第6章 7 ジェシカ、令嬢達に怖がられる

ジェシカの住む国の王都は、それは立派な都市だった。大きな建物が立ち並び、道路も綺麗な石畳で舗装されている。

馬車に乗っている人々はまばらで、路面電車や車が行き交いしている。

まるで私がいた世界のヨーロッパの国を彷彿させるような光景だった。

やっぱり、この世界は私が小説の中で描いていた通りの世界なんだ・・・。

小説の中の設定は、文明と魔法が入り交ざった世界観で描いていた。

今まさに、その世界が私の目の前で繰り広げられている・・・感動を覚えつつ、見る物全てに心を奪われていた。

 すると突然アダムから声をかけられた。


「すまない、ジェシカ。私は今からこのビルの事務所で仕事があるんだ。ジェシカが暫くこの都市に残ると言うなら、よければお昼は2人で何処かで食事をしよう。このビルの3Fが私が働いている事務所なんだ。どうする?」


「でも・・・それではお兄様に御迷惑では?」


「そんな事はないさ。たった1人の妹なのに、迷惑に感じるはずはないだろう?それともマリウスを呼ぼうか?」


私はそこですかさず反応した。

「止めてくださいッ!マリウスだけは呼ばないで!」

あんな乙女心を平気で踏みにじるような男の顔など見たくも無い。


「どうしたんだ・・・?マリウスと何かあったのか?」


「・・・・。」

私が応えないでいると、アダムは言った。


「まあいい。2人の間に何があったのかは・・・聞かないでおくよ。それじゃお昼は2人で食事を取るって事にしておこうか?」


「はい、それで是非お願いします。」


「それじゃ12時になったら、このビルの3Fの事務所においで。待っているから。」


アダムは笑顔で言った。


「はい、お願いします。」

私が頭を下げた所で、アダムは尋ねて来た。


「ところでジェシカ。・・・お金は持って来ているのかい?」


言われて私は気が付いた。そうだ・・・何も持たないで出て来てしまったからお金を持って来ていないんだった。


「い、いえ・・・。お金を持たずに出て来てしまいました・・・。」


アダムはクスリと笑った。


「珍しい事もあるものだな。ジェシカがお金を持たずに都市へ来るなんて。」


そして小さな布袋に小金貨1枚を入れて手渡してきた。小金貨は・・確か日本円で5万円位・・。え?5万円?!


「お、お兄様・・・っ!こ、このお金・・!」

私が布袋を握りしめて言うと、逆にアダムから変な顔をされてしまった。


「え?足りなかったか?もう1枚渡そうか?」


「い、いえ!むしろその逆ですっ!こんな大金頂けませんっ!」


「ハハハ・・・本当にジェシカはまるで別人になったな。普段のお前なら、これっぽっちしか寄こさないの?!って言われる所なのに。これは少ないけれど私からのお小遣いだよ。何か欲しい物が合ったら、好きな物を買うといい。」


アダムは本当に優しい人なんだな・・・・。

「い、いえ。そんな事はありません。お兄様・・・本当に有難うございます。」

私は布袋をギュッと握りしめると言った。


「ああ。それじゃ12時になったら事務所においで。」


「はい。」


そしてアダムは車に乗って駐車場へ向かい、私はその後ろ姿に手を振って見送りをした。



「ふ~っ。さて、何処へ行ってみようかな?」

私は伸びをすると、辺りをキョロキョロみわたした。


この通りはオフィス街なのだろうか。仕立ての良いスーツを着た男性達や、上品なタイトなロングスカート姿の女性たちが数多く行き交っている。

路面電車の走るメインストリートには数多くの飲食店やら、雑貨店が軒を連ねていた。


「そうだ、本屋さんは無いかな?」

これだけ巨大な都市なら本屋だって沢山あるはずだ。久しぶりにアカシックレコードについても調べたいし・・・。


私は防寒着の襟を正すと、本屋を探して歩き出そうとした時に声をかけられた。


「あら、もしかすると貴女はジェシカ・リッジウェイ様ではありませんか?」


「え?」

その声に振り向くと、3人の女性たちが後ろに立っていた。全員私と同じ年頃のようだ。女性達はいずれも高級そうな足首まである防寒着を着こみ、これまた高級そうな帽子に、皮の手袋をはめていた。


