第6章 1 波乱に満ちた里帰りの幕開け

 アリオスさんに連れられて、私は城へやってきた。

大きな門構えを見て、ただただ、私は口を開けてポカンと見ているだけだった。

真っ白な白亜の城に高くそびえ立つ青い屋根はとても美しく見事なもので、リッジウェイ家の財力がどれ程のものかが、この城を見ただけで十分理解出来た。


「ジェシカお嬢様、どうされたのですか?」


そんな私を不思議そうにアリオスさんが声をかけてきた。


「い、いえ。何でもありません。き、記憶を無くしているせいで何もかもが新鮮に見えるので・・・。」

咄嗟に言い訳をした。こんな事ならマリウスから事前に貰ったリッジウェイ家に関する資料を読んでおけば良かった・・・・。


「左様でございますか。ジェシカお嬢様、外は寒かったでしょう。さあ、どうぞお入りください。」


アーチ形のドアを開けると、目の前に広がるのは広々とした空間に、吹き抜けの天井、目の前には巨大な階段がある。

何から何まで私にとっては目も眩むような光景だった。


 そして階段から降りて来た2人の人物。

年の頃は40代半ばと言った所であろうか。立派な仕立てのスーツを着た茶髪の男性に、同じく上品なドレスを着た栗毛色の美しい女性・・・もしやこの人たちはジェシカの両親・・・?


「ジェシカッ!よく無事で戻って来たな!お前が死にかかっているとマリウスから連絡を貰った時には、本当に生きた心地がしなかったぞっ!」


そして私を抱きしめて来た。


「ジェシカ・・・お帰りなさい。」


やや釣り目だが、とても美しい容貌をした女性は背後からそっと抱きしめて来た。


「た・・・ただいま・・帰りました。」

私は震える声で、そう答えるのが精一杯だった。


「どうしたのだ?ジェシカ。そのしおらしい態度・・・実にお前らしくない。それに何だか顔つきが変わったような気がするぞ?これも記憶喪失のせいなのだろうか・・?」


ジェシカの父は私の事をじっと見つめると言った。


「まあまあ、貴方。そんな事は良いではありませんか。ジェシカは疲れているのですよ。すぐにお茶の準備をさせましょう?さ、ジェシカ。こちらへいらっしゃい。」


「は、はい・・・。」


私はジェシカの母に案内されて、居間に案内された。

この部屋の作りも物凄い。広い部屋の天井から吊るされたシャンデリアはその重みで壁から落ちて来るのでは無いだろうかと思う位の大きさだし、その天井は見事な彫刻が施されている。壁紙は落ち着いたパステルグリーンで統一され、いくつもの立派な絵画がかざられている。床に敷かれた高級そうなカーペットに家具・・・全てが立派過ぎて、もう私は言葉にならなかった。

こ、これは何としてもボロを出す訳にはいかない。


 大きな白いテーブルに向かい合わせに両親と向かい合わせに座ると、アリオスさんが紅茶とケーキを運んできた。え?い、いつの間に?!さっきまで私と一緒にいたよねえ?

呆気に取られてアリオスさんを見ていると、目が合い微笑まれた。

うっ!ロマンスグレーの美しいおじさまの魅力に思わずやられてしまいそうになる。


「お嬢様のお好きなストロベリーティーにピーチタルトでございます。」


恭しくアリオスさんは私の前に紅茶とケーキを置くと、お辞儀をして去って行った。


「さ、ジェシカ。旅から帰って疲れたでしょう?召し上がりなさい。」


母に促され、私は言った。

「は、はい。ありがとうございます。では頂きます。」


私の話し方に驚いたのか、ジェシカの両親は私の顔を見つめ、その後2人で見つめ合った。

や、やっぱり私の行動はジェシカらしくなかったと言う事なのか。

ああ・・・まるで他人の家の様で(実際に他人の家なのだけど)居心地悪い。早く部屋に戻りたいなあ・・・。

私はケーキを口に運び、もそもそと食べながらそんな事ばかり考えていたので、両親がジェシカに関する重要な話をしていたのに、私はちっとも聞いていなかった。


「それで、いつにする?ジェシカよ。」


突然父親に名前を呼ばれるまで気づきもしなかった。


「え?あ、日程ですか?そうですね・・・。お二人にお任せします・・。」

何の事か分からないので、取り合えず両親に任せておこう。それよりも今気になるのは・・・。


「あの、マリウスはどうなっているのでしょう?こちらへ戻ってくる為にかなり無理をしたようなので、マリウスの具合が気になるのですが・・・。」


私が言うと、今度こそ両親は驚いた顔を見せた。


「な、何?ジェシカ・・マリウスの心配をしているのか?」


「は、はい。マリウスは私の下僕ですから・・・。」


「まあ・・・貴女がマリウスを気に掛けるだなんて・・・一体何があったのかしら?やはり、マリウスの言った通りね。入学式の当日に記憶喪失になったまま記憶が戻っていないと聞いていたけれども、これ程までにジェシカが変わっていたなんて・・。」


