第8章 8 無神経な女

「どうもご迷惑をおかけしてしまいました・・。ジェシカお嬢様。」


 ここは王都のカフェ。ピーターは私の向かい側の席に座り、申し訳なさそうに頭を下げている。

あの後ピーターに絡んでいた2組のカップルを撃退?し、元気が無いピーターを見かねた私は近くのカフェに彼を連れて来たのだ。


「そんな事、気にしないでよ。それにしても何だったの?あの人達は。ピーターさんとはどういう関係?話したく無ければ無理には聞かないけど・・・。」


「いや、関係と言っても大した仲では無いですよ。ただ学校の同級生だったってだけです。それに・・・彼等は商人の跡取りだから・・・金持ちで俺を見下してるんですよ。以前のジェシカお嬢様は俺に興味すら持っていなかったので、こんな風に2人で話をした事すら無かったので知らなかったでしょうけど・・・俺は両親を亡くして、今は1人であの家に住んでるんですよ。元々我が家はリッジウェイ家の使用人で、あの家に住んでいたんですけどね、俺が学校を卒業する前に両親が事故で死んでしまって・・・旦那様がお金を貸してくれて、何とか卒業する事が出来たんですよ。それで今は借金を返しながら生活しているって感じです。」


 私はそれを聞いて途端に自分が酷く甘えた人間のように思えて恥ずかしくなってしまった。親に買ってもらった服を必要無くなったからと安易に売って現金にしてしまうなんて・・・きっとピーターから見たら、甘ったれた嫌な人間として目に写っているに違いない。


「ごめんなさい・・・。」


 思わず私は俯いてピーターに謝っていた。


「え?何故ジェシカお嬢様がそこで謝るんですか?!」


ピータ―は慌てたように声をかけてきた。


「だ、だって・・・。貴方は頑張って働いて稼いだお金で借金を返し、車を買って、そしてあの家で1人生計を立てているんだもの・・・。とても立派な人よ。それなのに私ときたら・・・いらなくなったから売りに出して現金に換えてしまうなんて罰当たりな事をして・・・。」


 幾らこの先私が罪を犯して捕らえら、財産を奪われてしまうからと言って、先手を打つために不要な物品を売ってお金を稼いで、それをダニエル先輩に預けようと思っていたなんて。

きっとピーターから見れば軽蔑に値する人間なのかもしれない。

それに考えてみれば夢の中では私だけではなく親族まで流刑島へ送ると言っていたでは無いか。そうなると・・・財産を隠して置く意味すらなくなってしまう。

だとすると、リッジウェイ家から縁を切って貰わなければ・・・!


 私が俯いたまま、口を閉ざしてしまったのを見て、ピーターは酷く狼狽してしまったようだ。


「ジェシカお嬢様?!どうされたのですか!顔を上げてくださいよ。俺、別に軽蔑なんて全くしていませんから!」


ピーターの声に我に返り、私は顔を上げた。


「そ、それに俺・・・口に出しませんでしたけど・・・本当は今日凄く嬉しかったんですっ!」


「嬉しかった・・・?」

何か嬉しかった事があったのだろうか?


「今まで誰もが俺の車の事馬鹿にしていたのに、ジェシカお嬢様は楽し気に乗ってくれて、その上素敵だと言ってくれた事も・・・俺の馬の事も気にかけてくれたし、あのマリウス様に内緒で秘密を打ち明けてくれた事や・・さっき俺をからかっていた連中から・・わ、わざと彼女のようなフリをしてくれてあいつらの鼻を明かしてくれた時は・・・正直、スカッとしましたよ。」


