第7章 1 驚愕の出会い

 今日は朝から憂鬱な気分だった。昨夜のマリウスの言動も気になったし、何より普段なら目覚めとほぼ同時に姿を現すマリウスが姿を現さなかったからだ。

マリウスが来ないと言う事は、大抵裏で何か良からぬことを企んでいる事が多い。

私は深いため息をついた。



「おはようございます、ジェシカお嬢様。今日はお見合いの日ですね?どのようなドレスをお召しになりますか?」


ミアはにこやかに話しかけて来る。私が以前のジェシカとは全く性格が変わったという事で最近になり、ようやくぎこちない態度が取れて来たのだ。


「う~ん・・・。ドレスと言ってもねえ・・・普通の洋服でいいのだけど・・。」


それを聞いたミアは驚いたようだ。


「ええ?!ほ、本気で仰っているのですか?今までのジェシカお嬢様はお見合いの度に気合の入れた谷間の空いたドレスをお召しになっていましたよ?髪も結い上げ、お化粧もきつめに施し、香水をふんだんに使って・・・・。」


あ~そういう事か、そんな恰好をすれば誰だってドン引きしてその場でお見合い断っちゃうよね・・・・。でもある意味そんな姿でお見合いしていたから相手から恐れられて断られてきたのかもね。だけど・・・いくら気乗りのしないお見合いだからと言って、そんな恰好するなんて絶対無理!それなら庶民が着るような普段着でお見合いの席について、相手から引かれたほうが数倍マシだ。


「とりあえず・・・朝食を食べた後、どんな服を着るか考える事にするね。それよりマリウスは今朝どうしたのか知ってる?」


「え?マリウス様ですか?それが・・・実は昨夜から姿を見ていないのです。アリオス様も探していらっしゃるのですが一向に連絡もつかない状態で・・。本当にどうなされたのでしょうね?」


「そ、そうなんだ。昨夜からマリウス・・・見当たらないんだね?」

私は内心の焦りを感じつつ、平静を保った。

どうしよう、マリウスがいない?もしかして昨夜の事が原因なのだろうか?私が夜のお務めをしてもらうのを拒否したからだろうか?それともお見合いをするから?

また何かおかしな事を考えて実行に移そうとしなければ良いのだけれど・・。

 それにしても何だか納得がいかない。何故マリウスの主である私が毎度毎度マリウスの為に悩まなければならないのだろう?普通だと逆の立場になるはずだよね?


「ジェシカお嬢様?どうされたのですか?」


突然黙り込んでしまった私を見てミアは不思議そうに声をかけてきた。


「う、うううん。何でも無いの。気にしないで。」

そう、これは何でも無い事、いちいち気にしていては身が持たない。

私は何度目かのため息をつくと、着替えを始めた―。



「ジェシカ、今日のお見合いは午後2時からだからな。場所は東の塔のサンルームで行う。取り合えず、堅苦しい事は考えないようにと先方はご両親は連れずに、お1人で参られるからな?」


父はご機嫌な様子で朝食の席で私に話しかけて来る。


「はい・・・分かりました。」

私は憂鬱な気分で返事をした。


「それで、ジェシカ。お見合いの時はどんなドレスを着るつもりなのかしら?」


母がワクワクした感じで質問してくる。


「ええ・・・その事ですが、取り合えず本日は紫色のジャケットワンピースを着ようかと思っています。」


それを聞いた母は仰天したかのように大声を出した。


「まああっ!ジェシカ、本気なの?普通お見合いと言えば、レースとフリルをふんだんにあしらったドレスを着るようなものでは無いの?それではまるで一般庶民の着る服と何ら変わりないじゃありませんか?!」


「まあまあ、良いでは無いか。先方だって堅苦しい事は考えないようにと申されておるのだ。ここはジェシカに任せよう。」


へえ~中々理解力がある父親だったんだ・・・。それならさ、お見合い断ってくれたっていいのに・・・。



 結局今朝の朝食は午後から行われるお見合いと、朝から姿を見せないマリウスの事が気がかりで、食欲も無く、早々に部屋へと戻ったのであった・・。


 部屋へ戻って来た私は、セント・レイズ学院の友人達に手紙を書いていた、その時・・・。


「お・・・お嬢様ッ!た、大変ですっ!」


ミアが慌ただしく部屋へと駆け込んできた。


「え?ミア?どうしたの?」


「そそそれが、自分は王子だと名乗るお方がこの城にやってきて、ジェシカお嬢様に会わせろと・・・っ!」


な・・・何いッ?!も、もしやそれはアラン王子の事では・・・?!


