第1章 12 天の助け
「お嬢様、本日この後の予定はどうされるおつもりなのですか?」
すたすたと寮に向かって歩いている私の後を追うようにマリウスが付いて来る。
「どうするって言われても・・・寮に帰って少しゆっくりするだけだよ?」
「そうでしょうね・・・。何せお嬢様の着ているお召し物は昨日と変わりありませんからね。セント・レイズシティの宿に予め泊まる予定でしたら着替え位は持って行かれるでしょうしね。」
何故か全てを見透かしたような言い方をするマリウスに背筋が寒くなる気配を感じる。こ、この男は・・・昨日1日も姿を現さなかったから私の事等見てもいないのかと思っていたのに、着ていた服までチェックしていたとは・・怖っ!怖すぎるんですけど・・・最早ここまでくるとマリウスの恐ろしい執念を感じる。
これでは完全にストーカーではないか。下僕にストーカーされる主の私って一体・・・。
そんな私の思いを他所に尚も話しかけて来るマリウス。
「おや、お嬢様。何やら素敵なネックレスをしておいでですね?うっすらと魔力をかけられているような・・・。胸元についているブローチもお嬢様によくお似合いで素敵ですが、私的にはそのネックレスが気になって仕方がありません。そちらの品はどうされたのですか?ご自分で選ばれて購入されたのでしょうか?」
ああ~っ、もう煩い!我慢の限界だ。
「ちょっと、いい加減にしてよマリウス!どうして私にそこまで干渉する訳?そういう貴方は何?一体昨日は1日何をしていたのよ?」
売り言葉に買い言葉的に行って見た言葉なのだが、何故か顔を赤らめて嬉しそうな表情を浮かべるマリウス。
え・・・ちょっと何・・?気味が悪いんですけど・・・。
「お嬢様・・・それは昨日の私の行動が気になると言う意味でしょうか?」
え?このM男、一体何を言ってるの?でも取りあえずは適当に返事をしておこう。
「え、う・うん。まあそんな所だけど・・・・?」
途端に何故か興奮し出すマリウス。
「そうなのですね?やはりお嬢様はこの私の事で頭が一杯なので、私の1日の行動を知っておきたいと・・・ええ、そんな事でしたら喜んでお話させて頂きます。何ならご希望であれば、それこそ分刻みでお話致しますよ?それでは昨日は・・・。」
「待って!ストップッ!やっぱり言わなくていいからっ!」
慌ててマリウスを止める。冗談じゃない。そんな事をされた日には朝から晩までマリウスのどうでもよい昨日の1日の行動を聞かされる羽目になる。はっきり言えば私は昨日のマリウスの行動など微塵も興味が無いのだから。
「それで・・・マリウスはわざわざ私の朝帰りを確認する為に、こんな寒空の下、ずっと待っていたわけ?風邪でも引いたらどうするつもりだったの?」
ため息交じりに言う私。
「お、お嬢様・・・。それはつまり私の身体を心配して・・・?」
「まあね・・・これでも私は貴方の主だから・・・って!ち、ちょっと一体何するつもりなのよ?!」
急に目の前が暗くなったので見上げてみると、背の高いマリウスが私の顔に自分の顔を近づけようとしているではないかっ!
「い、いえ・・・。お嬢様があまりにも嬉しい事を言ってくれたので、感動の余り額にキスを・・・。」
悪びれる様子も無く言うマリウス。
「あ・・・貴方ねえっ!何処の世界に主にキスをする下僕がいるっていうのうよっ!し、しかもこんな朝から・・・っ!」
改めて言っておこう。ここはセント・レイズ学院の敷地の中だ。そして大勢の学生が今も行き交いしている。そんな中でのこのマリウスの態度だ。当然皆の注目を浴びて・・・。
私がマリウスからのキスを拒絶するのを周囲で見ていた学生達からは落胆の声が上がった。
「なーんだ。てっきりキスすると思っていたのに。」
「私だったら喜んでマリウス様のキスを受けるのに・・・。」
「あ~あ、つまんねえの・・・。」
「相変わらず美しいですわ、マリウス様・・・。」
「へっ、美男美女のキスシーンなんか見たってつまんねーよ。」
何、これ。目立ちまくりじゃないっ!くっ・・!この男のせいで私の平穏な学院生活が・・・。思わず拳を握りしめ、その顔面にグーパンチをしたくなる衝動を必死に抑えて、私は言った。
「兎に角、今から少し寮でのんびり過ごしたいと思ってるから、私には構わないでね。」
マリウスを振り切るように歩き出すと、今度は左腕を掴まれた。
「ちょっと、何するのよ・・・。」
不満げにマリウスを見つめると、慌てたように言うマリウス。
「いいえ!そういう訳には参りません!いいですか、お嬢様。昨日お嬢様がアラン王子とセント・レイズシティに出掛けたことが生徒会長とノア先輩、ダニエル先輩にばれてしまいましたっ!」
「ふ~ん・・・そうなの?」
だけど私は動じない。ふん、本当はマリウス、貴方がバラしたのではないの?
