第12章 8 卑怯な手段

 マシューがパチンと指を鳴らすと、途端に音のある世界が蘇って来る・・・。


「それではお嬢様、本日はどうしてもドリス様に懇願されて一緒に昼食を取らなければなりませんので失礼しますね。」


マリウスが私に申し訳なさそうに言う。


「え・・・?あ、はい・・。どうぞ、ごゆっくり・・。」

余りの突然の会話に驚いて変な対応をしてしまった。


「ジェシカ、実は昼休みに学院長に呼ばれているんだ。来週、聖騎士になる為の試験があり、昼休みに説明会があるそうなんだ。」


アラン王子が私の手を握り締めると言った。


「え?ええ。どうぞ行って来てください。」


「悪いな、ジェシカ。俺達も付き添わなければならないから。」


グレイが言う。


「また後でな、ジェシカ。」


ルークも言うと、彼等はぞろぞろと揃って教室を出て行く。しかし、一方の公爵はまるで魂が抜けたかのように虚ろな瞳で立ったままだ。私は心配になってきてマシューに声をかけた。

「ね、ねえ。マシュー。公爵がまだ正気に戻らないんだけど・・・?」


「いや、今彼はまだ俺の催眠暗示にかかった状態だからね。これから幾つか質問しようかと思っているんだ。ジェシカも聞きたい事があるなら質問してみるといいよ。」


「ええ?!そ、そんな急に言われても・・・。」


「そう?それじゃ君は黙って見てるだけでいいよ。」


マシューは言うと公爵の正面に立つ。


「さて・・テレステオ公爵。君はあれ程ジェシカを慕っていたよね?何故急に心変わりしたのかな?」


「ジェ・・・ジェシカは・・お、俺の愛に応えてくれないが・・・ソフィーは俺の事を・・こんな悪魔と恐れられた・・俺の容姿を・・唯一受け入れてくれて・・誰よりも愛していると・・言ってくれた・・・からだ。」


機械的に答える公爵。でも・・・嘘だ、ソフィーが本心でそんな事を言うはずが無い。


「ふーん。そうか・・・。でも最初に君はジェシカを愛していたんだよね?なら何故ジェシカにあんな酷い事を言ったの?」


マシューは質問を続ける。


「ソフィーが・・・言ったんだ・・・。ジェシカ・・・は・・俺の事を・・迷惑だと周囲に話して・・いたと。俺の容姿が・・怖いと、あんな男など到底受け入れられない・・・と言っていたらしい・・。」


「う・・嘘よ!そんな事・・・私、一度も言った事無いわ!」

思わず叫んでいた。


「え・・・?」


公爵は私を虚ろな目で見る。


「私・・・私は一度も公爵の事を怖いと思った事は無いわ!その黒髪も懐かしくて、公爵の側にいると安心感を得られていたもの!そ、それに・・公爵の神秘的な瞳は好きだった・・・!」

いつしか私は涙ぐんでいた。酷い、ソフィー。公爵が周りからどんなふうに見られているか知っていたから、暗示にかける為に公爵の一番気にしている弱みを突いて、さも自分が一番の理解者であるかのような言い方をして公爵を暗示にかけたのだ。


「ジェシカ・・・。」


マシューはそっと私の肩を抱くと言った。


「これで分かったよ。ソフィーの暗示のかけ方が・・・。それにしても酷いやり方だよね?相手の弱みを元に、心の中につけこんで暗示をかけるんだからね・・。こんな方法は到底許されるものじゃ無いよ。ただ・・こういった暗示は強力だからね・・。中々簡単には解く事は出来ないかもしれない。」


「え・・・?それじゃどうすれば・・・?」


「ジェシカ、もっと公爵を受け入れてみればどうかな?彼に自分はジェシカに嫌われて等いないと言う安心感を与えてあげれば・・・徐々に暗示を解いていけると思うんだけどね。」