私は大急ぎで城の正門へ急ぐと、そこには門番とアリオスさんが興奮しているアラン王子を説得している最中だった。


「いいから中へ入れろっ!おれはトレント王国の王太子、アラン・ゴールドリックだ!ジェシカに会わせろっ!」


アラン王子の怒鳴り声がここまで響いてきている。


「ですが、貴方が本当にアラン・ゴールドリック王子さま本人と身分を証明できる物をお持ちでない限り、私共は貴方の仰るお話を信じて良いのかどうかも・・。」


アリオスさんはあくまで冷静に対応している。


「う・・煩いっ!確かに身分を証明するものは無いが、本人がそうだと言っているのだから間違いは無いっ!」


う・・・まずい・・・。このままだと大騒ぎになってしまう・・・。


「ア、アラン王子っ!」


私はアリオスさんとアラン王子の前に飛び出した。


「ジェシカお嬢様っ?!」


「ジェシカッ!」


アラン王子は嬉しそうに私を見ると名前を呼んだ。


「ああ、良かった!ようやくお前に会う事が出来たっ!一体何故俺に手紙を寄こさなかったんだ?あれから毎日毎日お前に手紙を出していたのに、一度も返事が返ってこないから、本当に心配していたんだぞ?!」


アラン王子は私の両手を握りしめると言った。

それを呆気に取られた風に見つめる門番とアリオスさん。


「え?手紙って・・・何の事ですか?私、一度もアラン王子のお手紙を拝見した事はありませんけど?」


それを聞くとアラン王子の顔色が変わった。


「な・・・何だって・・・も、もしやマリウスの奴が俺の手紙を隠して・・・?」


アラン王子がマリウスの名前を口に出すと、アリオスさんがピクリと反応した。


「マリウスが・・・?」


 口の中でポツリと呟いた言葉を私も聞き逃さなかった。あ・・・何だか非常に嫌な予感がする。もしやマリウスはアラン王子からの手紙を全て隠していたのかもしれない。そう、マリウスはそういう男だ。

 それにしてもアラン王子が今日、ここへやって来たのは実にタイミングがまずかった。何故、よりにもよってお見合いの日にアラン王子がここへやって来たのだろうか?


「落ち着いて下さい、アラン王子。私、実は午後から用事があるのです。なのでまたの機会にしていただけないでしょうか?明日にでも私の方から伺いますので。今はどちらに滞在されているのですか?」

しかし、私の問いに答えずにアラン王子は言った。


「駄目だ、そんな事を言ってお前は約束をすっぽかすかもしれん。分かった。それならこの城の何処かで待たせてもらう。要件が終わったら俺との時間を取ってもらうぞ?」


「ええっ?!そ、そんなっ!」

それはまずい!もし私のお見合い相手と遭遇してしまったとしたら・・・?!お、恐ろしい・・・っ!


すると何を考えているのか、アリオスさんが口を挟んできた。


「よろしいではありませんか?こちらのお方には南塔の客室でお待ちいただいても・・。少々お時間はかかるかもしれませんが、大丈夫でしょうか?」


アリオスはアラン王子に尋ねると、当たり前のように頷いた。


「ああ、俺はいつまでも待っていてやる。」


「左様でございますか、それではお客様をご案内させて頂きますね。こちらへどうぞ。」


言うと、アリオスさんはアラン王子を連れて南塔へと向かった。去り際にアラン王子が言った。


「ジェシカ、早く用事を済ませて俺の所へ来いよ?」


「は、はい・・・。」


アラン王子は私の返事を聞くと笑みを浮かべ、アリオスさんと共に南塔へと向かった。

ああ・・・・本当に疲れた。私は深い溜息をつくと、ミアが遠慮がちに話しかけて来た。



「あの・・・ジェシカお嬢様。後1時間以内にお見合い相手の方がお見えになりますけど・・・。」


「え?!た、大変っ!」

私はミアと慌ただしく部屋へ戻ると、当初の予定通り、紫色の丈の短いジャケットに白いブラウスに紫色のリボンを結び、ロングワンピースに着替えて髪は両サイドを後ろでひとまとめにリボンでまとめて薄化粧をすると、お見合い場所へと向かった。



 サンルームに到着すると、まだお見合い相手の男性は来ていなかった。

私は両親にお願いし、席を外して貰うように頼んでおいたし、お茶の用意も予め部屋に用意しておいて貰った。誰にも邪魔されず2人きりの空間で、お見合いの話を断って貰おうかと考えていたからだ。


丸テーブルの前に置かれた椅子に座り、サンルームの外の景色を眺めていると、人の入って来る気配がした。


「失礼致します。」


あの声の主が私のお見合い相手・・・。

私は挨拶をする為に立ち上がり、お見合い相手がこちらへ向かって来るのを待っていた。

そして相手の男性が目の前に現れた。その彼を見た瞬間、私は衝撃を受けた。


「あ・・・貴方は・・・。」

そ、そんな・・・嘘でしょう?!

一度しか夢の中で見たことは無かったけれど、あの顔は忘れた事など無かった。


この世界ではあまり見かけない、漆黒の髪に冷たい眼差し・・・・そう、彼は夢で見た、私を捕えて処刑を命じたあの青年だったのだ。

夢の中では気が付かなかったが、明るい日の光で見る彼の目は片側がブルー、もう方側がグリーンという珍しいオッドアイの持ち主であった。


 あまりの突然の出会いと、あの時の夢の恐怖が一瞬で蘇り、私は自分の意識がすーっと遠くなっていくのを感じた。

青年の驚愕した顔を見たのを最後に、私の意識は完全にブラックアウトした—。








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