「あら・・・やはりジェシカ様でしたのね。後ろ姿を見て、もしやと思ったのですが・・・それにしても・・。」


1人の意地の悪そうな金の巻き毛の女性が私をジロジロと見ながら言った。


「一体どうなさったのですか?ジェシカ様ともあろうお方が随分みすぼらしい身なりをしていらっしゃいますが・・・?しかも従者のマリウス様を連れていらっしゃいませんし・・・。」


「ええ、ほんと。別人かと思いましたわ。」


「セント・レイズ学院へ入られて、少々田舎臭くなられたのかしら?」


何やら悪意のこもった目で私を見ながら意地悪そうに口々に言う3人。

「え・・・?そうですか?この防寒着、軽くて動きやすくて中々いいですよ?」

今私が着ていた防寒着は、フードの付いた膝丈のダウンコートである。とても軽いからお気に入りの上着なのだが、どちらかというとデザインは庶民的で男女兼用にも見えるけれども。


「まあ!ジェシカ・リッジウェイ様ともあろうお方からそのような台詞が飛び出して来るなんて・・・!」


わざと大きな声を出す令嬢。

それにしても・・・・。

「あの~すみませんが、失礼ですが貴女方はどちら様でしょうか?宜しければお名前を教えて頂けませんか?」



「な・・・何ですって?!こ、この期に及んでまだそのような事を言われるのですか?!」


「お、落ち着いて下さい、キャロル様。」


「ほ・・本当にどこまでも私達を馬鹿にされるお方ですわね・・・!」


あ、何だか余計に怒り出してきちゃった。まずい事を言ってしまったのかもしれない・・・。さて、どうしようかな・・・。よし、ここは素直に謝って置こう。


「申し訳ございません。皆様方!」

私は頭を深々と下げると言った。


「「「え・・・・?」」」


3人の令嬢に困惑の色が浮かぶ。


「私・・・実は学院に入学直後、ちょっとした事故に遭いまして、それで過去の記憶を全て無くしてしまったのです。なので・・・貴女方のお名前がどうしても分からないものですから・・。もしよろしければお名前を教えて頂けないでしょうか?」


「あ・・貴女、ふざけていらっしゃるの?」


「でも・・確かに以前のジェシカ様とは雰囲気が違うような気がしますけど・・?」


「いえ、これは演技かもしれませんわよ?きっとまた何処かにマリウス様を隠して置いて、そして頃合いを見計らってマリウス様を呼び出すつもりかもしれませんわ。」


あ・・・駄目だ。この3人の令嬢達と話していても拉致があかない。いいや、こちらで適当に名前を付けてしまおう。

まずは金髪の縦ロール女性をA嬢、そばかす女性をB嬢、ガリガリに痩せた女性をC嬢としておこう。


「だ、大体ジェシカ様は過去に私達にどんな酷い事をしたのか覚えていらっしゃらないととぼけるおつもりですか?!」


金髪縦ロール女性の言葉を聞いて、私は以前マリウスが語った事を思い出した。まさか・・この令嬢達のドレスを過去にわざと破いたりとか・・・?


「あ、あの・・・どんな酷い事をしたのでしょう?教えて下さいっ!」


私が思わず金髪縦ロール女性の手を両手で握りしめて迫ると、ヒッと声を出されて驚かれてしまった。


「な・な・いきなり手を握って何をされるのですか?!」


A嬢は私の手を振りほどくと言った。

「あ、すみません。つい・・・。」

いけない、いけない。つい興奮してしまった。


「全く・・・今度はどんな手を使って嫌がらせをするおつもりなのでしょうね?!」


C嬢はツンとそっぽを向くと言った。


「あの、今までの私の犯してきた蛮行を伺いたいので、よろしければ近くのカフェでお茶でもしてお話をお聞かせ願いませんか?」


私が提案すると、3人の顔色が変わった。


「お・・・お茶ですって・・・・?」


「い、いや・・あの恐怖のお茶会が蘇る・・・」


「こ・こ・今度は何をお茶に混ぜるおつもりですの?!」


え?ちょっと待って。ジェシカ・・・一体この3人の女性に何をやらかしたのよ!

ああ、マリウスがいれば何か分かったかもしれないのに・・・。


「あ、あの・・・?」


私が一歩近づくと、3名の令嬢は後ずさり、B嬢が言った。


「と・・とにかく、ジェシカ様とは親しくするつもりはありませんからね!ま、参りましょう?!」


そう言って3名の令嬢は逃げるように去ってしまった。

結局ジェシカがあの令嬢達に何をしたのかは分からずじまいだったが・・・私はここの国での生活が先行き不安に感じるのだった—。











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