ピーターはニコッと笑顔で言った。


「そうなの?大した事はしたつもり無かったのだけど、ピーターさんのお役に立てたようなら良かった。」


私は腕時計をチラリと見た。

時刻はもう12時になろうとしている。

「あ、もうお昼の時間だね。それじゃそろそろ・・・。」

立ち上ろうとした時、突然ピーターが大きな声で言った。


「あ、あのっ!」


「え?な、何?」


「俺、王都で美味いハンバーガーショップを知ってるんですよ!も、もし良かったらさっきのお礼も兼ねて・・一緒にそこのお店で・・食事しませんか?!」


「・・・・。」

ピーターの余りの大きな声に驚き、言葉を無くした私は思わずピーターを見上げると、彼は何を勘違いしたのか慌てたように言った。


「あ、す・すみませんっ!仮にも・・・公爵令嬢がハンバーガーなんて庶民的な食べ物を好まれるはずがありませんよね・・・。」


何故か必死に言い訳のように言うピーターだが、次第にその声は元気を無くしていく。え?また私無意識に傷つける行動を取っていた?だから私は言った。


「行きます・・・。」


「え?」


ピーターは私を見た。


「行くっ!行きたいっ!ハンバーガー大好きなの。是非、案内してくれる?」

丁度お腹も空いていたし、美味しいと評判のハンバーガーが食べられるなんて・・。


「そ、それじゃ行きましょう。ジェシカお嬢様。」


ピーターに案内されて行ったハンバーガーショップは中々の盛況ぶりだった。

彼は言う。


「ここのハンバーガーショップは全て注文してから作るので、いつでも出来立てを食べられるんですよ。それにバンズの大きさもサイズが選べるし、具材の中身も指定出来るんですよ。」


ピーターは嬉しそうにペラペラと喋る。

知らなかった・・・・この人はこんなにもおしゃべりが好きな人だったんだ・・。

そんなピーターを私がじ~っと見つめていると、ハッとなるピーター。


「す、すみません・・・。俺、1人で喋り過ぎで・・。男のくせにお喋りだと思われたでしょう?」


「うううん、そんな事無いよ。それよりここのハンバーガーショップ、他の誰かと来る時もあるの?」


私が尋ねるとピーターは目を伏せると言った。


「無い・・・です。ジェシカお嬢様が初めてです。」


「そうなの?ありがとう、最初に連れて来てくれて。」

ああ、楽しみだなあ。そう言えばセント・レイズ学院にいた時もよくハンバーガーを食べていたっけ・・・。


 広い店内には所狭しと若い男女がテーブルにひしめき合っている。

それによく見ればカップルばかりだ。

メニューを注文する為にカウンター前で並んでいるとピーターに声をかけられた。


「ジェシカお嬢様、どのメニューにしますか?」


私はメニュー表を見て驚いた。ハンバーガーだけでも50種類位あるのだ。とても選べるわけが無い。


「あの~ピーターさんと同じメニューにしてもらえる?サイズは小さめので。」


「ええっ!ジェシカお嬢様・・・本気でおっしゃられているのですか?」


「?うん。だって多すぎて選べないから・・・ピーターさんならこのハンバーガー屋さんに来慣れているから、任せれば大丈夫かなって・・・。」


「はい、そういう事ですね・・。はい、分かりました。では注文を取ってきますので、あちらの席で待っていて貰えますか?」


「うん。それじゃあそこで待ってるね。」


 席について大人しく待っている事、約5分。


「お待たしました、ジェシカお嬢様。」


ピーターがトレーに乗せてハンバーガーのセットを運んできた


「これはこの店一番のお勧めメニューなんですよ。これを頼めばまず間違いは無いです。」


トレーの上に乗ったハンバーガからは美味しそうな匂いが漂っている。

「うわあ・・・本当に美味しそう。」


ピーターがハンバーガーにかぶりつくのを見て私も一口かぶりつく。

お、美味しい・・・っ!

私は思わず夢中になって食べ続け、目の前にピーターが座っている事すら忘れてしまっていた。


「ふう・・美味しかった。」

私は口元をペーパーで拭き取り、そこで初めてピーターが楽しそうに笑っている事に気が付いた。

ハッ!いけない・・・ついピーターと一緒に来ている事を忘れていた。


「あ、あの・・・。」

ううう・・食い意地のはった女と見られたのでは無いだろうか!


「ハハハ・・・ッ。ジェシカお嬢様の食事する姿は清々しいですね。」


ピーターは笑いながら私を見て笑い、そして言った。


「ジェシカお嬢様・・・。今日は楽しい時間を過ごす事が出来て有難うございました。もし機会があれば、また一緒にこの店で食べませんか?」


「うん、そうだね・・・。」


そこまで言いかけた時だ。


「ジェシカッ!」


厳しい声で名前を呼ぶ声がしたので私は慌てて振り向いた。

そこに立っていたのは—。







 












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