母は心配そうに私を見ている。


「いや、しかしこれは非常に良い傾向だぞ?以前のジェシカは・・・少々正確に難があったからな・・。でも今のジェシカの方が周囲の受けが良いのは確かだ!これならいけるかもしれんぞ?」


父は母に向かって興奮気味に話している。?一体、何の話をしているのやら・・。


「あ、あの。と、取り合えず少々疲れたので、一度部屋にもどらせて頂いても良いですか?」

私は立ち上がると言った。


「あ、ああ。確かに言われてみればそうだな。では夕食まで部屋で休んでいると良い。」


「はい。・・・・あの・・・私の部屋の場所なのですが・・実は記憶が無いもので自分の部屋の場所まで忘れてしまって・・・どうか私に場所を教えて頂けませんか?」

どうかボロが出ませんように出ませんように出ませんように・・・。私はそれだけを考えながら言葉を慎重に選ぶように言った。


「ああ、そうだったな。それではお前の付き添いだったメイドを呼ぶことにしよう。」


父は手元に合ったベルを鳴らすと、すぐにアリオスさんがやって来た。


「お呼びでしょうか、旦那様。」


「ああ、悪いがジェシカの付き添いをしていたメイドを呼んでくれ。部屋へ案内してもらいたいのだ。」


「はい、かしこまりました。」


アリオスさんは頭を下げると、すぐに部屋を出て行き、程なくしてノックの音が聞こえた。


「ミアです。お呼びでしょうか、旦那様。」


若い女性の声が聞こえた。


「ああ、ミア。入って来なさい。」


「はい、失礼致しま・・・すっ!」


ミアと呼ばれたメイド服を着た若い女性は私の姿を見ると、途端に顔色を変えた。


「ジェ、ジェシカお嬢様・・・。お、お戻りになられたのですね?」


ミアは顔色が真っ青になって震えている。・・・どんだけ怖がられているのだろう。私って。


「ああ、ミア。ジェシカを部屋まで案内してくれるか?旅の疲れで暫くの間自室で休みたいらしいから。」


父はミアのそんな怯えた様子を知ってか知らずか、平然と命じた。


「は・はい・・・かしこまりました・・・。で、ではジェシカお嬢様・・こ、こちらへ・・。」


ミアに案内されて部屋を出ようとした時、母に呼び止められた。


「ジェシカ、もう貴女は何も心配する事ありませんよ?ちゃんと私達の方で手を打っておきましたから。」


何やら意味深な事を言われた。

「はい・・・?」

もういいや、返事だけしておこう。今の私には状況がさっぱり分からないのだから。取り合えず自室に戻ったらマリウスの部屋の場所だけ聞いて、後で行ってみる事にしよう。



 ミアに案内されて私は長い廊下を歩く。

本当に何て立派な造りをしているのだろう・・・。私があまりにもキョロキョロしているのを不思議に思ったのか、ミアは声をかけてきた。


「あ、あの・・・ジェシカお嬢様・・先ほどから何をされているのでしょう?」


「そうか、まだミアさんには事情を話していなかったもんね。実は私記憶喪失になってしまって、何もかも忘れちゃって・・・。それで物珍しくてつい・・ね。」


「え?!」


途端にミアの身体が強張り、ぴたりと足が止まった。そして・・・ゆっくりを振り向くと言った。


「お、お嬢様・・・・い・今私の事を何とお呼びしましたか・・・?」


「え?ミアさん?って呼んだけど?」


「!」


ミアの身体が瞬時に強張る。

「え?どうしたの?!」


するとミアが言った。


「し、信じられません・・・あのジェシカお嬢様が私の名前をさん付で呼び、先程のような話し方をするなんて・・っ!ま、まるで別人のようですっ!」


その言葉を聞いて、私の心臓の鼓動が早まった気がした。ま、まさか・・もう私が別人だと言う事を見抜かれたのだろうか・・・?

そこで私は言った。

「記憶喪失になる前の私は相当酷い女だったみたいだから、これを機に生まれ変わるから、これからよろしくね。」


「は、はい。承知致しました・・・・。」


ミアはおっかなびっくり私に改めて、挨拶を返した。



こうて私の波乱に満ちた里帰りの生活がスタートする事となったのである—。


















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