第8章 10 婚約の話は無かったことに

 この後公爵の移動魔法により、リッジウェイ家に帰ってきた私は公爵の為に特製ハーブティーを淹れてあげた。

公爵はかなり精神的に参っていたようだが、このハーブティーを飲んだ事によって落ち着いたようだった。

 公爵が滞在中、マリウスは始終私達の様子を気にしていたようであったが、アリオスさんに止められ、色々と屋敷の用事を言いつけられて働かされ、結局私達のいる部屋に来ることは無かった。


「今日は・・・・ジェシカに情けない姿を見せてしまったな。・・悪かった。」


帰り際に公爵は言った。


「いいえ、いいんですよ。だって私達は友人なんですよね?」

笑顔で言うと、何故か公爵は悲しげな顔をした。


「友人・・・か・・?」


「ドミニク様?」


「やはり、お前の中での俺は友人・・・なのか?」


「え?ええ・・・。」

だって、確か公爵からその話を言って来たんだよね?あ!そうだ、伝えたい事があったんだ。


「あの、ドミニク様。実はその事でお話があるのですが・・・。結局私がドミニク様と婚約したフリをしてもアラン王子もマリウスも態度は待ったく変わらなかったので・・婚約は解消・・と言う事にしませんか?」

どうせ婚約指輪とかもしていないし、単なる口頭での決め事だから何も問題は無いだろう。

フリッツ王太子は何も言っては来ていない所を見ると、恐らく私にはもう興味は無いだろうし。

 しかし、その事を告げると公爵の顔色が変わった。


「な・・・何・・?ジェシカは俺との婚約を破棄すると言うのか?」


ん?破棄?そもそもきちんと婚約を結んでもいないし、破棄も何もあったものでは無いと思うのだけれど・・・。


「あの、ドミニク様。落ち着いて下さい。そもそも私達は婚約のフリをしただけですよね?第一指輪だってしている訳でも無いし、正式に婚約を結んでもいませんでしたけど・・・。」


「ジェシカ・・・。それがお前の本心なのか・・?」


酷く傷ついた顔で私を見つめる公爵。え・・?私何か変な事を言ってしまっただろうか?

「え?ええ・・・。取り合えず、婚約を取りやめにした理由は・・・この際、何でもいいですよ。私に原因があったという事にして頂いても結構ですし・・。」

そもそも公爵と婚約をしている状況で魔界の門を開ける事も、ノア先輩を助けに行ける訳もない。


「分かった・・・。ジェシカがそこまで言うのなら・・この婚約は無かった事にしよう・・。帰り際にジェシカの両親に俺から話をするよ。」


 流石は公爵、話が早くて助かる。だけど、何だか公爵の様子がおかしい。余りにも突然の申し出だったからだろうか?でもそんな事は自分だって分かっている。随分身勝手な事をしている事等十分承知している。しかし、私は魔界へ行く方法がまだ分からないけれどもノア先輩を助けに魔界へ行くと決めたのだ。

 そうなると公爵は必ず私を捕えて裁きにかける。今目の前にいる公爵はいずれ私の敵になってしまうのだ。

公爵は私に言った。絶対に私を傷つける事はしないと。でも・・・恐らくそれは無理だろう。きっとソフィーが介入してきて、何らかの手を使って公爵に暗示をかけてくるに違いない。

ソフィーの暗示は強力だ。ちょっとやそっとの事ではいくら魔力が強い公爵でも暗示を破る事が出来るとは思えない。

だからこそ、絶対にこれ以上仲良くなってはいけないのだ。今後はある一定の距離を置かなければ。

さもないとゆくゆくはお互いを傷つけ合うだけなのだから・・・。


 結局、この後は公爵が私の両親に面会して話をする事になった。

自分には愛する女性がいて、彼女は結婚してしまったと噂を聞いていたが、実はその話は嘘で、まだ結婚はしていなかった。

その事実を知り、彼女に対する思いがまた強まり、私に不実な事はしたくないから婚約を破棄させて欲しいと・・・。

 公爵は自分が一方的に悪者扱いされる事により、私の両親を納得させてしまったのである。

 父と母は、最初こそ良い顔はしていなかったけれども結局は公爵の彼女に対する熱い情熱を知る事になり、最期は公爵に彼女との愛が成就しますようにと何故かエールまで送っていた程だった。


