第1章 7 襲撃

「い、いえ・・・。あの、私が言いたい事は、アラン王子は学院を退学する事になっても構わないのですか?それを尋ねたいのですが。」

私はアラン王子の手をさり気なく振り払うと言った。


「何を言っているのだ?!退学したいはずは無いだろう?ジェシカがいる学院を何故去りたいと思うのだ?」


大真面目で答えるアラン王子。それなら話は早い。


「と、とに角!たかが一度だけ成績が落ちたぐらいで何だと言うのですか?次回の試験で首位を取ればよいだけの話ではありませんか。冬の休暇で帰国されましたら、きちんと御自分の意見を国王陛下に伝えて下さい。」

そうよ!アラン王子に退学されたら困るんだからね!


「わ、分かった・・・っ!必ず説得して見せる。ジェシカの為になっ!」


うん?何故私の為になるのだろうか・・まあ、突っ込むのはやめにしておこう。

そこで私は笑って言った。

「はい、是非説得して下さいね。」


  

 その後は・・・折角執事さん達が用意してくれたのだからと、私達はテーブルの上に並べられたスイーツに手を伸ばし、黙々と食べ続ける羽目になるのであった。

あ~胃もたれしそうだ・・・。ひょっとするとアラン王子もこれが嫌で別宅へ足を運ぶのを控えて居たのかなあ?もしこの場に生徒会長が居たらこのスイーツの山を見て泣いて喜んでいたかもしれない。でも私は当分スイーツはノーサンキューだ。



「アラン王子様、お気を付けて行ってらっしゃいませ。夕食のディナーにはアラン王子様のご満足頂けるメニューを用意してお待ちしております。」


執事さんに見送られて私とアラン王子はセント・レイズシティの雪祭りを見に行く為に屋敷を後にした。


「何処に行きたい?ジェシカ。」


何故か私に腕を組ませて町を歩くアラン王子。

「ええと・・・・何処に行きたいのかと聞かれても、セント・レイズシティの雪祭りについて、殆ど情報を持っていないものでして、アラン王子にお任せしたいと思います。


「そうか、よし!ならば広場で氷の彫像が多数展示されているのだ。それを見に行ってみよう。」


アラン王子は嬉しそうに言うと、私の手を繋ぎ、人混みを掻き分けるように歩いて行く。

 マーケット市場を通り抜けると、目の前にはこの町の中心地にある広場が飛び込んできた。そして巨大な噴水をぐるりと囲むように氷の彫像が並べられていた。


「うわあ・・・っ!な、なんて美しいの・・・っ!」

私は初めて見る氷の彫像に感動してしまった。

立派な羽を持つ天使の彫像や白鳥、美しい女性の彫像に、今にも走り出しそうな馬の彫像等々、20点程の作品が展示されている。


「夜には周囲の明かりに照らされて、もっと美しく見えるんだ。それは幻想的な光景だぞ。」


アラン王子は私の隣に立ち、彫像を見つめながら教えてくれた。

私はそんなアラン王子の横顔をチラリと見つめる。うん、この間久しぶりに再会した時に比べると顔色も良くなったし、目の下のクマも消えている。この分なら・・・国に帰る頃には元通りのアラン王子に戻っているかもしれない。

 

 突然、私は自分に注がれる強い視線を感じて振り向いた。

しかし、辺りを見渡してもそれらしき人物は見当たらない。一体今の視線は何だろう・・?強い敵意を感じたのだが、心当たりがあり過ぎて誰なのか全く見当が付かないなあ・・・。


「どうした、ジェシカ。」


そんな様子の私に気が付いたのか、アラン王子が声をかけてきた。

「い、いえ。何でもありません。」


「そうか・・・?それでは次に何処へ行こうか・・・。」


アラン王子は思案しているようだが、やがてポンと手を打った。


「よし、マーケットへ行って見よう。今はこの季節限定のグッズが沢山売られているんだ。ジェシカの欲しい物なら何だって買ってやるぞ。」


「いいえ、それは遠慮致します。」

即答する私。


「何故だ?普通、女性というものは贈り物をされると嬉しいものでは無いのか?」


 心底不思議そうな顔で尋ねるアラン王子。ええ、確かに普通の女性なら男性からのプレゼント・・それがまして王子様からとなると喜んで受け取るかもしれないけれども、私はこのプレゼントを貰う事によって、アラン王子に縛られてしまうような気がしてならない。それだけは絶対に避けなくてはっ!

