第7章 2 自身を悪魔と呼ぶドミニク公爵

「う・・・・。」

ここは何処だろう・・・?私、何してたんだっけ・・・?

頭の中の靄が晴れるように意識が徐々に戻って来る。そして誰かが私を覗き込んでいる顔が目に入った。

え・・・?


 パチッと目を開けると、何と私を覗き込んでいたのはあの青年だったのだ。


「キャアッ!」

急いでガバッと起き上がると、私は自分がサンルームに置かれているカウチソファの上に寝かされていたことに気が付いた。


「良かった。目が覚めたようだな?突然意識を失ったから驚いたぞ?」

青年・・・いや、お見合い相手のドミニク・テレステオ公爵は無表情で言った。


「は、はい・・。申し訳ございませんでした・・・。」

私はソファに手を置いて立とうとした。


「待て、今目が覚めたばかりなのだからそのままそこに座っていればよい。」


ドミニク公爵は私を手で制し、手直にあった椅子を持ってくると私の正面に座った。


「あの・・・私、どの位気を失っていたのでしょうか?」

目を伏せて、なるべく彼とは視線が合わないように私は質問した。


「いや、大した時間ではないな。せいぜい20分位・・・だろうか?」

彼は腕時計を見ながら答えた。


「申し訳ございませんでした・・・。突然、このような事になって・・・。」

私は頭を下げた。


「いや、別に謝るような事では無いが・・・何か持病でもあるのか?時々気を失うような事があったりするのか?」


心配してくれているのだろうか?そうか、お見合い相手に変な病気とかあったら何かと問題が起こるかもしれないしね。

「い、いえ。特に持病などはありません。」


「そうか、なら何故突然俺を見て気を失ったのだ?気絶するほど俺の姿は怖いか?」


ドミニク公爵はじっと私の目を捕えながら質問してきた。

「え・・?怖い・・?」


私は彼の言ってる意味が分からず、首を捻った。

するとドミニク公爵は言った。


「見ての通り、俺はこの世界では珍しい漆黒の髪だ。けれど、それ以上に皆から恐れられているのが、この瞳だ。左右で色が違うだろう?」


ドミニク公爵は右手を自分の目元に近付けると言った。


「俺は幼い頃からこの髪の色と瞳の色で周囲の人々から恐れられていた。俺の両親でさえ、悪魔の子と俺を恐れて一緒に暮らす事を拒否し、乳母と数人の使用人たちの手によって育てられたんだ。そして、今回突然両親から命じられた。ジェシカ・リッジウェイと言う女と見合いをするようにと。」


え・・・?私はドミニク公爵の話を信じられない思いで聞いていた。


「ジェシカ・リッジウェイと言う女は稀代の悪女として名高いと言うのは風の噂で聞いていた。今回はお前の家から見合いの話が来たらしいな?俺の両親もお前なら結婚相手に都合が良いと思い、恐らくこの話を受けたのだろう?」


 ドミニク公爵はどこまでも冷たく、無表情な顔で私に淡々と語って来る。

でも、まさか今回のお見合いの話にはそんな裏があったなんて。

私が稀代の悪女と彼に呼ばれるのは夢の中と併せて二度目となるが・・・。

良く良く聞いてみれば先程から随分失礼な事を言われているような気もしたが、何故か腹を立てる気にもならなかった。だって、冷たい瞳の奥には何もかも諦めたような絶望の色が宿っているように見えたから。

だから私は言った。

「私はドミニク公爵様が怖いとは思っておりませんよ。」


「何?」


ドミニク公爵は意外そうな表情を私に向けた。


「その漆黒の髪も別に怖いとは思いません。むしろ光沢のある美しい髪色だと思うので、もっと自信を持つべきだと思います。それにそのオッドアイの瞳はとても神秘的で素敵ですよ。」


「オッドアイ・・・?オッドアイとは何だ?」


「左右で瞳の色が違う事を言うのです。とても珍しい瞳ですけど、稀にドミニク公爵様のような方はいらっしゃいますよ?」


「な・・何だって?それは本当の話なのか?!」


私の話を聞いて、初めて彼は感情を露わにした。


「ええ、そうです。この広い世界ですから、いずれ何処かで同じようなオッドアイの方と出会う事があるかもしれませんね。」


「そうか・・・それでは・・・俺は悪魔の子では無かったのだな・・?」


彼は安堵の溜息をついた。


「当たり前ですよ。ご両親が人間なのに、何故ドミニク公爵様が悪魔の子として産まれてくるのですか?誰が何と言おうと貴方は紛れも無い人間です。」

ただ、貴方はいずれ私を断罪する人になるけれども・・・。いよいよあの悪夢が現実への1歩を踏み出し始めたのだろう。そう考えると、とてつもなく不安になり、私は目を伏せた。


「それなら・・・何故、お前は俺を見て気絶したのだ?」


うっ!そこを付いて来るのね・・・どうしよう、何て言えばいい・・?こうなったら言葉を濁して・・・正直に話そうか・・・?


