第8章 9 残酷な事実
名前を呼ばれて振り向いた先に立っていたのは険しい顔をした公爵だった。
え?何故公爵がここに?それにどうしてそんなに怖い顔をしているのだろうか?
「ドミニク様・・・何故こちらに?」
私が尋ねると公爵は返事もせずにこちらに歩み寄り、私達のテーブルの席に無言で座った。
黒いマントを身に纏い、黒髪にオッドアイの瞳と完璧な美貌を持つ公爵はやはり目立つのだろうか、店内がざわめく。
「あ、あの・・・?」
声をかけるとようやく私の方を見た。
「今朝・・・リッジウェイ家を訪ねたら朝から何処かへ出掛けたと言われた。」
「え?」
突然公爵が口を開いた。
「ジェシカの事だ。行く先と言えば王都しかあるまい。それに王都は徒歩では行けない距離だ・・・。」
私の戸惑いとは別に淡々と語る公爵。
「そして俺は聞いた。ほぼ毎日王都に仕入れの仕事で来ている使用人の若者がいるという事を。」
言いながら、ピーターの事をジロリと睨み付ける。
ピーターはビクリとした。相手の正体は知らないものの、身なりから相当身分が高い事に気付いているのだろう。
「どういうつもりだ?お前は・・・使用人の身分をわきまえず、主と2人で食事をしに来ているとは。自分の置かれている立場を理解しているのか?」
強い口調でピーターに言う。
「お、俺は・・・。」
ピーターは俯いてしまう。
「待って下さい、ドミニク様。私が無理を言って、彼に連れてきて貰ったんです。どうかピーターを責めないで頂けますか?それに彼は確かに使用人ですが、雇用主は私の父であり、私が主ではありません。」
私は公爵に訴えた。
「ジェシカお嬢様・・・。」
「ジェシカ、今俺はこの男に話をしている。悪いが、口を挟まないでくれるか?」
何処かイライラした口調で公爵は言う。
「一体どうしたと言うのですか?いつものドミニク様らしくないですよ?」
私はそれでも続けた。
「らしくない・・・か。それではどんな俺ならいいのだ?」
公爵は頭を押さえながら言った。
「それは・・・・。」
私は言葉に窮してしまった。そしてそんな私達を気まずそうに見つめるピーター。その顔は酷く傷ついて見えた。
「さあ、ジェシカ。俺と一緒に帰ろう。」
公爵は立ち上がった。
「い・・嫌です!」
「え?!」
ピーターは驚いて私を見た。
しかし、それ以上に驚いているのは公爵の方だった。
「ジェシカ・・・。自分で何を言っているのか分かっているのか?」
「はい、良く分かっています。私は今日ピーターさんと王都に来ました。だから帰りもピーターさんと帰ります。最も・・・彼が迷惑でなければの話ですが。」
「俺は迷惑とは・・・・。」
ピーターは驚いているようでは合ったが、拒絶はしなかった。
「そう?ありがとう、ピーターさん。」
私は笑顔で言うと、公爵が声を荒らげて言った。
「ジェシカッ!」
公爵の声が響き渡り、店内の視線が一斉にこちらに集中する。
「ドミニク様・・・。落ち着いて下さい。ここは人目が付きますので、何処か場所を変えませんか?」
「・・・分かった・・・。」
公爵が立ち上ったので、私はピーターにも声をかけた。
「ではピーターさんも行きましょう?」
すると何故かピーターは急に慌てたように言った。
「あ・・・そう言えば俺、まだ仕入れが終わっていない物があったのを思い出しました!今からそちらに行かなければならないので、ジェシカお嬢様。申し訳ありませんが、そちらの方と本日はお帰り頂けますか?」
そして公爵の方を見ると言った。
「どうも申し訳ございませんでした。身の程を弁えず・・・。それではジェシカお嬢様をどうぞよろしくお願い致します。」
ピータ―は頭を下げると、逃げるように走り去ってしまった。
「ピーターさん・・・。」
誰にでも分かるような嘘をついて、この場を収める為に去って行ったのは見え見えだった。
「ジェシカ・・・あの男も行った事だし・・我々も帰ろう。」
公爵は溜息をついて私の腕を掴んで立たせると、肩を引き寄せて言った。
「でも・・・。」
私がまだ渋っていると、公爵は私の手を繋ぎ、強引に店の外へ連れ出した。
そしてドンドン歩いて行く。
「ド、ドミニク様!一体何処へ行くつもりですか?!」
それでも公爵は答えずに歩き続ける。やがて公爵は教会の前で足を止めた。
「・・・?」
私は手を繋がれたまま教会を見上げた。公爵は何故私をここへ連れて来たのだろう?