「自分の欲しいもの位、自分で買いますよ。それがリッジウェイ家の決まりですから。」


「え・・・そうなのか・・?それなら仕方が無いが・・・。」


残念そうに言うアラン王子。はい、ごめんなさい。多分、その話は嘘だと思います。だって私はまだ一度もリッジウェイ家の人達には会った事が無いのだから。

「でも、マーケットは見たいです。どのような品物が売っているのか興味はあるので。」


「そうか、なら早速行ってみよう。」


そして私達はマーケットへ向かった。しかし、相変わらず視線を感じるなあ・・・。

アラン王子は気付いていないのだろうか?



 マーケットへ向かって歩いている時、ふいにアラン王子が声をかけてきた。


「ジェシカ、マーケットへ行く前に少し寄り道をしてもいいだろうか?」


「え?ええ・・・私は別に構いませんけど?」

何だろう?何か用事でも思い出したのだろうか?


アラン王子はどんどん人通りの少ない場所へ向かって歩いて行く。そして細い路地裏に入ると、突然ピタリと止まり口を開いた。


「隠れていないで出てきたらどうだ?先程から俺達の後を付けているのは知っているんだぞ?」


そしてクルリと反対側に向き直った。


「へへへ・・・。何だ、バレていたのか?」


建物の陰から現れたのはマント姿の男だった。フードを被っているので顔はうかがい知る事が出来ないが、声の感じではまだ若そうだ。


「一体何だ?お前は・・・俺達に何の様だ?」


冷たい表情で男を見ながら話しかけるアラン王子。


「いや・・・別に王子に用がある訳じゃないんだよな・・・。俺が用事があるのはそこにいる女だ。悪いが引き渡して貰うぜ。」


マントの男は私を真っすぐに指さすと言った。


「!」

私は身構えた。

「ほう、俺が王子と知っているのか・・・。知っていて俺の大切な女性を貴様に引き渡せと言うのだな?」


アラン王子は私を背中で隠す様に立つと言った。


「ああ、命令だから仕方が無いのさ。」


男は肩をすくめると言った。


「命令って・・・・一体誰からの命令なのだ?」


「さあな・・・。俺が素直に言うとでも思っているの・・・かっ!」


男は言うや否や、突然右手から炎の弾を出現させ、私達に向かって投げつけてきた。


「シールドッ!」


アラン王子が叫ぶと目の前に魔法の防御壁が出現し、炎の弾は弾き返されてマントの男の元へ向かって飛んで行く。


「グッ!」

予想外の出来事に男は咄嗟に避けようとした。


しかし、アラン王子はそれを見逃さない。

「爆ぜろっ!」

右手を握る動作をすると、途端に男の目前で爆発する炎の弾。


「ぐわああああっ!」

激しい爆発で煙が巻き起こる。


つ、強すぎる・・。

私はアラン王子の桁外れの強さに言葉を失ってしまうと同時に、ある疑問が沸き起こった。こんなに強いのなら、護衛のグレイとルークなんて必要ないんじゃないの?


やがて、すっかり煙が消えると・・・男は完全に消え失せていた。


「チッ!逃げたか・・・。」


アラン王子は忌々し気に舌打ちをすると、私の方を振り返った。


「ジェシカ、大丈夫だったか?怪我は無いか?」


「は、はい。アラン王子のお陰で無事でした。」

ここは素直にお礼を言う。


「そうか、なら良かった。しかし、一体あの男は何者だったのだ・・?ジェシカを襲うなど、とんでもない男だ。」


忌々し気に言うアラン王子。そうか、アラン王子は気が付いていなかったのか・・。

でも私は首謀者がはっきり分かる。


 そう。2度目に感じた視線・・・そして建物の陰から見えた人物は見間違えようが無い。


その人物とはソフィー・ローランだった—。





 


 



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