「ドミニク様・・・。」

私は公爵を見つめた。公爵は相変わらず虚ろな瞳で私達を見ている。


「それにしても・・・。」


マシューが不思議そうに言った。


「何?マシュー。」


「・・彼は一体何者なんだろう。体の中から怖ろしい程の魔力を感じるよ。魔力量は俺と同じ位ありそうだね。・・・本当にただの・・人間なのかな?」


マシューが意味深な事を言う。


「え?マシュー。それは一体・・・。」



そこまで言いかけた時、マシューが言った。


「ごめん、ジェシカ。俺この後用事があるんだ。聖剣士のテストを受ける学生達の説明かに立ち会わないといけなくて。実はテレステオ公爵も候補生の1人なんだよ。

だから悪いけど、彼を連れて行くね。」


そう言うとマシューは暗示にかけられた状態のままの公爵を連れて、転移魔法を使ってその場から消えてしまった。消える直前にマシューの声が頭の中で聞こえた。


『ジェシカ、明日は約束の日だから一緒にセント・レイズシティに行って貰うよ。今から楽しみにしてるね・・・。』


「え?ちょ、ちょっと!マシューッ!」


必死でマシューを呼んだが、誰もいない教室に空しく私の声が響き渡るだけであった・・。



 疲れた・・・。

こんなに疲れる昼休みは初めてだった。私はカフェの椅子に寄りかかりながら生ぬるくなったコーヒーを口にする。

先程の件が思った以上にショックだった私は食欲など皆無であった。

そこでカフェに行き、ブラックコーヒーとチーズケーキにスコーンだけを注文し、ぼんやりと過ごしていたのである。


ガタン!

その時、目の前に誰かが座った。ぼんやり顔を上げると、何とそこに座っていたのは生徒会長では無いか。

「何だ、生徒会長・・・。また貴方でしたか・・・。」

もう今日は疲れ切っていて、生徒会長だと騒ぐ気力すら無い。


「うん?何だとは随分な言い方だな?それに今日はいつものように張り合いがないようだが?」


生徒会長はいつもと様子が違う私に気が付いたのか、訝し気に首を傾げた。


「そうですか、いつも鈍い生徒会長でも気が付きましたか。」

疲弊しているので、気配りをしながら会話する余裕すらない。


「おい、先程から俺に対して失礼な言い方をしているとは思わないのか?」


「お気に触ったのでしたら謝罪します。どうも申し訳ございませんでした。」

心にも思っていない形だけの謝罪の言葉を述べた。


「う、うむ・・。分かればいいのだが・・・それよりもだ!!」


突然生徒会長は興奮し出した。


「おい、ジェシカ、聞いてくれ!実は大変な事になりそうなのだ。最近俺に対する不満が生徒会役員の中で広がって、近々弾劾裁判を生徒会内部で行おうという流れが出始めて来ているのだ。一体、どこのどいつかしらんが、俺が今迄生徒会運営費に手を付け、私物化している事を役員幹部に密告した奴がいるらしい。」


生徒会長は早口でまくし立てる。でもそんな話を全く生徒会とは無関係な私に説明してきても正直言って困る。

「あの・・・何故、その様な話を私にするのですか?もしかして悩み相談のつもりですか?」


「悩み相談?違う!そんなものでは無い!いいか、ジェシカ!お前は今後、俺の証人となるのだ。弾劾裁判にかけられた際には俺はお前を呼び出す。その時は俺に有利になるように発言するのだ。お前にしかこんな事は頼めない。何せお前は俺の一番の良き理解者であろう?!」


「はあ・・・?」

私は機嫌の悪さを隠そうともせず不機嫌な顔で生徒会長を見上げた。ちょっと何言ってるの?この馬鹿生徒会長は。冗談じゃない、何故こんなクズ男の為に虚偽の発言をしなくてはならないのだ?第一、今の私はこんなポンコツ男の言う事を聞いている場合では無い。


「生徒会長、もういいでは無いですか?いつまでも生徒会長という椅子にしがみ付いていても不正な事をすればいずれバレるという物です。今までさぞかし十分甘い汁を吸って生きてきたのでしょうから、この際全ての悪事を告白し、すっきりとした気持ちで生徒会長の椅子から降りるべきだと思いますけど?」


私は有無を言わさず一気に喋り、席を立とうとした。


「おい、待て!まだ話は終わって・・・。」


生徒会長がそこまで言いかけた時、突然男子学生達数人がカフェにズカズカ入って来ると、数人がかりで生徒会長を羽交い絞めにするではないか。

わ!びっくりした。


「お、おい!貴様ら!俺に何をするつもりだ!その手を離せえ!」


生徒会長は足をばたつかせて必死で暴れる。


「チッ!面倒だ!おい、やれ!」


1人の青年が他の学生に命じる。


「「はい!」」


返事をした男子学生2名は・・・息を揃えて、突然・・


バシッ!!


何か衝撃波のようなものを生徒会長に与えると、物も言わずに倒れ込む生徒会長。

おおっ!生徒会役員お得意の必殺技炸裂!

そのまま、生徒会長は引きずられるようにカフェを出て行った・・・。


一体、今のは何だったのだろう?

それにしても・・・また生徒会長ごときに無駄な時間を取られてしまった—。


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