「そ、それは・・・。」


「いや、やはり答えなくて構わない。」


言いかけた私を何故かドミニク公爵は止めた。


「え・・・?ドミニク公爵様?」


「何故か、お前の口からは理由を聞きたくないからな。」


ドミニク公爵は初めて口元に笑みを少しだけ浮かべると言った。


「はい・・・分かりました。」


「それにしても、本当にお前はジェシカ・リッジウェイなのか?悪女として物凄く評判の悪い、あの女なのか?」


私は苦笑した。以前のジェシカがどれ程悪女だったのか、私には知る由が無いのだから。


「はい・・そのようですね。」

私は曖昧に返事をした。


「まあ、人の噂など大抵そのような物だろうからな。」


私は何と答えればよいか分からず、代わりに彼に言った。

「あの、宜しければお茶でもいかがですか?」


「あ、ああ。では頂こうか。」


私は立ち上がるとテーブルの上に載せておいたポットを手に取った。


「あ・・・・。」


「何だ?どうしたのだ?」


ドミニク公爵は私の側に来ると声をかけてきた。

「申し訳ございません。お湯が・・・冷めてしまいました。」

こんなにぬるければお茶を入れる事が出来ない。


「何だ?それくらいなら・・・。」


ドミニク公爵はポットに手を一瞬当てると私に言った。


「もうお湯になっている。火傷に気をつけろよ。」


そう言うと、彼はポットの蓋を開けると中から熱い湯気が出てきた。

「凄い・・・。一瞬でお湯になるなんて、素晴らしい魔法ですね。」

私が思わず感嘆の声を上げると彼は言った。


「別にこのくらいは普通だろう?お前だってセント・レイズ学院の生徒なのだから、これくらい普通に出来るだろう?」


「いえ・・・私には魔法が使えないのです。」


「何だって?」


ドミニク公爵は、信じられないと言わんばかりの顔で私を見下ろした。

「だから私は本来なら、あの学院にいる資格は無いのです。」


ドミニク公爵は何か言いたげに私を見つめたが、結局黙ってしまった。

私は無言でティーポットにお湯を注ぐと、カップにお湯を注いだ。

このお茶はローズヒップティーである。男性にこのハーブティーを出すのはどうかと思われたが、逆に物珍しく感じられるかと思い、私が選んだ。


「ほう・・・随分鮮やかな色のお茶だな。」


やはり私の思った通り、ドミニク公爵はこのお茶に興味を持ったようだ。


「このハーブティーはリッジウェイ家の薔薇園から作ったハーブティーなんです。

冷えを予防する効果があるんですよ。少し酸味が強くて飲みにくいかもしれないので、よければ蜂蜜をどうぞ。」


「ああ・・・それじゃいただくとしよう。」


ドミニク公爵は蜂蜜を少し加えると、ローズヒップティーを飲んだ。


「・・・美味い。」


無表情だが、その口調で味に満足しているであろうことが分かった。


「それは・・・良かったです。」


「ところで・・・・俺が来年からセント・レイズ学院に入学する事は知ってるな?」


ふいにドミニク公爵が口を開いた。


「はい、知っています。」


「よければ、どんな学院なのか教えてくれないか?」


私はそこで学院の事を色々話した。授業内容や学院の施設について。そして週末に行く事が出来るセント・レイズシティの事・・・。


ドミニク公爵は私の話を黙って聞いていた。


「大体私が説明出来るのは以上の事になりますね。」


「そうか、教えてくれてありがとう。」


ドミニク公爵は私の顔を見て礼を言って来た。私は彼の顔を真正面から見て・・・

あの悪夢の事を思い出して、やはり目を伏せた。

夢の中で彼は私の事を怒りの眼差しで見つめ、処刑を言い渡した・・・。

本当にあの夢が正夢になってしまうのだろうか?ドミニク公爵はソフィーと手を組んで私を・・・。


「ジェシカ。」


その時、初めてわたしはドミニク公爵に名前を呼ばれた。


「!」

驚いて顔を上げると、彼はいつの間にか至近距離で私を見つめている。


「あ、あの・・・。」

戸惑っていると、ドミニク公爵はスッと私の右頬に触れると言った。


「お前は何故・・・そのような目で俺を見るのだ?お前が俺を見る目は・・何故、そのように悲し気な目なのだ?何故それ程までに苦し気な目で俺を見るのだ?」


「あ・・・わ、私は・・・・。」

再び目を伏せようとすると、ドミニク公爵に止められた。


「ジェシカ、視線を外すな。俺の目を見ろ。」


ドミニク公爵の目は私を捕えて離さない。


「お前は・・・・何を考えて俺を見ている?お前の心の中を俺は知りたい。」


私は首を振った。駄目だ、言えるはずがない。夢の中で貴方は私を裁き、一度は死刑を言い渡した人なのですなんて・・・・。


「分かった。」


ドミニク公爵は私の頬から手を離すと言った。


「すまなかった。無理強いをするような言い方をして・・・。」


「い、いえ。私の方こそ、ドミニク公爵様に失礼な態度を取ってしまい、申し訳ございませんでした。」

私は頭を下げた。


「それにしても・・・。」

ドミニク公爵はフッと笑うと言った。


「やはり、噂と言うのは当てにならないものだな。一体誰が言ったのかは知らないが、お前の事を悪女等と言い触らす者がいるなんて。少なくとも・・・俺の目にはお前は悪女に等見えない。」


ドミニク公爵はおもむろに立ち上がった。


「ドミニク公爵様?」


「俺はそろそろ帰る。少し・・・王都に用事があるのでな。」


「そ、そうなのですか?」

私も慌てて立ち上がると言った。

「と、ところで今回のお見合いの件なのですが・・。」

どうか私の為にも断って下さいッ!


「ああ、今回は実はお前の顔を見に来ただけなのだ。稀代の悪女ジェシカとは一体どのような人物なのか・・・。」


「え?」

余りの拍子抜けの意見に私は戸惑ってしまった。そんな、今日はお見合いでは無かったの?


「すまない、急ぎの用事があるので今日はこれで失礼する。」


そいう言うと、ドミニク公爵は転移魔法でもつかったのか、一瞬でその場から姿を消してしまった。

そ、そんな・・・・結局今回の顔合わせの結果はどうだったのよーっ!









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