「お嬢様・・・?何故そんな風に落ち着いていられるのですか?てっきりいつものようにこの世の終わりがきたかのようにパニックを起こされるのでは無いかと思いましたが・・・?」
一体、マリウスは何処まで人をおちょくるつもりなのだろうか?
「別に。そんな事はアラン王子自らに説明して貰えばいいだけだから。」
半ば投げやりに私は言う。だって元はと言えば、元凶はアラン王子なのだから説明する義理位はあるはずだ。
「それにね、きっとまた彼等もアメリアに再び会えば、私の事なんかどうでも良くなるに決まっているから。」
「お嬢様・・・。」
すると何故か突然、目を潤ませて私を見つめるマリウス。
な、何よ・・・。嫌な予感がする・・と、思った瞬間、マリウスは私をこれでもかと言わんばかりに力強く抱きしめてきた。
ギャ〜ッ!!ほ、骨が折れる・・・。
「お嬢様、私は今迄一度もお嬢様の事をどうでも良いなど思った事はありませんよ?!お嬢様は私に取っては人生全てなのですから・・・っ!!もう彼等を許す事は出来ません!大切なお嬢様をこんなにも傷つける等・・・少々痛い目にあわす必要がありますね。」
言いながら、尚も私を締め上げてくるマリウス。ほ、骨がきしんでいる・・・。
「おい、そろそろ離してやれよ。彼女が苦しがっているだろう?」
突然マリウスの背後から声が聞こえた。マリウスは私を離すと、振り返った。私も今の声は誰だろうと顔を上げると・・・。
「貴方は確か・・・?」
マリウスが私を離して露骨に眉をしかめる。
「よう、ジェシカ。」
そこに立っていたのはライアンの悪友で何故か私の彼氏候補に勝手に立候補しているケビンだった。
こ、これは天の助け・・・!
こんな狂気じみたマリウスの魔の手から逃げるには、この軽いノリの男が最適だ。
「ケ、ケビンさん・・・っ!」
「可愛そうに。大丈夫だったかい?あんな馬鹿力で締め付けらて・・・顔色が真っ青になってるぜ?」
ケビンは素早く私に近寄ると、顔を覗き込んだ。
「確かに・・・お嬢様に手荒な真似をしてしまった事は反省しますが、勝手に私とお嬢様の間に入って来ないで頂けますか?」
駄目だ、このままではマリウスから逃れられない・・・っ!ならば・・・。
「ケビンさん、探していたんですよ〜。何処に行ってたんですか?今日は一緒に過ごす約束していたじゃないですか?」
私はケビンの腕を取って、必死で目配せする。
「お、お嬢様?!」
マリウスが驚いたように言うが、ここは無視だ。
それにケビンも気づいたのか、私の肩を抱き寄せると言った。
「悪かったな。探させたみたいで。それじゃ、ジェシカも色々準備があるだろう?1時間後に女子寮の前に迎えに行くからまた後でな。よし、俺が寮迄送るぜ。」
「過保護も行き過ぎると嫌われるぞ。」
マリウスの肩を通り過ぎる時にポンと叩くとケビンは私の手を引いて歩き出した。
去り際にチラリとマリウスを見ると悔しげに下を向いているのが見えた・・・。
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