 公爵を門まで送る為、お互い無言のまま私達は並んで歩いていた。

やがて門まで辿り着いたので、私は公爵に言った。

「それでは、ドミニク公爵様。お元気で・・・。今までありがとうございました。」


「まるで・・・最後の別れのような台詞だな?他に俺に言う事は・・・無いのか?」


寂しげに微笑む公爵に私の胸は締め付けられそうになった。

「そうですね・・・。ドミニク公爵様の前に素敵な女性が現れ・・新しい恋が始まる事を・・お祈りしています。」


「!」


一瞬公爵の身体がビクリと反応するのを見た。公爵は少しの間、俯いて下を向いていたが・・・やがて顔を上げると言った。

「あ、ああ・・。そうだな。そうなると・・いいな。」


「はい、来年はセント・レイズ学院に編入されるんですよね?この学院では素敵な女性も沢山いますし、学生結婚も認められている程なので、きっと公爵様ならすぐに良いお相手に巡り合えると思いますよ?」

私はわざと明るく言った。


「・・・。」

公爵は黙ったまま何も言わない。どうしよう、このまま家に戻る事出来ないよね・・・


「俺の・・・言う事を信じては貰えなかったとい事か・・・?」


公爵は突然顔を上げると言った。


「え?」

ドクン。

自分の考えを見透かされた様で心臓の鼓動が大きくなった。


「ジェシカは・・・俺が絶対にお前を傷つけないと言った言葉を結局は信じてくれなかった・・・という事なのか?」


 気が付くと至近距離で私は公爵に見つめられていた。

駄目だ・・・この瞳に見つめられると、本音を打ち明けてしまいそうになる。


「あの・・・私、これで失礼しますっ!」

私は背を向けて帰ろうとして・・・背後から突然公爵に抱きすくめられ、耳元で何かをささやかれた。


「え?!」

慌てて振り返るも、一瞬で公爵の姿はその場でかき消えてしまった。

今の台詞は・・・・?まさか、聞き間違い・・・だよね・・・?

私は公爵が去った後も暫くその場に立ち続けていた—。




 夕方—


コンコン

私はピーターの家のドアをノックした。家の裏手を見ると車が置いてあるのでもう家に帰っているはずかな・・・?しかし留守のようだった。

何時帰宅するかも分からないので私は玄関の前にたまたま置かれていたベンチを見つけて、そこに座ってピーターの帰りを待つことにした。


 それにしても中々彼は帰ってこない。

フワアア・・・今日も色々な事が合って疲れてしまった。欠伸を噛み殺している内に私はいつの間にか眠ってしまっていたようで・・・。


「・・・嬢様。ジェシカお嬢様。」


誰かに声をかけられ、慌てて飛び起きた。

すると目の前にはピーターの顔が。


「うわあああっ!すすすすみませんっ!無礼な真似をしてしまって!」


無礼な真似・・・?

私はぼんやりする頭の中で、どうして自分はこんな所にいるのかボンヤリ考えていた。

あ!そうだ、思い出したっ!

「ごめんなさい、ピーターさん。今日は折角王都迄連れて行って貰ったのに、最期はあんな不快な思いをさせてしまって・・・。」

頭を下げた。


「そんな、何を言ってるんですか?元々、あの方の仰った通りなんですよ。使用人の分際で・・・ジェシカお嬢様をまた誘おうとしたなんて・・・。」


「何言ってるの?私は嬉しかったわよ?誘ってくれて。またこれに懲りずに王都へ連れて行って貰える?そして帰りはあのハンバーガーを食べに行かない?」


「は、はい。お・俺で良ければ喜んで!」


ピーターは頬を赤く染めて言うのだった—。















 




 











 



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