第6章 6 ダンスを回避する方法

 憂鬱な気分のまま城の周りを歩いていると、昨日助けを求めた青年が馬を連れて荷台から荷物を降ろしていた。

そうだ、ついでに昨日のお礼を言っておこう。


「こんにちは。」

背後から声をかけると、青年は振り返り、私を見ると驚いた。


「ジェ、ジェシカお嬢様・・・!こ、今度はどのようなご用件でしょうか・・?」


妙にビクビクした態度を取っているなあ・・・?やっぱりそれほどジェシカはここでは恐れられていると言う事なのか・・・。まあ、仕方ないよね。今からでも少しずつジェシカの評価を上げていけるように努力していかないと。


「昨日は連れの男性を助けて頂いて有難うございました。」


ペコリと頭を下げると、青年は意外そうな顔つきをした。


「あの・・・今、俺に・・言った言葉・・・ですよね?」


「はい、そうですけど?」


「し、信じられません・・・。」


青年は青ざめた顔で言う。

やれやれ・・こうなったら今迄の事を釈明しなければならない様だ。

「あの、私実は記憶喪失になってしまって、ここに住んでいた時の記憶が全く残っていないんです。以前に何か失礼な事をしていたのでしたら謝罪させて下さい。」


「い、いえ!ジェシカお嬢様に謝罪をして貰うなんてそんな恐れ多い・・・っ!」


青年は慌てたように両手を振って言った。


「ところで、今こちらで何をしていたのですか?」


「あ・・俺はこの城の庭の管理をしているんですよ。それで庭造りの肥料とかを運んでいたんですよ。」


「そうなんですか、ご苦労様です。それで城の近くに住んでいたんですね。」


「ええ・・・まあそんな所です・・。」


どうも青年の歯切れが悪い。何故だろう?すると青年が言った。


「あの、ジェシカお嬢様・・・敬語で話されると、どうも勝手が違うと言うか、その・・落ち着かないので普通に話して頂けませんか?」


ああ、そういう事ね。

「うん、普通に話せばいいのね?ごめんなさい。忙しい所、呼び止めてしまって。

それじゃお仕事頑張ってね。」

私はヒラヒラと手を振って。青年と別れた。


 はあ・・・それにしてもダンスパーティーか・・・出たくないなあ。どうすれば出ないで済むのだろう?誰に聞けば詳しく教えて貰えるのかな?一番いいのはマリウスに聞く事なのだろうけど、先程のメイドの女の子に冷たい態度を取ったマリウスを見ているので、口も聞きたくは無かった。


 そこへ兄のアダムが鞄を持って外へ出てくるのが見えた。あ、もしかすると今から出勤するのだろうか?


「お兄様。」

私は兄に声をかけた。


「何だ、ジェシカじゃないか。珍しいな、お前が外に出ているなんて。一体どうしたのだ?」


アダムは不思議そうな顔をして私を見た。


「今からお仕事に行かれるのですか?」


「ああ、そうだ。」


「どうやって町まで出ているのですか?」


アダムは溜息をつくと言った。


「ジェシカ・・・お前は本当に記憶喪失になってしまったのだな?以前のお前は私と会話すらしようとしなかったというのに・・・。」


え?そうだったの?どうしてだろう・・・。アダムはとても真面目そうだし、何よりイケメンなのに・・。


「そうだったのですか・・・何故だったのでしょうね。」

ポツリと言うとアダムは言った。


「以前のジェシカは良く言っていた。私みたいな生真面目で地味な男は本当につまらないと・・。」


何と!ジェシカは自分の兄に向ってそのような口を・・・何て礼儀知らずな女だったのだろう・・・。ああ、嫌だ嫌だ。よりにもよって私が一番嫌いなタイプの人間になってしまうなんて・・。


「それは・・・何て失礼な事を言っていたのでしょう・・。どうもすみませんでした。」

私は深々と頭を下げた。それを見てキョトンとする兄。次に笑い出した。


「ハハハ・・・。まさかジェシカから頭を下げて貰う日がやって来るとは思わなかったな。それじゃ、私はそろそろ仕事に行くから。」


兄はそう言うと、私に背を向けて歩き出した。うん?そう言えばアダムの仕事は町で法律関係の事務所に勤めているってミアに聞いていたっけ・・・。

私も一緒に町へ行ってみたいな・・・。


「あの、お兄様。町まではどうやって行くのですか?」


「うん?それは車で行っているが・・・。何だ、乗りたいのか?」


おおっ!流石は話が早いっ!

