第6章 2 屋根裏部屋のマリウス

「ジェシカお嬢様のお部屋はこちらになります。」


ミアに案内されて、部屋を開けた私はびっくりした。な・・・何なの・・・この部屋は・・?

 紫色の柄で統一されたカーペット、ソファ、布張りの椅子、カーテン・・壁に備え付けられた巨大な鏡には紫色の薔薇の絵が縁どられている。

極めつけは部屋の窓際に置かれているキングサイズのベッドだ。

天蓋付きの巨大なベッドはやはり紫色の柄で、裾には紫色のレースがふんだんにあしらわれている。

余りの色のきつさに目がチカチカしてくる。こ・・・こんな落ち着かない部屋でなんかゆっくり休めるはずが無い・・・。


「ジェシカお嬢様、どうされたのですか?お部屋にお入りにならないのですか?」


ミアが部屋に入らない私を見て声をかけてきた。


「う、うん・・あ、あの・・・。私って・・紫が好き・・・だったの・・?」

恐る恐るミアに尋ねてみると、再び驚いた顔をされた。


「え、ええ・・・。ジェシカお嬢様はご自身の瞳が紫色なので、それは大層紫の色がお好きでしたよ?・・もしかすると・・今はそうではない・・・と・・?」


「じ、実は記憶を無くしてからは・・趣味も・・変わっちゃったみたい。あの、悪いけど他に開いてる部屋はある?どんなに狭くても構わないから・・もっと、こうシンプルなお部屋・・・とか・・。」


遠慮がちに言うと、ミアは益々目を見開いた。


「ジェシカお嬢様・・・!な、何と言う事を・・・お嬢様を狭いお部屋などに案内する訳には参りません!使われておりません客室など幾らでもありますので・・一番大きな客室をご用意い致しますので、少々お待ちいただけますか?!」


その慌てようを見て、何だか罪悪感が湧いて来た。

「ご、ごめんなさい。全然急がなくて構わないから。その間・・・マリウスをお見舞いして来ようと思うの。マリウスの部屋を教えて貰える?」


「え・・ええっ?!ジェシカお嬢様が・・・使用人のお部屋をですか?!で、でも今マリウス様は・・・。」


何故か言い淀むミア。


「え?マリウスがどうしたの?」


「い、いえ・・何でもありません。ではマリウス様が今いるお部屋に案内させて頂きますね。」



「こちらになります。」


ミアに案内された部屋の入口を見て私は驚いた。どう見てもここは屋根裏では無いか。一体何故・・・?マリウスはジェシカの下僕。だとすればこんな粗末な場所に部屋があるはずが無い。


「ねえ、マリウスは以前からこの場所に部屋があったの?」


するとミアは一瞬ビクリとなったが、言った。



「い、いえ・・・。きちんとしたお部屋にお住まいでした・・・。ただ、今回お嬢様の件で失態をおかした罰として・・アリオス様によってこの部屋に運ばれたのです・・。」


「運ばれた・・・?それじゃマリウスは今は・・?」


「はい。まだ目が覚めておられません。アリオス様のお話では完全な魔力切れによるものだと・・・。」


ミアは申し訳なさそうに言う。


「ありがとう、後はもう大丈夫だから・・・。私、マリウスの目が覚めるまで付き添う事にするわ。だから部屋の準備は急がなくても大丈夫だからね。」


私が言うと、ミアは何故か目を潤ませた。


「ジェシカお嬢様から・・・そ、そのような優しい言葉をかけられるとは・・夢にも思いませんでした・・・っ!」


 私は思わず苦笑した。全く・・・この世界のジェシカは本当にどうしようもないほど使用人達に恐れられていた事が良く分かった。全く・・・なんてことをしてくれていたのだろう。私が書いたジェシカはここまで酷くはなかったのに。


 やがてミアは部屋の準備をする為、下がった。私はマリウスが寝かされている部屋のドアをそっと開けて、中へと入った。


 その部屋は粗末な造りをしていた。天井の高さは2m程だろうか?屋根の部分がある為か、不自然に斜めになっている。窓は2か所あるから、日の光は良く差しているものの、部屋の中に置かれている家具はマリウスが寝かされているベッドに、小さな椅子とテーブルが1つずつ、そして壁に備え付けのクローゼットがあるだけとなっている。壁も床もむき出しの石造りとなっているので、寒々しい印象を与える。

テーブルの上にはランプが置かれているので、恐らく灯りは、一つだけなのだろう。


「酷い・・・病人なのに、こんな部屋に押し込めるなんて・・・。」

私はアリオスさんの顔を思い浮かべた。優しそうなロマンスグレーの素敵なおじ様だと思っていたのに・・実の息子にこんな仕打ちをするなんて本当は冷たい人間なのだろうか?


「マリウス・・・。」

私は返事をしないのは分かっていたが、名前を呼ぶとベッドに近付いた。

マリウスは青白い顔をしてずっと眠りに就いている。思わず息をしているのかと思い、マリウスの胸に耳を寄せてみると、規則的に心臓が動いているのが分かった。


「良かった・・・生きている・・。」

私は眠り続けているマリウスの顔をじっと見つめた。

精巧に作られたのではないかと思われるほどの整い過ぎている顔。パーフェクトに全ての事をなんでもこなしてしまう、その才能。

そして私を言葉で、態度で翻弄してくる時には悪魔のようにも見える存在・・・。

そのマリウスが今は無防備な状態で意識を無くしてベッドに横たわっている姿が信じられなかった。


 それにしてもマリウスは何て無茶な真似をして、セント・レイズシティから、この場所まで一気に転移魔法を使ったのだろう。確か小説の中ではジェシカの出身地は学院から4000km程離れた位置を想定して書いていた。この世界が小説の中と地形まで同じと考えると、マリウスは魔法で一気にその距離を移動したことになる。

