第1章 11 言い訳無用
明るい日差しが部屋の中を照らしている。ゆっくり目を開けると知らない天井が飛び込んできた。え・・・ここは・・・?
近くで誰かの寝息が聞こえる。するとすぐ側のソファで毛布を掛けて眠っているのはジョセフ先生だった。
「えええ?!」
一気に頭が覚醒して飛び起きる私。すると私の大きな声で目が覚めたのか、ジョセフ先生がゆっくりと目を開けて眼鏡をかけると笑みを浮かべながら言った。
「お早う、リッジウェイさん。」
「お・お・お早うございます。ジョセフ先生・・・。」
「待っていてね。これから朝食の準備をするから。2人で一緒に朝食を食べたら学院に戻ろう?」
ジョセフ先生はソファから立ち上がると言った。
「せ、先生っ!この度はとんだご迷惑を・・・っ!」
私は深々と頭を下げた。
「いやだなあ、そんな風に謝らないでいいよ。元はと言えば僕がリッジウェイさんに変な質問をして困らせてしまったのが原因何だからさ・・本当にごめんね。」
ジョセフ先生は申し訳なさそうに私に謝る。
「いいえっ!そんな事ありません。私が勝手に先生に泣きついてしまっただけなんです・・。本当に何とお詫びしたらよいか・・・あっ!ジョセフ先生!私に朝食の準備させて下さい。」
「ええ?いいのかい」
「はい、是非!」
その後、先生から食材を分けて貰い手早く料理を作り始めた。
野菜たっぷりのコンソメスープ。パンケーキを焼いてメープルシロップを添える。
チーズは薄くスライスして皿に盛り付けて完成。
「ジョセフ先生、お待たせしました。」
私は出来上がった2人分の料理をテーブルに並べ、植木に水やりをしていたジョセフ先生に声をかけた。
「やあ、これは美味しそうだね。」
ニコニコと椅子を引いて腰かけるジョセフ先生。
「先生ほど上手に出来ているかは自身ありませんけど・・どうぞ。」
「うん、それじゃ頂こうかな?」
先生はスープを一口飲むと言った。
「すごく美味しいよ、何と言うか・・ホッとする優しい味だね。」
パンケーキも口に運び、すごく美味しいと喜んでくれた。誰かに料理を作り、喜んでもらえるとやはり嬉しい物だ。日本にいた時のシェアハウスの暮らしを少しだけ思い出してしまった。
思えばあそこに住んでいた時も自分の分を作るついでに、誰かの分を一緒に作っていたっけな・・・。
「こうして2人で向かい合って食事をしていると家族になったみたいだね。」
先生が何の気なしに言った言葉に私は酷く動揺してしまった。
「か・・・家族ですか?か、家族って・・・。」
「リッジウェイさんと結婚する男性はきっと幸せになれると思うよ。その相手が僕だったら、すごく嬉しいんだけど・・・ね。」
頬杖を付きながら熱い視線を送って来るジョセフ先生に私は真っ赤になり、思わず視線を逸らしてしまう。
「そうやって、赤くなるって事は・・・少しは期待してもいいのかな?」
意味深に笑みを浮かべるとジョセフ先生は再び私の手料理に手を伸ばし始める。
先生・・・そんな風に言われると私・・先生の優しさに縋ってしまいたくなりますよ。口には出さなかったけれども私は心の中で呟いた。
朝食を食べた後、準備を終えた私達は学院へ戻る門へと向かって歩いていた。
あ~あ・・・初めて学院には無断で外泊をしてしまった。処罰されないだろうか・・?そんな私の気持ちを見透かしたのかジョセフ先生が言った。
「どうしたんだい?リッジウェイさん。何だか元気が無いようだけど。」
「いえ、初めて無断外泊をしてしまって学院側から処罰を受けないか心配で。」
すると意外な言葉がジョセフ先生から飛び出した。
「あれ?リッジウェイさんは知らなかったのかな?冬の休暇前の今の時期はもう授業も無いから自由に外泊をしても大丈夫なんだよ?終業式の時にさえ学院にいればいい事になってるんだよ。」
「えええ?!そうだったんですか?」
「うん、だから気にする事は無いよ。でも・・・流石に学生が教諭の家に泊ったとなるとまずいかもしれないから‥僕は門の所までは送るけど、学院には君が1人で戻った方がいいかもね。」
考え込みながら言うジョセフ先生。
「そうですね。分かりました。」
やがて門の前に来ると、私は改めて先生にお礼を言った。
「本当に昨夜は色々お世話になりました。」
「そんな事無いよ。リッジウェイさんと一緒に過ごす事が出来て・・・すごく嬉しかったよ。明日の流星群・・楽しみにしているね。」
「はい、私も楽しみです。」
そして私は先生に手を振ると門へと入って行った。
眩しい光に包まれると、そこは学院だった。
「さてと・・・まずは寮に戻ってお風呂へ入って着替えをしようかな・・・。」
等と独り言を言って歩いていると、何やら背後から物凄い気配を感じて私は思わず足を止めた。
「・・?」
恐る恐る後ろを振り返ると・・・そこには・・。
やはり予想通り、マリウスが恨めしそうな眼つきで私を見つめていた。
「マ・・・マリウス・・・ッ!」
私は思わず声が裏返ってしまった。ま・・まずい!顔も引きつってしまう!