公爵はドアを開けるとフラフラと中へ入って行き、中央の椅子に座った。
私はどうしようかと躊躇したが、そのまま公爵を放って置く事も出来ずに、中へ入ると隣の席に腰を降ろした。
「この教会は・・・俺が恋していたメイドが結婚式を挙げた教会だと聞いていた。」
突然公爵は語り始めた。
「俺が領地巡りで丁度留守をしていた時の話だった・・・。彼女がここを出て行き、別の男と結婚したという話を聞いたのは屋敷に帰ってからの事だった。」
「え・・・?」
私は驚いて公爵の顔を見たが、彼の横顔からは何も感情を読み取る事が出来なかった。
「本当は、彼女は俺の事を好いていてくれて、周囲から身分違いの恋を反対されて俺との恋を諦める為に他の男と結婚したのではないかと思っていたのだ・・。
それなのに・・・。」
公爵はグッと拳を握りしめ、祭壇を見つめると言った。
「・・・彼女は誰とも結婚はしていなかった。俺の館を出てからすぐに家族と一緒に別の国へ移り住んだらしい。」
「ど・・どうして・・?」
何故、彼女はそのような事をしたのだろうか?私にはさっぱり理由が分からない。
「今朝・・・使用人たちの会話を聞いてしまったんだ。彼女から手紙が届いたらしく、他所の国で両親と幸せに暮らしていると・・。」
「!」
「俺は、どういう事なのだと使用人達を問い詰めた。すると、彼等は白状したよ。本当は彼女は俺に好意を寄せられているのが怖くて逃げ出したのだと・・・。やはり世間から悪魔と呼ばれる俺の事を本当は彼女が恐れていたのだと言う事が今朝、初めて聞かされたよ。まさか逃げ出す程だったとは・・・。小さい頃からずっと一緒だった彼女にまさかそんな目で見られていたなんて今迄思いもしなかった。」
「ドミニク様・・・。」
公爵は私の方を向くと言った。
「だから、俺は・・・ジェシカ。無性にお前に会いたくなって・・矢も楯もたまらず、リッジウェイ家を訪れた。それなのに、お前は何処かへ出掛けてしまったと言うじゃ無いか。」
「・・・。」
私は何も言えず、押し黙ってしまった。
「恐らく王都に来ているのではないかと必死で探した所・・・お前は、よりにもよって使用人の男と仲睦まじく食事をしていた・・。」
「ドミニク様・・・。」
「ジェシカ、お前は俺が恋したあのメイドとはまるきり正反対だ。お前は身分の差など少しも気にしない。俺の黒髪を美しい髪色だと言った。そして・・・左右の瞳の色が違うのも神秘的で素敵だと言ってくれた・・・。」
いつの間にか公爵は熱のこもった瞳で私を見つめていた。
どうしよう・・・。私の言葉を公爵はそれほど重く受け止めていたなんて。
黒髪は日本にいた時で見慣れていたし、オッドアイの事だって知っていた。だから公爵の事を悪魔とは思いもしなかったので思ったままの言葉を公爵に伝えただけなのに・・。
「だからこそジェシカ、俺はお前に会いたいと思い、王都中を探し歩いたのだ。それなのに・・・。お前は俺を追い返そうとした・・・。その時に思った。やはりジェシカは身分の差など全く気にも留めない女なのだなと。だから・・そんな女だからこそ、俺は・・。」
そこで公爵は言葉を切り、俯いてしまった。
私は何と答えれば良いか分からなくなってしまった。先程のピーターの話も気の毒だし、公爵だって十分苦しんでいる。だけど・・・あの時ピーターが見せた悲し気な表情も忘れらない。
私は項垂れている公爵の背中にそっと手を添えると言った。
「ドミニク様・・・取り合えず、邸宅へ送って頂けますか・・・?特製ハーブティーを淹れますから、是非飲んで行って下さい。」
それだけ伝えるのがやっとだった―。
取りあえず邸宅に帰ったら、ピータを訪ねて今日の事を謝罪しなくては・・・。
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