どうして魔力が完全に無くなる程の無茶をマリウスは・・・。


 私はそっとマリウスの右手を触った。ひんやりして、とても冷たい手をしていた。

まるで死人の様だ。確かにこの部屋は寒すぎる。病人を入れておくのには劣悪な環境だ。・・・酷すぎる。

「マリウス・・・待っていてね。こんな酷い部屋、移動させて貰うようにお願いしてくるからね。」

私はマリウスの右手を布団の中へしまうと、部屋を一旦後にした。



 迷いながらも、ようやく自分の部屋へ戻る事が出来た。・・・誰かいないかな・・?落ち着かない部屋の中、窓の外を見ると何という偶然、アリオスさんが外で車の整備をしていた。


「アリオスさんっ!」

私は大きな声で下にいるアリオスさんを呼んだ。


「これは、ジェシカお嬢様。一体どうされたのですか?」


顔を上げたアリオスさんは私を見た。


「あの、大事なお話があるので今からそちらへ伺うのでお待ちいただけますか?!」

するとアリオスさんが言った。


「いえ、とんでもございません。私の方からジェシカお嬢様の元へ伺いますのでそのままお待ちください。」


言うと、アリオスさんは城の中へ入って行った。それじゃアリオスさんの言葉通りに待つことにしよう・・・。


 約5分後、アリオスさんが部屋へとやってきた。


「ジェシカお嬢様、お待たせいたしました。・・・おや?お嬢様のお荷物はどこへいったのでしょう?」


アリオスさんは私が学院から持ってきたトランクが一つも部屋に無い事に気が付き、質問して来た。


「ええ。実はこの部屋があまりにも落ち着かないので、今別の部屋の準備をお願いしている最中なんです。」


「左様でございましたか・・・確かにこの部屋は少々、色合いがきつすぎるかと・・いえ、今のお話はどうかお忘れ下さい。それで、私にお話とは一体どのような事でしょうか?」


「話と言うのは他でもありません。マリウスの事です。どうしてあんな粗末な部屋へマリウスを入れたのですか?彼は今魔力切れで病人同然なんですよね?しかも誰一人彼の面倒を見る人もいない・・・。あんまりな仕打ちだと思います。」


「ほう・・・ジェシカお嬢様からそのようなお言葉が出て来るとは思いもしませんでした。」


何故か嬉しそうに言うアリオスさん。


「それは・・・どういう意味なのでしょうか・・・?」

怖い—この人はマリウス以上に何か恐ろしい物を感じる・・・。私は緊張して両手を握りしめた。


「以前の貴女は使用人達を人間扱いするようなお方ではありませんでした。今回マリウスをあの部屋に移したのも、恐らくジェシカお嬢様ならそう命令を下しただろうと想定して、事前に私がマリウスをあの部屋へ移動させたのですが・・・お気に召しませんでしたか?」


こ・この人は・・・っ!

「わ、私はそんな事望んでいませんっ!マリウスは私の大切な下僕です。あんな部屋に放置されていれば・・・死んでしまうかも知れないじゃ無いですかっ!」


「確かに、放置はしている状態に近いですが・・・何、あれはその位の事では死にはしません。グラント家はその様な軟な人間ではありませんから・・・ああやって眠っていれば少しずつ魔力は回復していくでしょう。後数日もすれば目が覚めるはずですよ。」


顔色一つ変えずに言うアリオスさんに私は言った。


「それまで・・数日間もあの部屋で、誰のお世話も無しにマリウスを放置しておくつもりですか?」


「放置?いえ。別に放置している訳ではありませんよ。私はただあれを休ませているだけですから。」


「そ、そんなの私が認めませんっ!お願いです、マリウスをもっと居心地の良い部屋へ移してください!看病だって私がしますっ!」


私の真剣な訴えに流石にアリオスさんは戸惑った。


「ジェシカお嬢様自らが、マリウスの看病を・・・ですって?信じられない話ですね・・・。貴女は学院に入学する前はマリウスに対し・・・と言うか全ての使用人に対し、冷血な態度を取っておられましたのに・・随分人並みになられたようですね?」


アリオスさんは笑みを浮かべながらも妙に棘のある言い方をした。

こ、この人は・・本当に恐ろしい人物だと私は改めて感じた。一見物腰は柔らかいの

に話している内容は相手が誰であろうと容赦しないような物言いだ。


「以前の私の話はどうだっていいです!それよりマリウスですっ!部屋が無いなら私と同じ部屋にマリウスを入れるまでですっ!」


「・・・・!!」


アリオスさんの息を飲む気配が感じられた。彼は神妙な顔つきで黙っていたが、やがて言った。


「かしこまりました、すぐにマリウスを今いる屋根裏から、別の部屋へ移動させましょう。取りあえずは以前マリウスが使っていた自室へ移動させます。」


そしてアリオスさんはパチンと指を鳴らした。


「?あ、あの・・・?」

今何をしたのですか—?と、問いかける前にアリオスさんは言った。


「今移動魔法で、マリウスを自室へ転移させました。マリウスの部屋へご案内しましょうか?」


「は、はいっ!お願いしますっ!」


アリオスさんに連れられて、一度廊下へ出ると彼は隣の部屋のドアを開けた。


「え?!」

そこの部屋に寝かされていたのはマリウスだったのだ。嘘?どういう事?

すると私の考えている事が分かったのか、アリオスさんが背後で言った。


「ジェシカお嬢様、マリウスと貴女のお部屋は隣同士だったのですよ?」


と―。










 


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