「お嬢様・・・とうとうやってくれましたね・・・。この私に黙って無断外泊をされるなど・・・っ!」
顔は笑みを浮かべているが、その声が尋常じゃない位に怖いんですけどっ!
こちらににじり寄って来るマリウスにジリジリと交代する私。
ついに壁際に追い詰められてしまった。
ダンッ!
思い切り私の顔を挟むように壁に両手を激しくつくマリウス。
ヒエエエッ!い、今、壁が揺れたよ!心なしか少し壁にヒビが入ったんじゃないの?!な・・何と恐ろしい・・・!
「お嬢様・・・アラン王子と、とうとう朝まで一緒に過ごされてしまった訳ですか・・・?一度はお嬢様を完全に裏切った、あのアラン王子と・・・・っ!その上、アラン王子にその身を捧げてしまった訳ではないでしょうね・・・?!」
睫毛が触れ合う程私に顔を寄せて話しかけて来るマリウス。
ねえ、本当に怖いから少し、もう少しだけでいいから離れてよっ!
「マ・・・マリウス・・。あ、あのね・・。落ち着いて、そんなにくっつかれたら話も出来ないから・・・っ!」
「嫌です。」
即答するマリウス。
「な・・何でよっ?!」
ここで負けてはいけない。マリウスは所詮私の下僕、主人はこの私なのだから。
「と、とに角私とアラン王子はマリウスが考えているような関係には一切なっていないから憶測で変な事は言わないでっ!」
マリウスから顔を背けて抗議する。
「本当でしょうか・・・?なら何故視線を逸らして話をするのですか?」
尚もしつこく食い下がるマリウス。あ~!鬱陶しい!
「こうなったら直接私がアラン王子と不埒な関係になっていないかお嬢様の身体で確認するしかありませんね・・・。」
私の耳元でゾッとするような台詞を囁くマリウス。じょ、冗談じゃないっ!絶対にそれだけはお断りだっ!
大体私が何処で誰と過ごそうが、マリウスにはちっとも関係は無いはずだ。もう我慢の限界。
ドスッ!ドスッ!
痛みのピンポイントを狙って両足の甲を踏みつける私。
「ううっ!」
痛みにうずくまるマリウスは、その後一瞬何故か嬉しそうな笑みを浮かべた。
ゾワゾワッ!途端に背中に悪寒が走る。やっぱりこの男は究極のMだ。
足を踏まれて痛みで喜んでるよ。
ああ、もう本ッ当に嫌気がさしてくる。だが、アラン王子との中を誤解されたままでいるのも癪に障る。
「言っておきますけどね、アラン王子とは完全に終わったんですっ!昨日アラン王子と一緒にセント・レイズシティの雪祭りを見ていた時に、ソフィーとアメリアが突然現れたと思ったとたん、アラン王子は再びアメリアを愛してしまったのよっ!だからその場でアラン王子とは別れてきたの!その後はセント・レイズシティの宿に泊まって帰って来たんだから。」
一番最後は嘘をついてしまったが・・・マリウスだって私に平気で嘘をつくのだから私が付いてって構わないだろう。
しかし、私の話を聞いて何が気に食わないのか、マリウスが両手を握りしめ、震えている。
「全く、アラン王子ときたら1度だけでは無く2度もジェシカお嬢様を裏切るなど・・・これは本当に制裁を与えなくてはならないようですね・・・っ!」
何やら激しく怒りを抑えている様だ。
でも何故?アラン王子との仲を反対しているくせに・・・。マリウスがそこまで怒るのか理解が出来ない。でも揉め事は御免だ。
だから私は言った。
「ねえ、マリウス。アラン王子の事はもう忘れて。二度と関わらない相手の事は放って置くのが一番なのよ。くれぐれも報復なんて考えないでよネ?!」
「まあ、お嬢様がそこまで仰るのであれば、私はそれに従うまでですが・・。」
尚も不満そうにブツブツ言っているが、取り合えずアラン王子とマリウスの衝突は防がなくては・・・。
ああ、また頭の痛くなるような事件が起こりそうな予感がする―。
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