし、アラン王子と公爵とでは性格が全く違い過ぎる。公爵はとても生真面目な男性だ。公爵の気持ちに応える事が出来ないのに、そのような行為をしてはあまりに不誠実で、彼を深く傷つけてしまうのでは無いかと思うと、とても言い出す事は出来なかったし、やはり幾ら何でも私の口から私と男女の関係になれば暗示を解けますよ。等と言える程の精神の持ち主では無い。


 けれども公爵が暗示にかかったままだと、私は非常に困った立場に追いやられてしまうのは確かだ。


「私が魔界へ行くまでの間に、何とか公爵の暗示を解除しておかなくちゃ・・。」


う~ん・・・どうしたものか・・。

「やっぱりマシューに相談した方がいいのかも・・・。」

思わず口をついて出ていた。

私は実際の所、ソフィーの暗示能力がどれ程凄いのかよく分からないが、恐らく実力はマシューの方が上では無いかと思っている。何せ指を1回、パチンと鳴らすだけで瞬時にアラン王子達を暗示にかけてしまったのだから。挙句に私とマシューの姿を認識する事が出来なくなるような暗示まで同時にかけるなんて普通の人には出来っこない。


「うん、そうだ。ここはマシューに相談するのが一番だね。」


そう思うと、急に心が楽になってきた。そうと決まれば明日早速マシューに会いに行って来よう。そしてソフィーによってかけられた公爵の暗示を解く方法を教えて貰うのだ。

もう体調もすっかり良いし、きっと明日は授業に出る事が出来るはず。


「よし、今夜は明日の為にもう寝る事にしよう。」


私は部屋の明かりを消すと布団に潜り込んだ。


待っていて下さい、公爵。

必ず貴方の暗示を解く方法を見つけるから―。












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