「はい、是非!一緒に連れて行って下さいませんか?」


「う~ん・・・連れて行く分には構わないが・・・私の仕事は終わるのが18時を過ぎるが、帰りはどうするのだ?」


「うっ!そ、それは・・・。」

私が言い淀んでいると兄が言った。


「まあ、いい。車に乗ってから話をしよう。」


そして兄に連れられて車庫に行くと、そこにはレトロカーが5台も並んでいた。

おおっ!こ、これは・・・マニアが見たら泣いて喜ぶような車ばかりだ。

その中で兄は車体の長い屋根付きの車を選ぶと言った。


「よし、今日はジェシカもいるからこの車にしよう。」


そう言うとアダムはドアを開けると私に手を差し伸べた。


「さあ、おいで。ジェシカ。」


おお~っ!なんてジェントルマンなんだろう!私はすっかり感動してしまった。

オズオズとアダムの方に手を伸ばすと、アダムは私の手をしっかり握りしめ、車の助手席に乗り込ませてくれた。


「あ、私お父様とお母様に何も言わずに出て来てしまいました!」

するとアダムは言った。


「何だ、ジェシカはそんな事を気にしていたのか?以前のお前なら無断外泊なんて当然のようにしていたのに。」


アハハハと笑いながらアダムは言う。うう・・・知れば知る程、このジェシカという人間は救いようが無い。とんだあばずれ女だったようだ。


「それは・・・さぞお父様やお母様、お兄様にもご心配おかけしてしまいましたね。」

私は溜息をつきながら言うと、アダムは言った。


「まあ、そんなジェシカの居場所をいつでも突き止め、城に連れ帰って来ていたのがマリウスだったからね。それにしてもマリウスは不思議な男だよ・・・。お前がどんな場所にいようが、必ず見つけ出してきたのだから。本当に・・何故だろう?」


アダムが不思議そうに言うのを私は黙って聞いていた。マリウスは今のジェシカになる前からマーキングを付けていたのか・・・。


「あの、実はお兄様に相談があるんです。今お話ししてもよろしいですか?」


アダムは運転しながら前を向いて答えた。


「私に相談・・・・?これも初めての事だな?どんな内容だい?」


「実は・・・今度のパーティーなんですけど・・・私、出たくないんです。どうすれば出席しないでもすむでしょうか?」


「え・・ええ?!ジェシカ・・・それ本気で言ってるのか?!」


流石のアダムもこの相談には驚いたのか、私の方を向いた。


「そんなに以外・・・ですか?」


「ああ、何と言ってもジェシカ。お前はパーティーが大好きで、どんな遠くでも必ず参加していたのだぞ?ダンスを踊るのが大好きだったから・・・。でも・・まあ、お前の評判があまり良く無かったから・・・いつもお前の方から積極的に誘ってみても相手の男性からは1曲ずつしか踊ってくれなかったけれども・・。」


アダムは気を使いながら私に話してくれた。でもその話はある意味私にとってはラッキーな話であった。


「あの、つまり・・・私がダンスパーティーに行っても、踊りの相手が見つからないかもしれないって事ですか?」

私は嬉しい気持ちを押し殺してアダムに尋ねた。


「あ、ああ・・。お前には酷な話かもしれないけれど・・・。」


アダムの目には同情が浮かんでいたが、私にとってはこれ程嬉しい事は無い。つまり、私はダンスパーティーに行っても壁の花になるので、ダンスをする必要は無い。よし、それなら・・私はダンスでは無く、料理を堪能する事にしよう!


「ところで、ジェシカ。ダンスパーティーに付き添ってもらうパートナーはどうするんだ?」


「パートナー?それは絶対に必要なのですか?私・・・1人で参加しようと思っていたのですけど・・?」


それを聞いたアダムは突然急ブレーキを踏むと、慌てたように私を見た。


「ジェ、ジェシカッ!ほ、本気で言ってるのか?そんな事。」


「はい・・・。何かおかしいですか?」


「おかしいも何も・・・ジェシカ・・・1人で参加して恥をかいてもいいのかい?」


「でも、パートナーと参加した場合、必ず1回はその相手とダンスを踊らなければならないんですよね?」


「ま、まあ・・・そういう事にはなるが・・・。」


アダムは再び車を走らせると返事をした。


「だったら、私恥をかいたほうがいいんです。ダンスを踊るよりよほどましですから。」


私は外の景色を見ながら答えた。


そんな私をアダムは不思議そうに見るのだった—。















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